築地ついじ)” の例文
足利あしかが時代からあったお城は御維新のあとでお取崩とりくずしになって、今じゃへい築地ついじの破れを蔦桂つたかづらようやく着物を着せてる位ですけれど
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
築地ついじへいだけを白穂色しらほいろにうかべる橘のやかたに、彼女を呼ばう二人の男の声によって、夕雲はにしきのボロのようにさんらんとして沈んで行った。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
伊勢はいくさといううわさだが、京都の空はのどかなものだ。公卿くげ屋敷の築地ついじには、白梅しらうめがたかく、加茂川かもがわつつみには、若草がもえている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
築地ついじの崩れの陰などでは、抜身ぬきみを片手に女どもをなぐさんでおります浅ましい有様が、ちょっと使に出ましても二つや三つは目につきます。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
築地ついじたてとし家をとりでとする戦闘はそのの周囲でことに激烈をきわめたという。その時になって長州は実にその正反対を会津に見いだしたのである。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その裾の辺りへ去年の枯れ草を茂らせ、ところどころ壁土を落とした築地ついじ。鋲は錆び、瓦は破損いたみ、久しく開けないために、扉に干割ひわれの見える大門。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
草も林も茂り合った、千坪に近い屋敷で、ここまでは手が廻らなかったか、塀も築地ついじも崩れて、野良犬の真似をすれば人間がくぐり込めないこともありません。
寺域を囲む築地ついじもむろんわずかしか残っていない。松の大樹と雑草につつまれて蒼然そうぜんたる有様である。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
唐門を入ったつき当りの低い築地ついじから枝をさし出した一叢ひとむらの紅薔薇が、露多い夕闇に美しかった。
長崎の一瞥 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
初めはいかめしい築地ついじの邸がつゞいていたのが、だん/\みすぼらしい網代あじろへいや、屋根に石ころを置いたびしい低い板葺いたぶきの家などになったが、それも次第にまばらに
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そこの築地ついじを向うにはずれた藪だたみのところに、見るから風体ふうていの汚ないいち人の非人が、午下ひるさがりの陽光を浴びて、うつらうつらとその時迄居眠りをつづけていましたが
築地ついじの外まで枝をはびこらしている三抱えもあるような梅の老木は、昔と少しも変わらなかった。
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
十七の時にはもう国司の宣旨せんじが下った。ところが筑紫へ赴任する前に、ある日前栽せんざいで花を見ていると、内裏だいりを拝みに来た四国の田舎人たちが築地ついじの外で議論するのが聞こえた。
天保元年に、京都に地震があり、ほうぼうの築地ついじ下屋げやが倒壊したが、その修理もまだできていない。公卿の館も堂上の邸も、おどろしいばかりに荒れはて、人間の住居とも思われない。
奥の海 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
女は黙って戸外そとの方を見ました。薄れかけた夕陽の光が築地ついじの上にありました。
宇賀長者物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
しかもあの平太夫へいだゆうが、なぜか堀川の御屋形のものをかたきのように憎みまして、その時も梨の花に、うらうらと春日はるびにおっている築地ついじの上から白髪頭しらがあたまあらわして、檜皮ひわだ狩衣かりぎぬの袖をまくりながら
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
私どもは彼らが春風にたもとをなぶらせて羅生門の丹楹たんえい白壁の楼から左右にながく流れる平安城の築地ついじのくずれを背にして、または朱雀大路すざくおおじの柳と桜とのやわらかな下蔭にたたずむように考える。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
半蔀几帳はじとみきちょうの屋内より出でて、忽ち築地ついじ透垣すいがいの外を瞥見べっけんする心地する。
『新訳源氏物語』初版の序 (新字新仮名) / 上田敏(著)
大納言師道もろみち卿の屋形やかた築地ついじの外にも、その柳の葉が白く散っていた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
築地ついじの根を馬の鈴が下りてゆく。馬を引く女が唄を歌う。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
かどから角まで、ずっと築地ついじ塀がつづいている。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
築地ついじの外の桜並木が、枝もたわむばかり咲き誇ってきた。夜も昼も、そこからチラチラ白いものが母子おやこの室へ散り迷って来た。
日本名婦伝:静御前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
築地ついじの崩れの陰などでは、抜身ぬきみを片手に女どもをなぐさんでをります浅ましい有様が、ちよつと使に出ましても二つや三つは目につきます。
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
その時、築地ついじの外に落葉をふみ分ける音らしいものがしたが、筒井は気にしなかった。しかし音はなおつづいてそれが人の跫音あしおとであることを知った。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
取り廻された築地ついじも崩れ、犬など自由に出入り出来そうであった。旅宿といったような造りではなかった。
弓道中祖伝 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
故郷の海辺も山国の若葉も忘れられないが、春がくるとつい大和へ旅立つようになった。塔と伽藍がらん築地ついじと、その奥に佇立ちょりつする諸々もろもろのみ仏が私を否応いやおうなしに招くのだ。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
