柔和にゅうわ)” の例文
また南洲なんしゅう自身についていえば、ようによりては外貌がいぼうおそろしい人のようにも思われ、あるいは子供も馴染なじむような柔和にゅうわな点もあった。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
そう思えば、あるじの僧は見るところ柔和にゅうわさかしげであるが、その青ざめた顔になんとなく一種の暗い影をおびているようにも見られる。
くろん坊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
すると——その声が止むと程なく、納戸方の小侍を指図して、いつもに変らない柔和にゅうわな顔をにこにこさせながら伝右衛門がそこへ入って来て
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
秀造さんは私の老母ははにいわせると、伊井蓉峰いいようほうの顔を、もっと優しく——優しくの意味は美男を鼻にかけない——柔和にゅうわにしたようなと言っている。
義人の妝飾そうしょくは「髪をみ金を掛けまた衣〔を着〕るがごとき外面の妝飾にあらず、ただ心の内のかくれたる人すなわちやぶることなき柔和にゅうわ恬静おだやかなる霊」
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
見兼ねたか、縁側えんがわからってり、ごつごつ転がった石塊いしころまたいで、藤棚をくぐって顔を出したが、柔和にゅうわ面相おもざし、色が白い。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
平生僕がのあたりに見ているあの柔和にゅうわな母が、どうしてこう真面目まじめになれるだろうと驚ろくくらい、厳粛な気象きしょうで僕を打ちえる事さえあった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
少し茶色がかった静かな瞳、きちんと結んだ唇、どっちかというと柔和にゅうわな顔立だったが、眉のあたりに負けぬ気が見えて、顔全体を引き締めていた。
秋空晴れて (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
年の頃は五十あまり、眉と眉の間に、一線、刻んだような深い傷のあるのが、たださえあんまり柔和にゅうわでない先生の顔を、ことごとく険悪けんあくに見せている。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
たかそらのあなたから、太陽たいようは、柔和にゅうわつきをして、はたらいている人々ひとびと見守みまもっているようでありました。
天下一品 (新字新仮名) / 小川未明(著)
婆さんは柔和にゅうわな微笑を浮かべて、こう述べたてながら二つの包みをほどいた。素樸じみなメリンスの単衣であった。濃い水色に、白い二つの蝶を刺繍ししゅうしたパラソルだった。
駈落 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
和尚様おしょうさまと申そうよりも、尼君様と申しました方が、いっそう似つかわしく思われるような、端麗柔和にゅうわの上品のお顔へ、微笑をさえも含ませて、争いを聞いておられました。
犬神娘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
声も扉ごしにふと耳にしたことがありましたが、それは一言々々尾をひくやうな物静かな柔和にゅうわ声音こわねで、しかもその底に妙にはつきりした物に動じない気勢が感じられました。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
おとよは心はどこまでも強固であれど、父に対する態度はまたどこまでも柔和にゅうわだ。ただ
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
少しれっぽい顔には、微塵みじんも又六の柔和にゅうわなおもかげが残ってはおりません。
句意は余所よそで腹の立つ事ありてむつとしながら内に帰れば、庭に柳のおとなしくれたるを見て、この柳の如く風にもさからはず、ただ柔和にゅうわにしてこそ世の中も渡るべけれとさとりたるなり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
近頃出来の頭の小さい軽薄な地蔵に比すれば、頭が余程大きく、曲眉きょくび豊頬ほうきょうゆったりとした柔和にゅうわ相好そうごう、少しも近代生活の齷齪あくせくしたさまがなく、大分ふるいものと見えて日苔ひごけが真白について居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
気負い立つ紀昌をむかえたのは、羊のような柔和にゅうわな目をした、しかしひどくよぼよぼのじいさんである。年齢は百歳をもえていよう。こしの曲っているせいもあって、白髯はくぜんは歩く時も地にきずっている。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
そこにはムク犬が柔和にゅうわにして威容のある大きなおもてを見せていました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
亭主はほんとうに、ほとんど髯のない柔和にゅうわな顔をした若者だった。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
そして、柔和にゅうわで子供ずきな宮内の手当てあてあつかったために、こうしてふたりとも、もとのからだに近いまでに、健康をとりもどしてきたのだろう。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかるに『新約聖書』を見ると、その説くところはなはだ柔和にゅうわにして強みがさらになきにかかわらず、読んで行くあいだに犯すべからざる力を感ずる。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
教師きょうしケーにたいしては、秀吉ひできちとは反対はんたいで、かれつきは、いつも柔和にゅうわであり、ときには、こびるように、やさしい言葉ことばをかけるとさえおもわれることもありました。
天女とお化け (新字新仮名) / 小川未明(著)
くちびるには、さも満足まんぞくげなほおえみがうかび、柔和にゅうわな目には、深いよろこびの色があった。
美しき元旦 (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
第二小隊の鮎川丈次郎は武州大宮在の農家の次男で、年は二十三歳で、歩兵仲間にはめずらしい色白の柔和にゅうわな人間であるが、同じ隊中の者に誘われて此の頃は随分そこらを飲み歩くらしい。
カッと大眼を見開いて彼は人丸を睨むようにしたが、俄然がぜん柔和にゅうわの表情に返り
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
かれは高野山こうやさんせきを置くものだといった、年配四十五六、柔和にゅうわななんらのも見えぬ、なつかしい、おとなしやかな風采とりなりで、羅紗らしゃ角袖かくそで外套がいとうを着て、白のふらんねるの襟巻えりまきをしめ、土耳古形トルコがたぼうかぶ
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
柔和にゅうわなる寺の老住持が言いました。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
五十前後の柔和にゅうわな男です。
基督キリスト教のごとく、柔和にゅうわむねとする宗教にては、はでなことがはなはだ少ない、喧嘩けんかも少なければ、議論も少ない。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
かれはふと、そこへ蹴飛けとばされてきた地蔵菩薩じぞうぼさつのおすがたに目をとめた。られても、足にかけられても、みじん、つねの柔和にゅうわなニコやかさとかわりのない愛のお顔。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
老社長ろうしゃちょう柔和にゅうわな、二つのは、眼鏡めがねうちからレンズをとおして、じっと幸三こうぞううえそそがれていましたが、少年しょうねん言葉ことばくと、さもふか感動かんどうしたようにうなずきながら
新しい町 (新字新仮名) / 小川未明(著)
みなみほうからいてくるやさしいかぜは、どのにもくさにもしんせつで、柔和にゅうわでありましたけれど、きたほうからいてくるかぜは、ちいさいのでもおおきなのでも、冷酷れいこくで、無情むじょう
大きなかしの木 (新字新仮名) / 小川未明(著)
おそれげもなく、そばへかけよってきた忍剣にんけんの手になでられると、わしは、かれの肩にくちばしをすりつけて、あたかも、なつかしい旧友きゅうゆうにでも会ったかのような表情をして、柔和にゅうわであった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのからくちもとへかけて、柔和にゅうわかおつきが、どこかおとうさんにているようにおもいました。
汽車は走る (新字新仮名) / 小川未明(著)
と、柔和にゅうわな笑顔を送った。
べんがら炬燵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おじいさんのかおは、いつもわらっているように柔和にゅうわえました。
赤い船のお客 (新字新仮名) / 小川未明(著)