ろく)” の例文
「こいつはろくな者にはならん」とその頃から目の敵にされていたので、ぎゅっという目に遭うだろうくらいは暗算して来たのである。
評釈勘忍記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
『気の毒ですよ。いくらバラツクでろくな物はないと云つたつて、又焼かれちやあ助かりません。近所でもみんな泣いてゐましたよ。』
赤い杭 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
差當り奧方は御病死として屆け出たが、殿樣の御怒りは激しく、三千石のろくの半分を失つても、奧方樣の敵は討ちたいと仰つしやる。
彼は、その後は自分の子供たちをもう学校にやらないことに決め、こんなものを読んだり書いたりしてもろくなことはない、と言った。
どうせろくなものに似ているのじゃございますまいと答えたので、およそ人間として何かに似ている以上は、まず動物にきまっている。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
波の音が耳について、山から行った人達は一晩中ろくに眠られなかった。海の見える国府津の旅舎やどやで、達雄夫婦は一緒に朝飯を食った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「そんぢや、今度こんだ澤山しつかりえびやな、ろくんもしねえで、おこられちやつまんねえな」土瓶どびんにしたばあさんはわらひながらいつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
編輯者 西洋人の書いた支那の本なぞには、どうせろくな物はないでしょう。それより小説は出発まえに、きっと書いて貰えるでしょうね。
奇遇 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
一太は、小学校へ一年行ったぎりで仮名もろくに知らなかった。雑誌などなかったから、一太は寝転んだまま、小声で唐紙を読んだ。
一太と母 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
後者はろくに路形もなく、人も余り通らない。大抵は前者を登ったものであるが、今は反対にカッセンの方が修理されて好い路となった。
東洋軒の二階でビールを飮みながら、大野は義雄を冷かしたり、慰めたりしたが、義雄の耳にはそれがろくに這入らない程であつた。
トロフィーモフ あいつはろくでなしです、それを知らないのはあなただけだ! あいつはケチなやくざ野郎で、虫けらみたいな……
桜の園 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
そんなに毎晩かしてろくもしないじゃないか。何の事だ。風邪かぜでも引くとくない。勉強にも程のあったものだとやかましく云う。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
吹き出したけれども剣呑けんのんは剣呑です。誰かこんな奴を使って、ろくでもない文句を吹き込んで、おれの度胆どぎもを抜こうとした奴がある。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そして「少しもろくな真似はしない」と言って、乃公は折鞄でどやしつけられた。清は嘘吐きだ。んな奴は今に泥棒になるだろう。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
御飯もろくに召し上らない事が多かったと聞いていましたから、近所の人や、お客様をだますのには、ホントに都合がよかったのです。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
うるさき鳴海三郎は、いくら追払おいはらってもりるふうを見せず、毎日のように押掛けてきてはろくなことをいわない。全く困った友だ。
大脳手術 (新字新仮名) / 海野十三(著)
私はいよいよ困るばかりで、ろくなことにはなりません。みんなは私が気でも狂ったと思うでしょう。まずこんなことになります。
ちょうど糟谷かすやが遊んでおったをさいわいに、その主任獣医しゅにんじゅういとなった。糟谷は以来栄達えいたつのぞみをたち、ろくろくたる生活にやすんじてしまった。
老獣医 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
『おろかものの愚老ぐらうろく智慧ちゑはせませんが、どういふでござりませうか。』と、玄竹げんちくはまた但馬守たじまのかみ氣色けしきうかゞつた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
だが、そんなような(私にとっては)ろくでもない話を、朝野がひとりでまくし立てているうちに、実にあっけなく時間が過ぎた。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
ともかく、あの可哀かわいそうなお嬢さんをだました薄情な大学生は、どうせろくな死に方はしまいという、村の評判だというのでしたが
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
「お甲に育てられた養女むすめでは、ろくな者であろうはずはないが、あのようなものと出会うても、このは口など交わしなさるなよ」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
見張りはじめてより幾程いくほども無く余は目科の振舞にと怪しくかつ恐ろしげなる事あるを見てうせろくな人にはあらずと思いたり、其事はほかならず
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
そうそう自分たちの先祖をまちがえばかりしたように、証拠もろくにないのにきめてかかることは、感心せぬ態度だと私は思う。