ひらりと飛びうつると、えっとばかり気合いをころして身をおどらせながら、築地ついじづくりの高べいへ片手をかけたかとみるまに、するするとぞうさもなくよじのぼりました。
今頃ふるさとの篠崎はどんな有様になったであろうと、昔のやかたの堀のほとりへ立ち寄ってうかゞってみますと、築地ついじはあっても屋根は崩れておりますし、門はあっても扉ははずれておりますし
三人法師 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ある商人あきんど深更よふけ赤坂あかさかくに坂を通りかかった。左は紀州邸きしゅうてい築地ついじ塀、右はほり。そして、濠の向うは彦根ひこね藩邸の森々しんしんたる木立で、深更と言い自分の影法師がこわくなるくらいな物淋しさであった。
(新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
南の簀子すのこへ出て、すこし爪さき立ち気味にしてみると、築地ついじごしに岡本ノ宮のあたりが、まるで手にとるやうに見渡される。
春泥:『白鳳』第一部 (新字旧仮名) / 神西清(著)
砂金かね売りの吉次は、築地ついじの外に立った。どこを眺めても、盲目めくらのように門が閉まっている。雑草が、ほとんど、門の腰を埋めているのである。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一人は西の方の築地ついじたたずみ、一人は東寄りの角の築地のかげに立っていた。一人が山梔子色くちなしいろの狩衣をつけていれば、一人は同じ山吹色やまぶきいろの折目正しい狩衣を着ていた。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
竹にすずめは仙台せんだい侯、内藤様は下がりふじ、と俗謡にまでうたわれたその内藤駿河守ないとうするがのかみの広大もないお下屋敷が、街道かいどうばたに五町ひとつづきの築地ついじべいをつらねていたところから
この道筋には古風な民家が散在し、その破れた築地ついじのあいだより、秋の光りをあびてかきの実の赤く熟しているのがながめられた。くすんだ黄色い壁と柿のくれないとがよく調和して美しい。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
安貞元年三月にも大地震があって、地が裂け、所所の門扉築地ついじが倒れた。
日本天変地異記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
とある古い築地ついじのかげに身をひそめ、いかなる張良韓信が来ようともたゞ一と討ちと手に汗を握ってうかゞっていますと、程なくそこへ塵取ちりとり(註、屋根のなき輿こしの一種也)が一梃通りかゝって
三人法師 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
月に向かって夢見るような大輪の白い木蘭もくらんの花は小山田邸の塀越しに咲き下を通る人へ匂いをおくり、夜眼よめにも黄色い連翹れんぎょうの花や雪のように白い梨の花は諸角もろずみ邸の築地ついじの周囲をもやのようにぼかしている。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いつのまにか、右衛門尉ははかまをくくり上げていた。武人らしく、さっと雨のなかへ躍り出て、築地ついじを越えて出ようとしている曲者くせものをひっ捕えた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
くらやみに心を配りながら、どちらも不意にひらめくかも知れない刃がしらの予感に身をかたくまもり、お互の跫音あしおとをうしろに聞き入って築地ついじへいぎわを急いで行った。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
燃えながらに宙へ吹き上げられて、お築地ついじ彼方かなたへ舞ってゆく紙帖もございます。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
築地ついじの高塀したるいらかの色も年古りて床しく、真八文字に打ち開かれた欅造りの御陣屋門に、徳川御連枝の権威を誇る三ツ葉葵の御定紋が、夕陽に映えてくっきりと輝くあたり、加賀、仙台
築地ついじも荒れて崩れていた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「? ……」つぶてをほうって耳をすましている、なんのこたえもない、二つめを投げた、そして、築地ついじの下に、被衣かずきの影をじいっとたたずませていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
四条しじょう五条の秋色はどんなに華やかなものかも知れない、築地ついじへいをめぐらし、中の島をしつらえた広大な庭に、彼は好む樹木を配して子供の時からの庭が作って見たかった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
燃えながらに宙へ吹き上げられて、お築地ついじ彼方かなたへ舞つてゆく紙帖もございます。
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
二、三十間やっていくと、今まで高かった雪駄の音を突然ころして、ぴたりとそこの築地ついじべいに平ぐものごとく身をよせてしまいましたので、伝六はいぶかって、首をちぢめながらささやきました。
ほりの向こうはなまこかべ築地ついじはしのあるところに巨大きょだいな石門がみえ土手芝どてしばの上には巨松きょしょうがおどりわだかまっている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
道はすでに相国寺しょうこくじの大路端れに出ていて、半町ほど先には、ひろい川面かわもの水が銀鱗ぎんりんを立てて、水に近いやかた築地ついじにまでその明るい光をぎらぎら映していた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜はふけてくるほど、草にも花にもあまれて、あとはただばし紅梅こうばいが、築地ついじをめぐる水の上へ、ヒラ、ヒラと花びらくろく散りこぼれているばかり。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小石まじりの河原土でも、急に、それを構築し、築地ついじした後へすぐ水をかけておけば、一夜にして凍りつき、いちど凍った堅さは、これから春までは解けません。
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)