わく)” の例文
梯子はしごのような細長いわくへ紙を張ったり、ペンキ塗の一枚板へ模様画みたような色彩を施こしたりしてある。宗助はそれを一々読んだ。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その三は太く黒きわくを施したる大なる書院の窓ありてその障子しょうじは広く明け放され桜花は模様の如く薄墨うすずみ地色じいろの上に白く浮立ちたり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ひもも、紙鳶に相応ふさはしい太いいとだし、それがかれてあるわくも、子供では両手で抱へてゐなければならぬ程、大きな立派なものである。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
やや離れたところから呼ばれて振り返った一男の眼に、あおざめた監督の顔が鉄のわくの間から自分を熱心に見つめているのがうつった。
秋空晴れて (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
徳三郎の指したのは、粗末な納屋の明り取りの横窓のわく——それは一間半ばかりの細い剥ぎ杉を、釘で打ち付けただけの棒でした。
そういって、黒っぽい硝子の入ったわくの重い眼鏡を一同の上に出してみせたのは道夫だった。彼はそれを松の木の下で拾ったのである。
四次元漂流 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それは三河みかわのくに岡崎の水野けんもつ忠善ただよしから献納されたものであった。わくめて十本ずつ十重ねになっている箱が五つある。
日本婦道記:箭竹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
今一つは棚の上に載せてある古風な鼠おとしマウストラプで、二尺に一尺ほどの箱に簡単なわくを立て、枠の心棒から箱の片側の横木に糸が張ってある。
シェイクスピアの郷里 (新字新仮名) / 野上豊一郎(著)
上に円いわくのついた三本脚の黒塗の台に、硝子鉢が篏めてありましたが、父はそれを『ギヤマンの金魚鉢』と呼んでいました。
虫干し (新字新仮名) / 鷹野つぎ(著)
伊藤燁子あきこの最近の写真の下に宮崎竜介りゅうすけ氏のが一つわくにあり、右下には、伊藤伝右衛門氏と燁子さんの結婚記念写真が出ていた。
柳原燁子(白蓮) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
教はつたとほりに、家のよこてにまはりますと、ほりぬき井戸の石のわくから、つめたい清らかな水がわきこぼれてゐました。
エミリアンの旅 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
しずかに迫って来た人数のわくの中におかれていた。少なくも二十人ちかいかと思われる人の輪であり、そして一部の人影は早くも帝をようして
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だが、高子にもまして、この荷造に熱中したのは順一であった。彼はいろんな品物に丁寧に綱をかけ、おおいやわくを拵えた。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
親馬鹿の記録は日をうてつづいてゆくであろう。私は自分の感情のわくにはめて子供を育てようなぞとは思ってはいない。
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
この狭いわくのなかから、一歩も出て行けない、不可能さを、富岡は、自分へのむくいだと思つた。その不可能さは、一種のゲッセマネにまで到る。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
自分は窓わくに片脚をかけ、右の拳を月光の中に、悪人の脇腹を突いた荒武者のそれのように力一杯に突き出し、上体を虎のように前方に乗り出し
吊籠と月光と (新字新仮名) / 牧野信一(著)
マリユスがのぞいてる穴の隣のすみには、黒い木のわくにはいった色刷りの版画が壁にかかっていた。その下の端には「夢」と大字で書かれていた。
去年の十月に、行政整理のわくがきまると、高級官吏試験の落第組に、局部長から辞職の勧告があったのだそうですね。
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
117 楯はわくの上に黒き皮革を張り、上に金屬の板を蓋ふ。皮革は金板の外に食み出で縁を爲す。退く時は此楯を背に負ふ。楯は大にして足に屆く。
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
祖母の紡いだ糸を紡錘竹つむだけからもう一ぺん四角な糸繰りわくに巻き取って「かせ」に作り、それを紺屋に渡して染めさせたのを手機てばたに移して織るのであった。
糸車 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
部屋の中から流れ出る明るい電燈の光線で、窓の外の私の顔を発見された校長先生は、窓のわくつかまったまま眼を真白く見開いて私をお睨みになりました。
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
われは此詞を聞きて、向ひの壁を仰ぎ看しに、一面の大畫幅あり。わくを飾れる黄金の光の、燦然さんぜんとして四邊あたりを射るさま、室内貧窶ひんくの摸樣と、全く相反せり。
そこで口上看板を仮名垣魯文かながきろぶん先生に頼み、立派なわくを附け、花を周囲に飾って高く掲げました。こんな興業物的の方は友達の方が受け持ちでやったのでありました。
家から運んで来て庭向きの窓のわくに載せておいた草花も、しばらく忘れられて水にかわいてしおれていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
壁には、わくのはまった聖書の文句や、モーツァルトとベートーヴェンとの粗末な着色石版画が掛かっていた。片隅には小さなピアノがあり、他の隅にはチェロがある。
カセは布を織る経糸たていとたばねたもので、その糸を桛枠かせわくというやや大ぶりなわくにとってから、染めたり色を合わせたりたりするので、糸のかんじょうにつごうのよいように
