洞穴ほらあな)” の例文
ただ、たしかに、洞穴ほらあなの口みたいなところから湧き出して、しぶしぶと大気の中に立ち昇る三すじの黒い煙があるにはありましたが。
乾符けんぷ年中の事、天台の僧が台山たいざんの東、臨海りんかい県のさかいに一つの洞穴ほらあなを発見したので、同志の僧と二人連れで、その奥を探りにはいった。
前の洞穴ほらあなの内部の隅。岩の壁によりかかった赤児の死骸しがいは次第に又変りはじめ、とうとうちゃんと肩車をした二匹の猿になってしまう。
誘惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
第二十四圖だいにじゆうしずかべかゝつてゐるうしうま鹿しかなどのはかれ洞穴ほらあななか石壁いしかべりつけたり、またいたりしたうつしであります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
しかもお雪が宿の庭つづき竹藪たけやぶ住居すまいを隔てた空地、直ちに山の裾が迫る処、その昔は温泉湧出わきでたという、洞穴ほらあなのあたりであった。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
けれども小僧はこれを押し止めて、猿共を皆洞穴ほらあなの中に隠して入り口をふさいで、自分一人森の外に出て狼の来るのを待っていた。
猿小僧 (新字新仮名) / 夢野久作萠円山人(著)
海につきでた岩山のがけに、大きな洞穴ほらあながありましたので、そのなかにはいつてかゞみこんでゐると、ついうと/\とゐねむりをしました。
エミリアンの旅 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
ここははり別所べっしょというところの山の奥の奥。谷合たにあい洞穴ほらあなへ杉の皮をき出して、鹿の飲むほどな谷の流れを前にした山中の小舎こや
その間に一箇所、断崖の裾が、海水の為に浸蝕されて出来たものであろう、真暗な奥行きの知れぬ洞穴ほらあなになっている所があった。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そこに、このほこらを建てる時に、いだ崖の断面があり、その下に、やっと人間が這って出入りできるくらいな洞穴ほらあながあった。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あの人知れぬ奧の部屋を今迄十年間野獸の洞穴ほらあな——鬼の窟のやうにして住んでゐるのです。あれの附添を見つけるのに大分苦心しました。
彼は二人を見て「これは、これは、お二人ともお困りでございませう」と言つて自分の住家としてゐる洞穴ほらあなに案内してくれた。
イエスとペテロ (新字旧仮名) / 片山広子(著)
さもなかったなら、木魂姫こだまひめてゐるその洞穴ほらあなくるほどに、また、あのひめうつろこゑわしこゑよりもしゃがるゝほどに、ロミオ/\とばうものを。
奥深くもぐってはいると、洞穴ほらあなのようになった所がある。下には大きい材木が横になっているので、床を張ったようである。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
少年は考えついて洞穴ほらあなのDとFの字に両足をまたがってみた。暗号文字のDとFの上に線が引いてあるのはこれに違いない。
「私は出家しゅっけです。山の洞穴ほらあなの中に家があります。おとめしてもよろしゅうございます。何も恐しいことはありませんよ。」
翩翩 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
「このトンネルがほかの洞穴ほらあなへつきぬけそうな気がする、なにがとびだすかもしれないから、みんな注意してくれたまえ」
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
樹木が尽きて岩山が来た時、が暮れてしまった。彼は洞穴ほらあなを探して入った。青い月が出て洞穴の外は終夜明るかった。
仙術修業 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
またある者は太陽の正面からかくさねばならなかった乱痴気騒ぎは洞穴ほらあなにおいて騒ぎ廻ったという事を主張しています。
生命の流れは「運命」の高低によって、あるいは泡立ちもしようし、あるいは迂回うかいもしよう。また、時としては、真暗な洞穴ほらあなをくぐる水ともなろう。
次郎物語:03 第三部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
その上、この洞穴ほらあなで見ていてもよくわかるように、智慧にかけては人間よりも火星人の方がずっと進んでいるようだ。
火星兵団 (新字新仮名) / 海野十三(著)
古井戸のそばに一株の柳がある。半ば朽ちたその幹は黒い洞穴ほらあなにうがたれ、枯れた数条の枝の悲しげに垂れ下った有様。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
飢餓うゑ恐怖おそれ困憊つかれ悔恨くいと……真暗な洞穴ほらあなの中を真黒な衣を着てゾロゾロと行く乞食の群! 野村は目をつぶつた。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
最後の洞穴ほらあなに立て籠って、一人になるまでやるほかないだろうといいあったことを、君も忘れはしまい。なんだろうと、好きだったら結婚するがよかろう。
春雪 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
正面の壁には、直径一尺もある大きな眼の玉が、勢一杯に見開らかれて、それが洞穴ほらあなのような、ゾッとする冷めたい視線を、彼の全身にあびせかけているのだ。
魔像 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
この瑞巌寺の近くに雄島おじまという小さな島がありまして、いくつかの洞穴ほらあなが海にむいたところに隠れています。昔の坊さんたちが来て座禅ざぜんをした跡だと聞きます。
力餅 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
