牢獄ろうごく)” の例文
あるいはカルカッタの牢獄ろうごくにおける百二十三人の俘虜ふりょの窒息死(5)などの記事を読むとき、もっとも強烈な「快苦感」に戦慄せんりつする。
その日の夕飯はさびしかった、酒を飲んで喧嘩けんかをするのは困るが、さてその人が牢獄ろうごくにあると思えばさびしさが一層いっそうしみじみと身にせまる。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
しかし、殻から出たさなぎは、新らしい外皮の中に喜んで手足を伸して、自分の新しい牢獄ろうごくの境界をまだ認めるのひまがなかった。
自分の牢獄ろうごくを出ることを拒む、その中で生まれた子供のようであった。彼らは船以外に絶対に、パンを得られないほど、船に同化されていた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
呼出された者は取調中は縁側に両手をついて居べき規定であるのに、弘庵はひざの上に片手を置いたので、役人らの怒に触れ牢獄ろうごくに投ぜられた。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
長官は、自分が使っていた女中が強盗を働いていたのを謝罪する意味もあったのであろう。白昼に、牢獄ろうごくへ護送した。たいへんな見物であった。
女強盗 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
窓からして来ている灰色な光線は、どうかすると暗い部屋の内部なか牢獄ろうごくのように見せた。周囲が冷い石でかこわれていることもその一つである。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
一九三×年、この東洋第一の大工業都市にほど近い牢獄ろうごくの独房は、太田と同じような罪名の下に収容されている人間によって満たされていたのだ。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
たとえとりたいしてすら、人間にんげんにはそんな権利けんりがないのを、おなじ、人間にんげん自由じゆう束縛そくばくしたり、または牢獄ろうごくにいれたりする。
自由 (新字新仮名) / 小川未明(著)
拷問の後にほうり込まれた牢獄ろうごくの中で眼前に迫る生死の境に臨んでいながらばかげた油虫の競走をやらせたりするのでも決してむだな插話そうわでなくて
映画雑感(Ⅳ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
あなたは牢獄ろうごくから逃げてきたんではないって判断できますけれど——そんな犯罪をおやりになるはずはありませんわ
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
小さなカンテラがついているばかりで、よく分らぬけれど、柱も何もないコンクリートの壁、赤茶けた薄縁うすべり、どうやら地底の牢獄ろうごくといった感じである。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
がついに消えうせてしまって、九つの塔を持った陰惨な牢獄ろうごく城砦じょうさいの跡に立った、煙筒のついた大きなストーブみたいな記念碑を、平和にそびえさした。
いかにつまらない事務用の通信でも、交通遮断しゃだんの孤島か、障壁で高く囲まれた美しい牢獄ろうごくに閉じこもっていたような二人に取っては予想以上の気散きさんじだった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
このあいだ、わたしは牢獄ろうごくの建物を見おろしました。窓をしめた一台の馬車が、その前でとまりました。ひとりの囚人しゅうじんが連れだされることになっていたのです。
その春(昭和八年)日本が国際連盟を脱退だったいして、世界の仲間はずれになったということにどんな意味があるか、近くの町の学校の先生が牢獄ろうごくにつながれたことと
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
土のお団子だんごなどをこしらえている時に、坊ちゃんの一人が目附めっけだされて、連れかえられようものなら、その子はうちへかえるのを牢獄ろうごくにでもおくられるように号泣した。
旧聞日本橋:02 町の構成 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
ひとりで牢獄ろうごくにいて、しかもだれも訪れる人がないことがどんなものか身をもって味わったのだ。彼は一時も母が自分の目の届かぬところに行くのには耐えられなかった。
一心に迷うて、あくまで小さい自我に固執するならば、現実の世界は、畢竟ひっきょう牢獄ろうごくです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
廊下はきょうも不相変あいかわらず牢獄ろうごくのように憂鬱だった。僕は頭を垂れたまま、階段をあがったり下りたりしているうちにいつかコック部屋へはいっていた。コック部屋は存外明るかった。
歯車 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
成経 わしは同志の安否あんぴを気づかいました。しかしだめだった。彼らは何ごとをもかくして語らなくなったから、わしは牢獄ろうごくの中で幾たびもかべに頭を打ちつけて死のうとしました。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
債権者は日々彼を追求して、牢獄ろうごくとびらが巨人の背に迫ることも少なくはなかった。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
共にしたとはいうけれど、譬えば一家の主僕しゅうぼくがその家を、輿こしを、犬を、三の食事を、むちを共にしていると変った事はない。一人のためにはその家は喜見城きけんじょうで、一人のためには牢獄ろうごくだ。
同時にまたその時以来、僕は物質の窮乏などというものが、精神の牢獄ろうごくから解放された自由の日には、殆んど何の苦にもならないものだということも、自分の生活経験によって味得みとくした。
老年と人生 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
しかしそれにも拘らず晩年には甚だ不遇であったので、殊に安永八年には図らずも罪を得て十一月二十日に牢獄ろうごくにつながれることとなり、十二月十八日に獄内で死歿したとうことです。
