甲羅こうら)” の例文
まあ、猿の甲羅こうらを経たものだとか言いますが、誰も正体をみた者はありません。まあ、早くいうと、そこに一羽の鴨があるいている。
木曽の旅人 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
この蟹は螯脚こうきゃくがむやみと大きく、それが小さい甲羅こうらから二本ぬっと出ている姿は、まるで団子だんご丸太まるたをつきさしたような恰好かっこうである。
南画を描く話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
木の根が化石したように、すっかり縮まってしまってる一風宗匠、人間もこう甲羅こうらをへると、まことに脱俗に仙味をおびてまいります。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
殺人と放火の無慈悲な戦場にいると、そんな甲羅こうらをかぶったような妻でも、天使のように恋しく、私は帰還する度に、妻に子供を産ませた。
野狐 (新字新仮名) / 田中英光(著)
しかもその沢蟹はもう一匹の沢蟹を、——甲羅こうらの半ば砕けかかったもう一匹の沢蟹をじりじり引きずって行くところなのです。
手紙 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
されば河添いの妾宅にいる先生のお妾も要するに世間並の眼を以て見れば、少しばかり甲羅こうらを経たるこの種類の安物たるに過ぎないのである。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
いわゆる敵の営中に眠って敵を眠らせぬというような大胆な所業しわざは、日本左衛門や雲霧ぐらいに甲羅こうらを経た大盗でも、容易に行えない離れわざ
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どうせ打たれるとは思いながら、出来るならばと甲羅こうらの中に立てこもる。打たれる運命を眼前に控えた間際まぎわでも、一刻の首は一刻だけ縮めていたい。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
銀子が見たこともない茨蟹いばらがにの脚の切ったのや、甲羅こうらの中味のいだのに、葡萄酒ぶどうしゅなども出て、食べ方を教わったりした。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
小屋の屋根に上って甲羅こうらを乾すもの、腕組みするもの、寝そべるもの、ぶるぶる震えているもの、高い梯子の上から音をさして水の中へ飛込むもの
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
カニの甲羅こうらの上に、あれは正式(?)にはなんと呼ぶのか、内側を抱きかかえるような三角の形のものがついている。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
何だか甲羅こうらを経て化けかかっているようにも思われた。悲壮な感じにもたれたが、また、自分が無謀なその企てに捲き込まれる嫌な気持ちもあった。
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
あの大きな甲羅こうらを持っている亀のことであるから、素早く逃げることが出来ず、自分の重みでころころと水の中へんでしまったというのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
うに卒業して、学生でもなく生徒でもなく、受験生という変体名称へんたいめいしょうの下に甲羅こうらへた髯武者達が来て、入学しない中から日和下駄ひよりげた穿いて周囲あたり睥睨へいげいしていた。
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
町には、貝がらだの、珊瑚さんごだの、極楽鳥ごくらくちょう標本ひょうほんだの、大きな剥製はくせいのトカゲだの、きれいにみがいてあるべっこうガメの甲羅こうらなどを売っていて、みんなほしくなった。
恐竜艇の冒険 (新字新仮名) / 海野十三(著)
正覚坊しょうがくぼう甲羅こうらほどの氷のかけら、どんぶりこ、どんぶりこ、のどかに海上ながれて来ると、老練の船長すかさずさっと進路をかえて、危い、危い、突き当ったら沈没
二十世紀旗手 (新字新仮名) / 太宰治(著)
水を離れた蟹はお日様の熱ですぐ甲羅こうらがかわいてしまいます。けれども口の中にはちゃんと水気があるような仕掛しかけが出来ていますから、目まいがすることはありません。
椰子蟹 (新字新仮名) / 宮原晃一郎(著)
フェノロサがいよいよ白布を解くときは、寺僧達は悉く逃げ去ったと伝えられる。それは何故であったろうか。幾千年の甲羅こうらを経たような怪物じみた面影おもかげの故であろうか。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
年の頃だってそうでございます、まあ、この兵助と、おっつかっつでございますね、かなり甲羅こうらは経ていますよ。ようがす、ようがす、一番当ってごらんに入れましょう。
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
さるが行ってしまったあとへ、そのときちょうどうら小川おがわともだちとあそびに行っていた子がにがかえってました。るとかきの木の下におやがにが甲羅こうらをくだかれてんでいます。
猿かに合戦 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
余程、甲羅こうらを経た奴でないとコンナ工夫は出来ん。君もアトで実験してみたまえ、万創膏の貼り方と位置の工合で、同一人でも丸で見違える位、印象が違うて来るからなあ。
二重心臓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そして何よりさきに眼に映ったのは、まるで亀の甲羅こうらみたいに厚くて堅い、妙に形の変化した爪のある、アカーキイ・アカーキエウィッチには先刻おなじみのおや指であった。
外套 (新字新仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
かに甲羅こうら——あの何の禁厭まじないだか、軒に鬼の面のごとくかかったのを読者は折々見られたであろうと思う——針を植えたかっと赤いのが、烈々たる炭火にかかって、魔界の甘酒のごとく
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
晴れきって明るくはあるが、どこか影の薄いような秋の日に甲羅こうらを干しながら、ぼんやり河岸縁にしゃがんでいる労働者もある。私と同じようにおおかたひるかてに屈托しているのだろう。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