まわりもみんな青黒いなまこや海坊主のような山だ。山のなかごろに大きな洞穴ほらあなががらんとあいている。
なめとこ山の熊 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
轟々ぐわうぐわうと、押し寄せて来るやうで、ゆき子は、その響きの洞穴ほらあなの向うに、誰にも愛されなかつた一人の女のむなしさが、こだまになつて戻つて来る、淋しい姿を見た。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
その洞穴ほらあなから押し出すにつれて、粗野な方の趣が前より一層無遠慮にはっきりと浮き上ってきたのだ
群集の人 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
老人は洞穴ほらあなの上へ坐ったまま、沖の白帆を眺めて、潮が引いて両人の出て来るのを待っております。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私は懸命に洞の中へ飛びこみ、最前の穴らしい窪みをみつけて隠れた。が、その洞穴ほらあなは、浅くゆき詰っている。なお悪いことに、そのゴリラが穴のまえでうずくまったのだ。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
きいて、洞穴ほらあなの中で眠ろうとしているでしょうね。さあ坊やも早くねんねしなさい。森の子狐と坊やとどっちが早くねんねするか、きっと坊やの方が早くねんねしますよ
手袋を買いに (新字新仮名) / 新美南吉(著)
女は、ここにも女神のために出来た奇妙な怪我けが人が一人いるのかと、久振りに伯母に対する義憤を催して、弟はその辺の狩に出し遣り、自分は洞穴ほらあなの中へ入って行った。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
くる、からすがきたときには、洞穴ほらあななかは、まったくからっぽになっていました。
からすとうさぎ (新字新仮名) / 小川未明(著)
表の障子は崖と相對して崖には洞穴ほらあながある。風呂は其洞穴の中だ。宿の女に案内されて闇い所へ這入つた時は妙な心持であつた。着物を脱げといはれて見ると板の間がある。
炭焼のむすめ (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
だまって、首をかしげていた有朋が、突然、洞穴ほらあなのような声を出して、馬の上から笑った。
山県有朋の靴 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
よるになって、三人は洞穴ほらあなにたどりついたので、そのなかへはいって、ごろをしました。
何日も何日も洞穴ほらあなこもって、食をらず、ギョロリと眼ばかり光らせて、渠は物思いに沈んだ。不意に立上がってその辺を歩きまわり、何かブツブツ独り言をいいまた突然すわる。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
……すると岩の蔭になったところに、人がしゃがんで入れるほどの洞穴ほらあなのあるのを発見した。
殺生谷の鬼火 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
洞窟どうくつ洞穴ほらあなの中にらしていたこと、その人たちが木のみきで小屋をつくることをおぼえるまでには、長い長い時代がたったこと、そして、一部屋ひとへやしかない丸太小屋まるたごやから進歩しんぽして
それから間もなく銀杏の根もとの洞穴ほらあなの中からスラリとばかりに一人の女が立ち出でた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
今度は、御宝殿後の大杉の洞穴ほらあなに祈祷師を一人とじこめて、大願成就を百日祈らせた。
ひる洞穴ほらあないはなどにひそんでゐますが、よるになるとして、おほきな目玉めだまをぎょろ/\させてねずみなどをさらつてあるき、薄氣味うすきみわるこゑで「ほう、ほう」と、きます。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
煙突の中の黒いすすの間を、横すじかいに休らいながら飛びながら、のぼって行く火の子のように、葉子の幻想は暗い記憶の洞穴ほらあなの中を右左によろめきながら奥深くたどって行くのだった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
空気はどんよりと濁って、あたかも、はてしのない洞穴ほらあなの中へでも踏みこんだように感ぜられ、法信は二度と再び、無事では帰れないのではないかという危惧の念をさえ起こすのであった。
死体蝋燭 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
彼等と擦れ違いに、時計屋が洞穴ほらあなのようにただれた眼玉を窪ませて帰って来た。
放浪の宿 (新字新仮名) / 里村欣三(著)
素的だ、化物退治にそんな筋のがあるぜ、——血の跡を慕つて行くと、洞穴ほらあなの中に、猅々ひひこふを經たのが、手傷を受けて唸つて居たとね——ところが、こいつはそんな都合には行かないよ。
この像は昔専光寺の開山蓮開上人れんかいしょうにんの夢に一人の女が現れて、われは小野寺の別当林の洞穴ほらあなの中に、自分の像と大日如来の像とを彫刻して置いた。早く持って来て祭るがよいと教えてくれた。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
不気味に地上から突出した暗黒の洞穴ほらあなをめぐり、円周は幅二十センチほどであった。いちめんのほこり煤煙ばいえんとで、ぼくらのは、まるで黒人兵のように指の間だけをのこして真黒に染まった。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
一筋の細い水の流れが人造岩の洞穴ほらあなから流れ出していた。壁に接してる一本のアカシアがその香ばしい枝を隣りの庭の上にたれていた。その方面に赤い砂岩でできた教会堂の古い塔がそびえていた。