平賀源内 (新字新仮名) / 石原純(著)
そこのホテルは牢獄ろうごくのように頑丈だった。女中はみんな白い服を着ていた。黒い服を着た下男が幾人もいた。彼女は大勢の手で、ある一室に投げ込まれた。——どこからか夫の声がしてきた。
猟奇の街 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
夫婦ふうふこまつてしまひました。そして、鳥屋とりやへもつてつてりました、けれどそれがうんきでした。そのくちからの言葉ことばで、とうとう二人ふたりつかまつて、くらくら牢獄ろうごくのなかへげこまれました。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
その後十二月の或る週に、待ちこがれた仏蘭西フランス映画「格子こうしなき牢獄ろうごく」が懸ったので、二人はそれを見に行ったが、その日から幸子が風邪を引き込んだので、外出歩きは当分見合わすことになった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
どうかすると全く辻褄つじつまの合わないことをやり、女一人でいると、時には何か自分の閉じもっている牢獄ろうごくの窓を蹴破けやぶって飛び出し、思う存分手足を伸ばし胸を張り呼吸をしてみたくもなるものと見え
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
若くして身の破戒をば問はれたる法師のありし土の牢獄ろうごく
青い牢獄ろうごく
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それからもう彼らは、息苦しい都会の中に閉じこもった。そしてその牢獄ろうごくみたいな中庭から、悲しげに田野をしのんでいた。
それはちょうど牢獄ろうごくに監禁された囚人が、赤い高い煉瓦塀れんがべいのかなたには、絶対の自由がある。自分はそこでは自分の好む通りにすることができる。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
わたしは、十ねん、二十ねん牢獄ろうごくにあった囚徒しゅうとが、放免ほうめんされたあかつき日光にっこうのさんさんとしてみなぎる街上がいじょうへ、されたときのことを想像そうぞうしたのであります。
自由 (新字新仮名) / 小川未明(著)
そうして、牢獄ろうごくにぶち込むなり、死刑に処するなりにしてしまえば、蘭子ばかりではない、世間全体の安堵である。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ちょうど牢獄ろうごくにいる死刑を宣告された重罪人が、判決のまだ定まらないあいだは禁じられていた多少の寛大な待遇を許される、といったようなものですね。
その時の記憶がた帰って来た。おげんはあの牢獄ろうごくも同様な場所に身を置くということよりも、狂人きちがいの多勢居るところへ行って本物のキ印を見ることを恐れた。
ある女の生涯 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
まるで一年も牢獄ろうごくにいて、人間らしい人間にあわないでいた人のように葉子には岡がなつかしかった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
彼がはいってきた鉄格子は偶然にもゆるんでいたが、しかし下水道の他の口がすべて閉ざされてることは明らかである。彼はただ牢獄ろうごくの中に逃げ込み得たに過ぎなかった。
波浪が舷側げんそくをどうっとばかり流れてゆき、まさに耳もとで咆哮ほうこうするのを聞くと、あたかも死神がこの水に浮んでいる牢獄ろうごくのまわりで怒り狂い、獲物をもとめているような気がした。
船旅 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
深い井戸いどからか、それとも溜息ためいきの橋のそばの牢獄ろうごくからか、一つの溜息が聞えてきます。
表通りには鉄道馬車の線路のある日本の中央の幹線道路でありながら、牢獄ろうごくのあった時代からはかなり過ぎているのに、人通りがなくて、道巾の広い通りには野道のように草が生えていた。
「こう云うからだじゃもう駄目だめだよ。とうてい牢獄ろうごく生活も出来そうもないしね。」
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「ボヘミア人はヴァイオリンさえあれば牢獄ろうごくもまた楽し」とも言われている。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
伯父は牢獄ろうごくにあり、わが身はどろにあえぐふなのごときいまの場合に、ただひとり万斛ばんこくの同情と親愛をよせてくれる人があると思うと、千三の胸に感激かんげきの血が高波のごとくおどらざるを得ない。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
ローマの哲学者ポエチウスは牢獄ろうごくのなかで死刑の日を前にして『哲学の慰め』というりっぱな本を書いていますが、これに似た話が中国にもあります。今からちょうど千五百年以前のことです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
その治安維持法という法律ほうりつ違反いはんした行動のために、牢獄ろうごくにつながれ、まもなく出てきてからも復職ふくしょくはおろか、正当せいとうなあつかいもうけていないということだけが、その法律とつないで考えられた。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
無気力の状態から奮いたってついに牢獄ろうごくの壁をくつがえすことを、この美しい捕虜ほりょにできさしてやりたい! 彼はおのれの力をも敵の凡庸ぼんようさをも知らないのだ。
『おれはあの犬になりたい』と奴隷どれいは主人の犬を見て思わなかっただろうか。『おれはつばめになりたい』と、だれかが残虐な牢獄ろうごくの窓にすがって思わなかっただろうか。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
ここで、おれは電気計算機のように、冷静に、緻密ちみつにならなければいけない。股野が死んだことは、もっけの幸いではないか。あけみは牢獄ろうごくからのがれて自由の身となるのだ。
月と手袋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)