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
銀煙管ぎんぎせるにぎった徳太郎とくたろうは、火鉢ひばちわく釘着くぎづけにされたように、かたくなってうごかなかった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
自動車は、また、八寸置きに布片の目じるしをくゝりつけた田植縄の代りに木製の新案特許のわくを持って来た。釣瓶つるべはポンプになった。浮塵子うんかがわくと白熱燈が使われた。
浮動する地価 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
荷車のうへに高く押し立てられたわくのあひだからは、けばけばしい模様を描いた丼や擂鉢の類が自慢さうに顔をのぞけては、はで好きな連中の物欲しさうな眼差まなざしを牽きつけてゐた。
わくに縛りつけられて、ヒンヒン鳴いている奴を、薪割まきわりのようなやつで、ひたいを一つガンとくらわせると、ころりっと参ってしまいまさあ、それを骨切りのこぎりで、ごそごそっと首を引けば
首を失った蜻蛉 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
舟はさかのぼる。この高瀬舟の船尾には赤のわくに黒で彩雲閣さいうんかく奔放ほんぽうに染め出したフラフがひるがえっている。前にさおさすのが一人、うしろをこぐのが一人、客は私と案内役の名鉄めいてつのM君である。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
その時衣ずれのおとが急に止んだので、夫人が人声のきこえて来る黒漆塗くろうるしぬりのわくの縁にたゝずみつゝ静かに耳を傾けている様子が推量された。河内介はふところから図書ずしょの密書を取り出して
僕は黒いわくのついた一枚の葉書を眺めた時、悲しさよりもむしろはかなさを感じた。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「そうかい」と云って、奥さんは雪が火をけて、大きいわく火鉢の中の、真っ白い灰を綺麗きれいに、盛り上げたようにして置いて、って行くのを、やはり不安な顔をして、見送っていた。
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
背負いわくを背負った村の娘が杉林から出て来てその路にさしかかったのである。
闇の書 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
船の動揺を棚のわくにつかまってささえながら、一々漁夫の間にカンテラを差しつけて歩いた。南瓜かぼちゃのようにゴロゴロしている頭を、無遠慮にグイグイと向き直して、カンテラで照らしてみていた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
梯子はしごやう細長ほそながわくかみつたり、ペンキぬりの一枚板まいいた模樣畫もやうぐわやう色彩しきさいほどこしたりしてある。宗助そうすけはそれを一々いち/\んだ。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
それよりは抽斗の両横のわくを三分の一乃至二分の一ほど手の入るだけに浅くりぬいておくことを勧めたい(次図参照)。
つまり彼等は学校というわくの中にいるのではなくて、実社会とすれすれのところに生きている一種の風雲児なのである。
学校騒動 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
御殿絵師というものの生活もいやになったし、古くさい、概念と規矩のわくにはまりきった、進歩も創造もない画風にあきたらなくなったのである。
おれの女房 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
真っ黒な節くれ立って丈夫な鉄の棒が縦横にはまっていて、小さなガラスわく、というよりもむしろ対角線の長さ一寸五分ばかりの網目をこしらえていた。
二人はいときとるわくが、すごいきほひで、からんからんと畠の上を跳びながら、走つていくのをぽかんと見てゐた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
「この鏡台はわくつくらすといい」と順一も云ってくれた程だし、一こと彼が西崎に命じてくれればぐ解決するのだったが、おのれの疎開にかまけている順一は
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
博士は相変らず、銅像のように部屋の真中まんなか突立つったって居り、そして、首にかかったシャンデリアのわくを、面倒くさそうに外して床の上に放りだしただけであった。
何が何だか悟りのないまゝに、人間は社会と云ふわくのなかで、ひしめきあつては、生死をくり返してゐる。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
六号という大きさの画布をわくに張ったのを買って来た。同時に画架も買って来てこれに載せた。
自画像 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
下は大床より上は天井に至るまで、立錐りつすゐの地をあまさゞるこの大密畫は、即ち是れ一くわの寶玉にして、堂内の諸畫は悉くこれをうづめんがために設けし文飾あるわくたるに過ぎず。
かる子のほうはただ長い荷繩になわをもって、物を直接に背にかるう者だったにたいして、連雀も長いなわをもちいたことは同じだが、べつに木でつくったかんたんなわくのような物があって
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
往来の土は見えないで石門にしきられたわくの中を宇治川の早瀬が流れて行く。
青春物語:02 青春物語 (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
こんな、生きた人間を、なんだって小さなわくに入れてしまうのだろう。
九条武子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)