蜜蜂みつばち)” の例文
眠けを誘う夏の日には、生徒たちの課業を勉強する声が、校舎から低くぶつぶつ聞えてきたが、蜜蜂みつばちのぶんぶんいう音のようだった。
蜜蜂みつばち——さ、元気を出そう。みんな、あたしがよく働くって言ってくれるわ。今月の末には、売場の取締になれるといいけれど……。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
われわれの見たあり蜜蜂みつばちのように個体の甲と乙との見分けがつかなくならなければその「集団」はまだ本物になっていないと思う。
写生紀行 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
これに反して思い掛けなく接触した人から、種々な刺戟を受けて、蜜蜂みつばちがどの花からも、変った露を吸うように、内に何物かを蓄えた。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
なよたけ 逃げなくったって大丈夫! こっちでおいたをしなければ蜜蜂みつばちは決してしたりなんかしないわ。……ほら、行ってしまった。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
そこの一隅にむらがりながら咲いている、私の名前を知らない真白な花から、花粉まみれになって、一匹の蜜蜂みつばちの飛び立つのを見つけたのだ。
燃ゆる頬 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
路傍のまがきの向こうには、眼には見えなかったがある庭に蜜蜂みつばちの巣があって、そのかんばしい音楽を空気中にみなぎらしていた。
私がウスウスと眼を覚ました時、こうした蜜蜂みつばちうなるような音は、まだ、その弾力の深い余韻を、私の耳の穴の中にハッキリと引き残していた。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼はしばらく返答も忘れて、まるで巣をこわされた蜜蜂みつばちのごとく、三方から彼の耳を襲って来る女たちの声に驚嘆していた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ありの巣のように人がたかっており、蜜蜂みつばちの巣のように勤勉で勇敢でたけり立っているその古い郭外は、動乱の期待と希望とのうちに震えていた。
わたし、「ちひさな蜜蜂みつばち」の唱歌しようつてたの、けど、みんちがつてたのよ!』とあいちやんは大層たいさうかなしげなこゑこたへました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
蜜蜂みつばちがいそがしく花から花をわたってあるいていましたし、緑いろなのには小さな穂を出して草がぎっしりはえ、灰いろなのは浅い泥の沼でした。
グスコーブドリの伝記 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
蜜蜂みつばち赤蜂あかばち土蜂つちばちくまばち地蜂ぢばち——木曾きそのやうなやまなかにはいろ/\なはちをかけますが、そのなかでもおほきなをつくるのはくまばち地蜂ぢばちです。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
それは丘の下の夕もやの中から、かすかにのぼつて来て良寛さんの耳にとまつた。清純な美しい物音。まるで春の陽ざしの中をとんで来る蜜蜂みつばちの羽音のやうに。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
その最初の目的に至りてはその組織は白蟻しろあり蜜蜂みつばちの社会よりもなお簡易質朴なる太平洋群島の野蛮人も、政治の機関は博大精緻に発達したる欧米社会においても
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
と、かみさまがおっしゃって、蜜蜂みつばちはりくださいました。そこで約束やくそくのとおり、蜜蜂みつばちにははりはあっても、人間にんげんしません。せばはりれて、いのちがなくなるのです。
物のいわれ (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
花が開いていると、たちまち蜜蜂みつばちのごとき昆虫の訪問がある。それは花のうしろにあるきょの中のみつを吸いに来たお客様である。さっそく自分の頭を花中へ突き入れる。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
「あのあたりには椰子林があるし、天然のいもも少しはあるです。それから、こっちのあのジャングル地帯には食べられそうな草がある。蜜蜂みつばちなんかも御馳走だ」
恐竜島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
(笑う)わたしの恩給は、のこらず支配人が取りあげおって、農作だ牧畜だ蜜蜂みつばちだと使いまわす。そこでわたしの金は、元も子もなくなっちまう。蜂は死ぬ、牛もくたばる。
たった今まで、草原の中をよろめきながら飛んでいる野の蜜蜂みつばちが止まったら、羽をこがしてしまっただろうと思われる程、赤く燃えていた女房の顳顬こめかみが、大理石のように冷たくなった。
女の決闘 (新字新仮名) / 太宰治(著)
たまたま藤蔓の根に作っていた蜜蜂みつばちの巣から、甘い蜜がポタリポタリと、一滴、二滴、三滴、「五滴」ばかり彼の口へしたたりおちてきたのです。全くこれは甘露のような味わいでした。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
あの女神達は素足で野の花のを踏んでく朝風に目を覚し、野の蜜蜂みつばちと明るい熱い空気とに身の周囲まわりを取り巻かれているのだ。自然はあれに使われて、あれがのぞみからまた自然がく。
幼児をさなごしろ蜜蜂みつばち分封すだちのやうに路一杯みちいつぱいになつてゐる。何処どこからたのかわからない。ごくちひさな巡礼じゆんれいたちだ。胡桃くるみ白樺しらかんばつゑをついて十字架クルス背負しよつてゐるが、その十字架クルスいろ様々さまざまだ。
空気は重くとざして隙間すきまもなし。いさましく機織はたおる響のごとく、蜜蜂みつばちの群は果実くだものにおひにかしましくも喜び叫ぶ。われその蒸暑き庭の小径こみちを去れば、緑なす若き葡萄ぶどう畠中はたなかの、こゝは曲りし道のはて
どこかではとが、ふくみ声で鳴き、蜜蜂みつばちはうなりながら、まばらな草の上を低く飛びかっていた。上には空が、やさしく青みわたっているが、でもわたしは、なんとも言えずわびしかった。……
