わずか)” の例文
わずかに一草一木を画きしかも出来得るだけ筆画を省略す。略画中の略画なり。而してこのうちいくばくの趣味あり、いくばくの趣向あり。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
みちわずかに通ずるばかり、枯れてもむぐらむすぼれた上へ、煙の如く降りかゝる小雨こさめを透かして、遠く其のさびしいさまながめながら
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
世に云う水際が離れて居るから、余は我にもあらで躊躇して、唯わずかに「貴女は何故に塔の時計をお捲き成されました」と問うた
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
この両郡を管轄している租税課出張所の権大属白井守人氏は殆ど身を挺して熱心な説諭をしたのでわずかに防ぎ止めたのであった。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
この年弘前藩では江戸定府じょうふを引き上げて、郷国に帰らしむることに決した。抽斎らの国勝手くにがっての議が、この時に及んでわずかに行われたのである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
空襲の頻々たるころ、この老桜がわずかわざわいを免れて、年々香雲靉靆あいたいとして戦争中人を慰めていたことを思えば、また無量の感に打れざるを得ない。
葛飾土産 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
私などが大阪で電気の事をしったと云うのは、ただわずかに和蘭の学校読本どくほんの中にチラホラ論じてあるより以上は知らなかった。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「ともすれば時勢の旋渦中に巻き込まれようとしてわずかに免れ」「辺務を談ぜないということを書いて二階に張り出し」
粟沢の部落を通り抜け、柿平を過ぎて夜後よごに近づくと、川は引括ひっくくられたように狭くなって、殊に夜後橋の下ではわずかに四、五尺の幅に蹙められている。
利根川水源地の山々 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
三年前砲兵にとられた彼女の二番目の兄は、此の春肩から腹にかけて砲車にかれ、已に危い一命をわずかにとりとめて先日めでたく除隊じょたいになって帰った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
然りと雖もなおおもえらく、逸田叟いつでんそうの脚色はにして後わずかに奇なり、造物爺々やや施為しいは真にしてかつ更に奇なり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
夜の詩人と冢穴つかあなの詩人とはことわりの使をおこせたり。そは屍の血を吸ふワムピイルのわずかに墓中より出でたるに会ひて、興ある対話をなす最中なるが故なり。
社会の儀表たるべき人々が多数は見苦しい利己主義に専心し、その少数の尊敬に値する人々にしてもわずかに善い意味の個人主義生活に停滞しているに過ぎません。
三面一体の生活へ (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
わずかに三職を置き、続て八局を設け、事務を分課すと雖も、兵馬倉卒の間、事業未だ恢弘かいこうせず。
踏越してから酔が醒めると何とも言えぬ厭な心持になったから、又酒の力をりて強いてわずかに其不愉快を忘れていた。此様こんな厭な想いをして迄も性慾を満足させたかったのだ。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
わずかに温まった懐をおさえて、九州の青年の多くが、その青雲を志し成功を夢みて、奔流する水道を、白波たつ波頭を蹴散らし蹴散らし、いささかのセンチを目に浮べて、悲喜交々
夢の如く出現した彼 (新字新仮名) / 青柳喜兵衛(著)
天下既に乱れ身辺に内戚のうれい多い彼が、わずかに逃避した境地がその風流である。特に晩年の放縦と驕奢には、政治家として落第であった彼の、ニヒリズムが暗澹あんたんたる影を投げて居る。
応仁の乱 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
わずかに乳房から下の胴体と両脚とを包んで居る真黒な服の地にさえも、其れ等が一面に縫い込んであると見えて、体をひねらせる度毎たびごとに、光りの玉が彼方あっちきえたり此方こっちえたりする。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
わずかに一、二を除く外は、神代の物語において活動している人物は宗教的の神ではなく、稀に宗教的の神があってもその宗教的資質においてではないと思うのであるが、これについても
すなわち徳川家が七十万石の新封しんぽうを得てわずかにそのまつりを存したるの日は勝氏が断然だんぜん処決しょけつすべきの時機じきなりしに、しかるにその決断ここに出でず、あたかも主家を解散かいさんしたるその功を持参金じさんきんにして
余は驚きの余り蹌踉よろめきて倒れんとしわずかに傍らなる柱につかまり我が身体を支え得たり、支え得しまゝしばしが程はほとんど身動きさえも得せず
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
子之助はわずかに字を識るに及んで、主に老荘の道を問うたそうである。董斎は董其昌とうきしょう風の書を以って名を得た人で、本石町塩河岸に住んでいた。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「ほんのわずかばかり、一つまみ、手巾ハンケチ、お手拭の端、きれくず、お鼻紙、お手許お有合せの柔かなものにちょいとつけて、」
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
殊に彼の煤煙という生物に取りて恐るき大敵は、わずかに余喘を保っている都会の樹木に先ずその毒害を及ぼして、これを枯し尽さざれば止まざるの勢がある。
望岳都東京 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
わたしは何故久しく筐底きょうていの旧稿に筆をつぐ事ができなかったかを縷陳るちんして、わずかに一時のせめふさぐこととした。
十日の菊 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
みんの世を治むる、わずかに三十一年、げんえいなおいまだ滅びず、中国に在るもの無しといえども、漠北ばくほくに、塞西さいせいに、辺南へんなんに、元の同種の広大の地域を有して蹯踞ばんきょするもの存し
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