太夫たいふさんだなんて云いながら、ひどい目にばかりあわすんだよ。ご飯さえろくに呉れないんだよ。早く親方をつかまえてお呉れ。早く、早く。
「明日から何もご用事聞いてあげないから、かくごしていらっしゃい。威張ったってろくな小説一つ書けないくせに、ふんだ。」
蜜のあわれ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
おれたちのこと、ろくに、面倒もみてくれやせんし、考えたこともない。今度の遠足だって、おれを外すなんて、親方の糞たれ奴
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
が、その頃は試験が近づいているのにパンに追われて勉強もろくにできないことをかなり苦痛に病んでいるらしい様子であった。
研究の志はあっても、食うために止むを得ず教員を務め、日々多くの時間を教える方に費さねばならぬようでは、とうていろくな仕事はできぬ。
理科教育の根底 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
薄味というのは、卵も牛乳もろくに入っていない、お粗末な、だから一個五銭位だったろう、そういうアイスクリームなのだ。
甘話休題 (新字新仮名) / 古川緑波(著)
どうせろくなことではないと知っているのだろう。一時思いまったが、また駆け出した。そして今度はその最後の一輌いちりょうにようやく追い着いた。
一兵卒 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「あんな身装みなりして、どこで何していたんだべや? 喧嘩好きで腕節うでっぷしの強い奴だったから、ろくなごとしてたんで無かんべで。」
熊の出る開墾地 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
どうです、おかみさん、そういった奴ですからね、どうせろくなこッちゃ来やしません。いづれ幾干いくら飲代のみしろでございましょう。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
君江はどうして昨夜はあんな矢田のようなろくでもない男の言う事をきく気になったのだろうと、自分ながらその腑甲斐ふがいなさにいやな心持がした。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
つい去年までろくに口もけなかった近所の喜左坊きさぼうが、兵隊帽子に新らしいカバンをつるし、今日きょうから小学第一年生だと小さな大手を振って行く。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
くたばろうと何うしようと世話にはならねえ、とう云うので、の野郎彼様あんな奴ではなかったが、魔がさしたのか、始終はハアろくな事はねえ
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
そしてろくでもない平凡な俗事に頭を煩わすことが多過ぎる。美しずくめばかりをねらっている小生の生活とは、どうやら別世界を歩んでいるようだ。
小生のあけくれ (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
それが明けると、一年の礼奉公——それを勤め上げないものはろくでなしで、取るにも足らぬヤクザ者として町内でも擯斥ひんせきされたものでありました。
... 何ともいえないい味に出来ます」小山「そうですか、やっぱり手を抜くとろくな事はありませんね。ところで今泡立てた白身はどうなさいますか」
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
ボーイはボーイでその紳士からは、ろくなチップも貰えまいと早くも観念したと見えてお世辞一つ云おうとはしなかった。
闘牛 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「そッたらお礼ききたくもない。それよりお前さんらサッサとこの商売をやめねば、後でろくでもないことになるよ。」
母たち (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
正午ひるといえば、あなた、午食ひるはまだなんだろう? ……さて、なにを、ご馳走しようか。昨日きのう帰ったばかりだから、ろくなこともできまいけど……」
キャラコさん:06 ぬすびと (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
私をろくに知らない人が、私をほめちぎっている時、私は公衆の前に裸にされて立たされながら、ジーンと、公衆の視線で打たれていなければならない。
或時は主人の店火災にかゝりし為め余の働口一時途切れ、加ふるに去月十日より風邪かぜの気味にて三週間ばかりぶらぶらし、かた/″\ろくな事これなく候。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
婦人の手首は一寸れ上つて熱を持つてるやうだつた。医者はろくすつぽ診ようともしないで、ぶつきら棒に訊いた。
二人は恐ろしいので、声もろくに出ません。けれども唄はないと孫が太い指で頭をつまんでふりまはしますから仕方がありません。一生懸命に唄ひました。
漁師の冒険 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
「悪いことは言いませんから、およしなさい。おやめなすったほうがようござんすよ。ろくなことはありませんぜ」
気にへましたのですか昨日午後ふいと外出致しまして、夕方おそくお酒をいたゞいて帰つて参りましたがそれきりろくに口もきかないでやすんでるのですよ。
静物 (新字旧仮名) / 十一谷義三郎(著)
どっちみちろくなことはあるまいと恐れをいだいていただけに「聴いてやろう」と云われるとかえって尻込しりごみをした。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)