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
「多分。だが、もしも甘い新鮮な快樂を手に入れることが出來たら、どうして、私が墮落するでせう? 私は蜜蜂みつばちが野原で集める野蜜のやうに、それを甘い新鮮なまゝに手に入れるのだ。」
星の涙のしたたりのやさしい花よ、園に立って、日の光や露の玉をたたえて歌う蜜蜂みつばちに、会釈してうなずいている花よ、お前たちは、お前たちを待ち構えている恐ろしい運命を承知しているのか。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
蜜蜂みつばち物語*』と改題して再版するに及び、はなはだしく世間の攻撃を受け、従ってまた著しく世人の注意をひくに至ったものであるが、これがそもそも英国における利己心是認思想の権輿けんよである。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
プロペラーが蜜蜂みつばちのように規則正しいうなりをあげている。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
蜜蜂みつばちの月、てふの月
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
花壇の上にも、畠の上にも、蜜柑の木の周囲まわりにも、蜜蜂みつばちが沢山飛んでいるので、石田は大そう蜜蜂の多い処だと思って爺さんに問うて見た。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
秋の日和ひよりと豊かな果樹園とに寄ってくるはえの群れしか君は見ていない。勤勉な蜜蜂みつばちの巣、働きの都、研鑚けんさんの熱、それを君は眼に留めたことがないんだ。
銀器の光、ガラス器のきらめき、一輪ざしの草花、それに蜜蜂みつばちのうなりに似たファンの楽音、ちょうどそれは「フォーヌの午後」に表わされた心持ちである。
備忘録 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
蜜蜂みつばちはジャスミンの花に集まり、蝶の群れはクローバーやのこぎり草や野生の燕麦えんばくの間を飛び回り、ロア・ド・フランスの壮大な園には鳥の浮浪の群れがいた。
たちまち米艦隊の真上には、蜜蜂みつばちの巣をつついたように、二千台の戦闘、偵察、攻撃、爆撃のあらゆる種類を集めた飛行機が一斉に飛び上った。天日は俄かに暗くなった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
大切にしてめったに人にも見せないその三冊を寄宿舎の方から持って来ている。田辺の家の玄関の片隅にある本箱の中に蔵って置いてある。丁度蜜蜂みつばちが蜜でもめたように。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
が、もう盛りもすぎたと見え、今日あたりは、風もないのにぽたぽたと散りこぼれています。その花に群がる蜜蜂みつばちといったら大したものです。ぶんぶんぶんぶんうなっています。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
むかし、むかし、大昔おおむかしかみさまがいろいろのものをおつくりになったときに、たくさんのはちをおつくりになりました。そのたくさんのはちの中に、蜜蜂みつばちだけがはりっていませんでした。
物のいわれ (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
……(調子をかえて)あんたのブローチ、蜜蜂みつばちに似ているわ。
桜の園 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
微風そよかぜも、蜜蜂みつばち
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
海狸や蜜蜂みつばちのような彼らの本能は、いかなる時代にあっても、彼らに同じ動作をさせ、同じ形を見出させるのです。
マルキシズムその他いろいろなイズムの立場から蜜蜂みつばちに注文をつけるのは随意であるが、蜜蜂はそんな注文を超越してやっぱり同じように蜜を集めるであろう。
藤棚の陰から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
彼女は、こんなこともあろうかと、かねてホテルのボーイに手を廻して買っておいた紹介者つきの入場券を、改札口と書いてある蜜蜂みつばち巣箱すばこの出入口のような穴へ差し入れた。
鬼仏洞事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
急に大きな蜜蜂みつばちがブーンという羽の音をさせて、部屋の中へ舞い込んで来た。お島は急いで昼寝をしている子供の方へ行った。庭の方から入って来た蜂は表の方へ通り抜けた。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
上院議員らが蜜蜂みつばちのついた紫ビロードのマントを着アンリ四世式の帽子をかぶってマラケー河岸を通るのを、ある日私は見たことがある。胸くそが悪くなるような様子をしていた。
それらの花のまわりには無数の蜜蜂みつばちがむらがり、ぶんぶんうなり声を立てていた。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
蜜蜂みつばち不足ふそくそうなかおをして、かみさまのところへ行って
物のいわれ (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
甘納豆製造業渡辺忠吾わたなべちゅうご氏(二七)が巣鴨すがも警察署衛生係へ出頭し「十日ほど前から晴天の日は約二千、曇天でも約五百匹くらいの蜜蜂みつばちが甘納豆製造工場に来襲して困る」
破片 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
バールトはクリストフを青葉だなの下へ引っ張っていって、ビールを命じた。空気は気持よく暖まっていて、蜜蜂みつばちの羽音が響いていた。クリストフは何しに来たのか忘れていた。
その年の初夏ほど、三吉も寂しい旅情を経験したことは無かった。奥の庭には古い林檎の樹があって、軒に近い枝からは可憐かれんの花が垂下った。蜜蜂みつばちも来て楽しい羽の音をさせた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)