くい)” の例文
いや、一旦いったんはもうくいを打つたんですが、近所が去年焼けたもんですから、又なんだかごたいて……。一体どうなるんでせうかねえ。
赤い杭 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
雪が屋根よりも高く積まれた上を黒いマントを着た子供たちがくいから杭へ渡された縄につかまって歩いている絵はがきをもらったとき
赤いステッキ (新字新仮名) / 壺井栄(著)
ただ疑の積もりて証拠あかしと凝らん時——ギニヴィアの捕われてくいに焼かるる時——この時を思えばランスロットの夢はいまだ成らず。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
のんきなやつで、チョビ安、手に一本の小さな焼け棒ッくいをひろって、包囲する伊賀勢の剣輪をもぐってかこみのそとへ走りぬけた。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
埠頭のくいが朝霧の中にふうーっと溶けてしまうと、もう一面にまっ白で、外輪車のゆるく波を切るより外に、眼をなぐさめるものはない。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
で、老武士はゆるゆると、不忍池しのばずのいけに沿いながら、北の方へあるいて行った。二町余りもあるいたであろうか、彼はくいのように突っ立った。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
と、書いたくいが打ってある。ここでは今、十数そうの兵船が造られていた。新しい船底や肋骨ろっこつを組みかけた巨船おおぶねなぎさに沿って並列している。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「柵のくいはかく打つもの、結び様はこの様にするもの」と云いながら立ち働いて居るのを見て、昌景、「彼奴かやつは尋常の士ではない、打ち取れ」
長篠合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ふと気がつくと、岸から三メートルほどの池の中に、黒いくいのようなものが立っている。水面から二尺ほどもつき出している。
影男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
こんどはそんなことのないようにと、水際を十尺以上も掘り、杉丸太のくいを深く打ち込んで、地固めから頑丈に工事を進めた。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
最も愚鈍ぐどんなるもの最もかしこきものなり、という白いくいが立っている。これより赤道に至る八千六百ベスターというような標もあちこちにある。
風野又三郎 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
三方崩れかかった窪地の、どこが境というほどのくい一つあるのでなく、折朽おれくちた古卒都婆ふるそとばは、黍殻きびがら同然に薙伏なぎふして、薄暗いと白骨に紛れよう。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
百本くいかどで、駒止橋こまどめばしの前にあって、後には二洲楼にしゅうろうとよばれ、さびれてしまったが、その当時は格式も高く、柳橋の亀清かめせいよりきこえていたのだ。
ふと葉子は目の下の枯れあしの中に動くものがあるのに気が付いて見ると、大きな麦桿むぎわらの海水帽をかぶって、くいに腰かけて、竿ざおを握った男が
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
と云って、学童が遊戯を抛って校門のくいに首を突き並べて騒いだものだ、今日では、いかなる貧農でも自転車の一輛や二輛備えていない家は無い。
察するところ、造船工廠の先端のくいの間にからまったものであろう。その男の在監番号は九四三〇号で、ジャン・ヴァルジャンという名前である。
わたしは牢屋ろうやのうらをぶらぶら歩きながら、がっしりした監獄かんごくくいを一本一本かんじょうしながらながめていました。
そして向う河岸一帯は百本くいの方から掛けて、ずっとこう薄気味うすぎみの悪いような所で、物の本や、講釈などの舞台にくありそうな淋しい所であった。
としとったからすは、ながたびつかれて、くいまって居眠いねむりをしていました。あねは、くろかわからへびのようなながさかなをとって、からすにわせました。
消えた美しい不思議なにじ (新字新仮名) / 小川未明(著)
葉子は幼少のころ、澄んだその流れの底に、あまり遠く押し流されないようにひもで体を岸のくいに結わえつけた祖母の死体を見た時の話をしたりした。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それを禅では繋驢橛けろけつという言葉があるそうであります。くいにロバをつないでおきますと、ぐるぐる回りますと綱が短くってどうすることもできない。
生活と一枚の宗教 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
高直たかねで買い取った馬は初め四のくいに登り立ち、数日後には四足を縮めて一の杭に立ち、よく主人を乗せ走りて毎日午前は筑紫午後は都で勤務せしめ
彼女はかがんで棧のくいにつかまった。えびのように腰をまげて一足々々を順ぐりに踏み板のうえに上げるのであった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
薪の束のように、鎖とくいとでしっかりと留め、都合のよい冬の空気のなかを、冬の穴蔵にまではこび、そこに横たわって夏までもたせるわけである。
巨体を地上のくいに結びつけられて、風にゆらゆら動いていたこと、工場の中窓には灯がついていないようだった。