それは例えば女の忍び泣きのような、かに甲羅こうらの隙間からぶつぶつと吹く泡のような、消え入るようにかすかではあるが、綿々として尽きることを知らない、長い悲しい声に聞える。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
けれども彼はたえずその楽器のまわりをうろついた。そしてだれもこちらを見ていないと、蓋をもち上げて、キイを押した、あたかも何か大きな虫の青い甲羅こうらを指先で動かすかのように。
僕は義務として、一言いちごん君に注意します。我々甲羅こうらをへた独身ものは、ここへ来ても、さしつかえない。なんのことがあるものですか? 我々は鍛錬たんれんができてるからびくともしないです。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
重臣たちの多くは、四十から六十くらいの甲羅こうらをへた連中で、みんなかなりあつかましい。それらが多かれ少なかれ又四郎に興味をもっているらしく、まことに益もないことを話しかける。
百足ちがい (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そして数世紀にわたる甲羅こうらは即座に得らるるものではない。
それこそ甲羅こうらたじじいめでも
まざあ・ぐうす (新字新仮名) / 作者不詳(著)
おれはあの木のかげへ行って、甲羅こうらをほしながら午睡ひるねをしているから、なにか怖い者が来たら、すぐに俺をよべ。いいか。
蟹満寺縁起 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
人でも、物でも、長く甲羅こうらをへたものは、一種の妖気ようきといったようなものが備わって、惻々そくそく人にせまる力がある。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「やあ、お耳にさわりましたかの」と、賀相も太々ふてぶてしいところがある。年からいえば秀吉の親ぐらいな甲羅こうらかぶっているので、びくともする様子ではなかった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
熱い砂の上にはいのめって、甲羅こうらを乾しているものもあった。ザンブと水の中へ飛込むものもあった。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
一人一人特殊のあの甲羅こうらのような個性というものが無くなって大ぜい一緒に進んでいますと、石膏せっこう群像の上に五彩のサーチライトを映し動かしますときに緑になったり
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そこで私は酔うと酒乱になる桂子と喧嘩けんかする度に、それをよい機会と思い、妻子の田舎に逃げ帰るのだが、そこで、妻の表情のかたい、甲羅こうらをかぶった無言の軽蔑けいべつに出あうと
野狐 (新字新仮名) / 田中英光(著)
脱皮したカニは甲羅こうらと身の間に「トウフ」ができて肉もまずく、罐詰にはできないのだ。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
荒神風呂から引佐川いなさがわへ抜けると、丁度好い泳ぎ場がある。荒神風呂から流れる水で岸が沢になっていて、そこに亀がいる。僕達は泳ぎ倦きると、亀を探し出して、甲羅こうらに名前を彫りつける
ある温泉の由来 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
いちばん遠い石はかに甲羅こうらくらいな大きさに見える。それが近くなるに従ってだんだんに大きくなって、自分たちの足もとへ来ては、一間に高さが五尺ほどの鼠色の四角な石になっている。
槍が岳に登った記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「何だか甲羅こうらの中で身が縮んでしまう。妙に熱くて、甲羅がピリピリ痛い。」
椰子蟹 (新字新仮名) / 宮原晃一郎(著)
と云う時、かっしと片腕、ひじを曲げて、そのかに甲羅こうら面形めんがたいで取った。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
甲羅こうらの中にでもはいったようで、右にも左にもふり向くだけの元気がなく、また実際ふり向くことができず、ケリッヒ夫人のやたらな質問や、その繁多な作法に、すっかりおびえてしまい
主人は椽側へ白毛布しろげっとを敷いて、腹這はらばいになってうららかな春日はるび甲羅こうらを干している。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
雪はんだ。裸虫はだかむし甲羅こうらを干すという日和ひよりも日曜ではないので、男湯にはただ一人生花いけばなの師匠とでもいうような白髭しらひげの隠居が帯を解いているばかり。番台の上にはいつも見るばばあも小娘もいない。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
いながら、いちばんあおかたいのをもいで、あおむいてっているかにのあたまをめがけてちからいっぱいげつけますと、かには、「あっ。」とったなり、ひどく甲羅こうらをうたれて、目をまわして
猿かに合戦 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
だが、やりたければ、やれ、やれ、ばくちでも、ちょぼ一でも、うんすんでも、麻雀でも、なんでもいいから勝手にやれ、こちとらは、もうそんなことで慰められるには、甲羅こうらを経過ぎている。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
実に滑稽です。大工のせがれがショパンにあこがれ、だんだん横に太るばかりで、脚気を病み、顔はかに甲羅こうらの如く真四角、髪の毛は、海の風になびかすどころか、頭のてっぺんが禿げて来ました。
風の便り (新字新仮名) / 太宰治(著)
身体中にとげを生やしたり、近まわりの者に色や形を似通わせたり、甲羅こうらかぶったり毒を吹いたりしているが、あんな片輪かたわじみた、卑怯な、意久地いくじのない真似をしなくとも、もっと正しい、とらわれない
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
居士は例の少年をよんで、小さなにしきのふくろを持ってこさせた。そのなかから、机の上へカラカラと開けたのはかめ甲羅こうらでつくった、いくつもいくつものこまであった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
客は、四十二、三の円頂えんちょうの男である。黒っぽいつむぎ茶縮緬ちゃちりめんの十とくのような物を着ている。った頭が甲羅こうらを経て茶いろに光って見える。眼のギョロリとした、うすあばたの長い顔だ。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)