腫物はれもの)” の例文
「この辺は、みんな、あなたの畑なんでしょうか。」かえって私のほうが、腫物はれものにでも触るような、冷や冷やした気持で聞いてみた。
善蔵を思う (新字新仮名) / 太宰治(著)
見ると、そこは確か先日から小さな腫物はれものができて、赤くはれ上っていたのだが、今そこが噴火山となって赤々と煙を噴き上げている。
苦しく美しき夏 (新字新仮名) / 原民喜(著)
あんな大きな腫物はれもののあとなんてあるはずがないし、筋肉の内部の病気にしても、これ程大きな切口を残す様なやぶ医者は何所どこにもないのだ。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
果てはまくら刀にも手を掛けかねない権幕に、誰も彼もほとほと持て余して、腫物はれものにさわるようにはらはらしながら看護している。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
士卒のなかに、というきたない腫物はれものを病む者がありましたのを、陣を見廻って来た呉子が見て、口をつけて腫物はれものを吸ってやった。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
母は風邪にかかつたせゐか、それとも又下唇したくちびるに出来た粟粒あはつぶ程の腫物はれもののせゐか、気持が悪いと申したぎり、朝の御飯も頂きません。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
よく母が町への出入ではいりにこの家へ立寄るのである。いつしかその桶屋の前へ来た。五つばかりの頭に腫物はれものの出来た子が立っていた。
越後の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
腫物はれもの一切いっさいにご利益りやくがあると近所の人に聴いた生駒いこまの石切まで一代の腰巻こしまきを持って行き、特等の祈祷きとうをしてもらった足で、南無なむ石切大明神様
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
五郎太は外科医が腫物はれものを切りひらくように、ずばずばと事実を告げ、終りに、ふところから一冊の歌集を出してそこへ置いた。
古今集巻之五 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
世間にて、人の頭に腫物はれもののできたるを療治するマジナイ法あり。すなわち、その腫物の上に馬の字を三つ重ね、〓のごとき文字を書くなり。
妖怪学 (新字新仮名) / 井上円了(著)
その方が腫物はれものを切開してうみを出したようで、さっぱりするかも知れないと、そう思わないこともなかったが、それを口へ出すのはつらかった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
親方のお角さんほどの代物しろものが、あのお嬢様には腫物はれものに触れるように恐れ入っているのが、おいらにはおかしくてたまらねえ。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ファアウマ(巨漢の妻は再びケロリとして夫の許に戻って来た。)は肩に腫物はれものが出来、ファニイは皮膚に黄斑おうはんが出来始めた。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
そして、指頭の筋肉に当る部分が、薄っすらと落ち窪んでいて、それが何か腫物はれものでも、切開した痕らしく思われるのだった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
我々は大都会が文明社会の腫物はれものだという言葉を想起せざるを得ない。最近の東京は確かに日本人の弱所欠点がって一団となったものであった。
地異印象記 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
あるちょっとした腫物はれものを切開しただけで脳貧血を起して卒倒し半日も起きられなかった大兵肥満の豪傑が一方の代表者で
追憶の医師達 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そしてヨブの所に来り見れば往日さきの繁栄、往日の家庭、往日の貴き風采ふうさい悉く失せて今は見る蔭もなく、身は足のうらよりいただきまで悪しき腫物はれものに悩み
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
赤い顔にひげを蓄へた、しかし、口のあたりに何やら卑しい腫物はれものの出てゐる、袴をはいた男にも、外套は腰を折らんばかりにお辞儀するのであつた。
釜ヶ崎 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
腫物はれもののようにぶわぶわしたたたみの上に腹這って、母から読本とくほんを出してもらうと、私は大きい声を張りあげて、「ほごしょく」の一部を朗読し始めた。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
しかるにその決心が跡部には出来て、前には腫物はれものさはるやうにして平山を江戸へ立たせて置きながら、今は目前の瀬田、小泉に手を着けようとする。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
かれくびにはちひさい腫物はれもの出來できてゐるので、つね糊付のりつけシヤツはないで、やはらかな麻布あさか、更紗さらさのシヤツをてゐるので。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
ガイキは感冒、ネコモノは腫物はれものも同じでフンデハレは踏み出はれだから、趣意はネブタ・マメノハとよく一致している。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
もっとも咯血したりとて必ず死すとも限らねどあるいは先日腫物はれもの云々の報知ありしころの事にはあらずやなど存じ候。秘し居るにはあらずやなど存じ候、いかゞ
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
私はどうかしてよく訳がききたいと思ひある時みんなが悪性の腫物はれもののやうに触れることを憚つて頭から鵜呑みにしてる孝行についてこんな質問をした。
銀の匙 (新字旧仮名) / 中勘助(著)