人間灰 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ちょうどその甲虫の落ちた地点に、すこぶる精確にくいを打ちこむと、友は今度はポケットから巻尺を取り出した。
黄金虫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
... 小さき人物は広重と同時の英国大画家タアナアの如くしばしばくいの並べる如き観あれどこれまた風景中の諸点を強むる力あり。」また永代橋の図につきては
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
家の前には水の中にくい打って板をわたし、霜のあしたに顔洗うも、米洗い、洗濯、あと仕舞い、または夕立に網あらい、ただしは月の夕に泥鍬を洗うのも、皆此処ここだ。
漁師の娘 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
平次の指さしたのはこの辺の川を渡すのに使う舟で、何の変哲もなく、岸のくいつないであるのでした。
無精鬚ぶしょうひげというのをとらえて、それを「剃杭」といって、そのくいに馬をつないでも、ひどく引っぱるなよ、法師が半分になってしまうだろうから、というのである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
またたとえば芭蕉ばしょう時鳥ほととぎすの声により、漱石そうせきくい打つ音によって広々とした江上の空間を描写した。
映画芸術 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
鰻ネ、大きい鰻がね、おとっさん、あの垣根のくいのわきへ口を出してパクパク水を飲んでいるのさ。それからどうしてろうかって、みんなが相談してもしようがないの。
水籠 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
そこは、くいが多く海流が狭められて、漕ぐにも繋ぐにもはなはだ危険な場所である。水は、はげしく奔騰して、石垣に逆巻き、わずか、西よりの一角以外には、船着場所もない。
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
真上からタタキのめされて、下の漁夫の首が胸の中に、くいのように入り込んでしまった。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
岸にいて船頭が船をくいつなぐのを待って、桟橋めいたものを伝わって地面に出ます。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
こしかけといってもそれはきわめてはばのせまい板をくいにうちつけたもので、どうかするとしりがはずれて地にすべりこみそうになる、それを支えているのはなかなか容易なことではない
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
孤立であったかれは、たとえば支えるものもない一本のくいのごときものであった。
それは、まったく翡翠かわせみくいの上から魚影をうかが敏捷びんしょうでしかも瀟洒しょうしゃな姿態である。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
どんな巧妙な加減乗除をしても、この僕の一・〇いちこんまれいという存在は流れの中に立っているくいのように動かない。ひどく、しらじらしい。けさの僕は、じっと立っている杭のように厳粛だった。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
正勝は馬を下りると路傍の馬つなくいに馬を繋いで、吾助茶屋に入っていった。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
俺にはしかし、その舟に乗り移るときに、ちらと眼に映った、貝殻がいっぱいくっついたくいが——やわらかい触感よりも、眼で見ただけの固いカサブタだらけの杭のほうが気味悪く思い出された。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
はぜの木で作ったくいを六本ずつ二度、合せて二十四本打ちこむ。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
二つの簗のくいが流れにあたってグラグラ動いているのを
アイヌ神謡集 (新字新仮名) / 作者不詳(著)
敵のくいにつなぎとめて置くということになるのだ。
蜻蛉とんぼうの逆立ちくいの笑ひをり
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
柵のくいにひっかけたが、ちょっと考えてから、誰でもいい、力のありそうな者を三人ばかり呼んで来てくれ、と岡村に云った。
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
明朝、そちの身を、大きな十字のくいしばりつけ、城下の濠際ほりぎわまで、兵どもにかつがせて参るゆえ、そちは十字架の上より、大音にてこう申せ。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
橋を渡って、シュタンスシュタットの船つきに行く、桟橋のくいの上にのっかって煙草をふかしはじめる、船は中々なかなか見えない。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
ところが、その蝋燭が馬鹿に重いので、こいつは変だなと云って、人足のひとりがその一本をそこらのくいに叩き付けてみると、なるほど重い筈だ。
半七捕物帳:47 金の蝋燭 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
刀を握って走り寄り二人のそばへ近寄るや否やくいつないだ縄を切り二人へ刀を突き附け、社殿の中へ連れ込もうとした。