夏は放胆ほうたんの季節だ。小心しょうしん怯胆きょうたん屑々乎せつせつこたる小人の彼は、身をめぐる自然の豪快を仮って、わずかに自家の気焔を吐くことが出来る。排外的に立籠めた戸障子を思いきり取り払う。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
また読む、点をつける、水祝みずいわいという題の処へ四、五句書き抜く、草稿へ棒を引いて向うへ投げやる。同じ事を繰り返して居る。夜はわずかけそめてもう周囲は静まってある。
ランプの影 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
昔し/\拿破翁ナポレオンの乱に和蘭オランダ国の運命は断絶して、本国は申すに及ばず印度インド地方までことごとく取られて仕舞しまって、国旗をげる場所がなくなった。所が、世界中わずかに一箇処をのこした。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
これがために私たちは政治的に隠忍して奴隷の位地に落ち込むことをわずかに免れております。
選挙に対する婦人の希望 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
己の精神は、アルコオルや揮発油きはつゆよりももっと蒸発力じょうはつりょくの強い気体きたいのようなもので、いくら壜詰びんづめにされても、キルクや封蝋ふうろうで密閉されても、わずかな隙間からどんどん上昇して行くのだった。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
文壇の大家になると、古手の思想が凝固こりかたまって、其人の吾は之に圧倒せられ、わずか残喘ざんぜんを保っているようなのが幾らもある。斯ういう人が、現実に触れると、気の毒な程他愛の無い人になる。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
いかにしてなおわずかに維持せらるゝぞ。
わずかに五分か十分で事が分ったと見え、二人の間は余ほど深く合点し合って居るのだなと、斯う思うと余り権田の早く帰ったのが又忌々しい
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
要するにこれらの諸家が新に考証学の領域を開拓して、抽斎が枳園と共に、まさにわずかに全著を成就するに至ったのである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
なぎさには敷満しきみちたが、何んにも見えない処でも、わずかに砂を分ければ貝がある。まだこの他に、何が住んでいようも知れぬ。手の届く近い処がそうである。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さればわずかに黒部の片鱗を窺い見たに過ぎない私などは、いつもこれに対して感嘆久しうして止まないのであった。
黒部川を遡る (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
右のけつは『玉池集』へ出し候詩はすべけずり度く存候間此度遣し候詩□□御高評下され十分に御斧正ごふせい願上候。実はわずかに七首と申すもの故如何いかんともいたし方無し。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
匡房が続往生伝には、子息の冠笄かんけいわずかおわるに及んで、遂に以て入道す、とあるばかりだ。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
畢竟ひっきょうするに女大学記者が男尊女卑の主義を張らんとして其根拠なきに苦しみ、わずかに古の法なるものを仮り来りて天地など言う空想を楯にし、論法を荘厳にして以て女性を圧倒し
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
この時の俳諧界は曙光わずかに上りて万物始めて弁ずべきが如し。しかれどもこれらの俳人が佳句を作るは作らんとして作るにあらず、否、作らんとして出来そこなひたる者には非るか。
古池の句の弁 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
それはわずかに文字に表現するまでの不平不満であり、改革的意気であることを知るに至って、その志士的口吻の溢れた文字も、唯だ日比谷ひびやの議院における喧囂けんごうと一般の感をくに過ぎなくなります。
三面一体の生活へ (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
雲雀ひばりの歌がわずかに一同の心を慰めた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
夫でもア味方は三人でしょう敵はわずかに一匹の犬だからようやくに追退おいのけて藻西を馬車へ引載ると今度は犬も調子を変え、一緒に馬車へ乗うとするのです
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
未だいくばくならぬに、竜池はまさ刑辟けいへきに触れむとしてわずかに免れた。これは女郎買案内を作って上梓じょうしし、知友の間にわかった事が町奉行の耳に入ったのである。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
暑さと疲労つかれとに、少年はものも言ひあへず、わずかに頷きて、筵を解きて、笹の葉の濡れたるをざわ/\と掻分けつ。
紫陽花 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
これも有益な資料であるには相違ないが、山や谷の名称も模様も極めてわずかに紹介されているのであるから、読過一番思ったより得る所が少ないのは是非もない。
利根川水源地の山々 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
わたしの新しき女を見てわずかに興を催し得たのは、自家の辛辣しんらつなる観察をたのしむにとどまって、到底その上に出づるものではない。内心より同情を催す事は不可能であった。
十日の菊 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
世の慾を捨てし我らなればその芳志こころざしうくるのみ、美味と麁食とをえらばず、わずかに身をば支ふれば足れりといふにぞ、便すなわち稗の麨を布施しけるに、僧は稗の麨を食しおわりてさりたりける。
印度の古話 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
わが生きて返れるはわずかたびのみ
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)