ただ私の店へ毎日参ってくる大勢の客はすべて腫物はれものの出来た人であり、あるいは妙な処へ負傷した人のみであった。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
ところが、手に腫物はれものが出来て切開したばかりの大奥さんは、繃帯ほうたいでぐるぐるきにした手を眺めながら困った顔をして、むしろ頼むように私に言った。
濃い睫毛まつげくまをつくり、下瞼したまぶたへ墨でも塗ったようであった。左の頬に腫物はれものがあった。腫物の頭は膿を持っていた。火に照らされて果物のように見えた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
六日——牧野雪子(雪子は昨年の暮れ前橋の判事と結婚せり)より美しき絵葉書の年賀状たる。△腫物はれもの再発す。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
四月になったから大きな声をして時鳥がくというのは表面の意味で、そのうらには「うずき来て根太ねぶと」——ねぶとは腫物はれもの——という滑稽こっけいが含まれています。
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
氏郷の先鋒せんぽう、諸将出陣というので論無く対治されて終い、それで奥羽は腫物はれものの根が抜けたように全く平定した。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
それは博士の令嬢が首のところへ腫物はれものを出したからであった。私は、博士が丁度留守だったので、早速、令嬢を研究室に連れ込み、手術台の上に仰臥ぎょうがさせた。
壁には所々、腫物はれものとも言えるような妙な形の菌様きのこようのものが、一面に生じていた。呼吸もできないほどのその場所では、石までが病気になってるかと思われた。
眼をねぶったようなつもりで生活というものの中へ深入りしていく気持は、時としてちょうどかゆ腫物はれものを自分でメスをって切開するような快感を伴うこともあった。
弓町より (新字新仮名) / 石川啄木(著)
と口をとがらして言いかけたときには、腫物はれものへ手を触れられたときのようにぎくりとしたのである。主任は野田の心のうちなどいっこうおかまいなしに言葉を続けた。
寅二郎は、自分の指の股や腕首に、四、五日前からできている腫物はれものが膿を持っているのに気がついた。
船医の立場 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ふとももにポツンと赤くはれあがって、根をはった腫物はれものがひとつ……これが原因だとわかりました。
亡霊怪猫屋敷 (新字新仮名) / 橘外男(著)
と、文三は腫物はれものにでもさわられたように、あっと叫びながら、跳ね起きた。しかし、跳ね起きた時は、もうその事は忘れてしまッた、何のために跳ね起きたとも解らん。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
その後、真二は顔に悪性の腫物はれものが出来たので遂に大学で未曾有みぞうの難手術をやり、とうとう切ってしまった。そうしないと真一までが死んでしまうおそれがあったからだ。
三人の双生児 (新字新仮名) / 海野十三(著)
何を云うのかさっぱり分らない。そのうしろに二十五六の陰気な顔をした男が、ぼんやりして股の所を白い湯でしきりにたでている。腫物はれものか何かで苦しんでいると見える。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
内側からしんの繁凝しこりが円味を支え保ち、そしてその上に程よい張度の肉と皮膚が覆っている腫物はれものは、鋭いメスをぐさと刺し立てたい衝動と、その意地張った凝り固りには
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
孔生は斎園さいえんあずまやに移った。その時孔生の胸に桃のような腫物はれものができて、それが一晩のうちに盆のようになり、痛みがはげしいので呻き苦しんだ。公子は朝も晩も看病にきた。
嬌娜 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
船の動揺の度に、腫物はれもののように壁に取付けてある電燈が、明るくなったり暗くなったりした。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
余程の御癇癖お気にさゝえられん様に、我々はおちいさい時分からお附き申していてさえ、時々お鉄扇てっせんで打たれる様な事がある、御病中は誠に心配で、腫物はれものに障るような思いで
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
青花はないろの袖口から隙いて見える二の腕、さては頬被りで隠した首筋から顔一面に赤黒い小粒な腫物はれものが所嫌わず吹き出ていて、眼も開けないほど、さながら腐りかけた樽柿たるがきのよう。
彼はおそるおそる口を開いて、まるで腫物はれものにでもさわるように、最後の質問をした。
予審調書 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
間口六間、二た戸前の土藏を後ろに背負つた、界隈一番の呉服屋で、世間體をはゞかつて裏からそつと訪れた平次と金六は、丁寧に奧の座敷に通され、何にか腫物はれものにさはるやうな扱ひです。
その日の午過ひるすぎ頃、庸介の父は、その日の最後の患者であった中年の百姓女の右の乳の下の大きな腫物はれものを切開して、その跡を助手と看護婦とが二人がかりで繃帯ほうたいをなし終えるのを見ると
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
そんな或日、栄蔵は家のために米をいた。いつも松さんが搗くのだが、ちやうどその時松さんは、足に腫物はれものが出来てゐたので、搗けなかつた。れない仕事なので、栄蔵はつらかつた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
色々の「我」が寄って形成けいせいして居る彼家は、云わばおおきな腫物はれものである。彼は眼の前にくさうみのだら/\流れ出る大きな腫物を見た。然し彼は刀を下す力が無い。彼は久しく機会を待った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それは心臓の中で一か月も化膿かのうしていた腫物はれものが、急につぶれたような思いだった。自由、自由! 今こそ彼はああしたまよわしから、魔法から、妖力ようりきから、悪魔の誘惑から解放されたのである。