“くい”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:クイ
語句割合
47.3%
23.2%
10.3%
7.1%
4.9%
悔恨1.3%
𣏾1.3%
盱眙0.9%
小柱0.4%
句位0.4%
0.4%
0.4%
0.4%
標杙0.4%
瞿夷0.4%
苦夷0.4%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
雪が屋根よりも高く積まれた上を黒いマントを着た子供たちがから杭へ渡された縄につかまって歩いている絵はがきをもらったとき
赤いステッキ (新字新仮名) / 壺井栄(著)
頑固一なやうでも、その爲に美しく育つた十九の娘を、非業に死なせたのやうなものが、犇々と老ひの胸をしめ付けるのです。
出るが打たれて済んで小普請、などと申しまして、小普請入りというのは、つまり非役になったというほどの意味になります。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
もう一度石についても恢復って、生樹を裂いた己へ面当に、早瀬と手を引いて復讐をして見せる元気は出せんか、意地は無いか。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
吉ちゃんの顔や身体が、いつでもいつでも、秀ちゃんの横にちゃんとついているかと思うと、いやでいやで、憎らしくて憎らしくて、何ともいえない気持になりました。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
飢餓恐怖困憊悔恨と……真暗な洞穴の中を真黒な衣を着てゾロゾロと行く乞食の群! 野村は目をつた。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「人間に𣏾を打ち込むなんていくら法律だってひでえとわっしは思いますよ。人間を殺すのだって十分ひでえが、𣏾を打ち込むなんて全くひでえこっでさあ、旦那。」
五月、燕兵泗州に至る。守将周景初る。燕の師進んでに至る。盛庸防ぐわず、戦艦皆燕のるところとなり、盱眙れらる。燕王諸将の策を排して、揚州く。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
それでもパーヴェル・パーヴロヴィチは依然として彼から眼を放さずに、街の淑女の一人にからだを支えられながら小柱のうえに坐っていた。
その先相手をどうしてやったらいいのかわからなかったのだろう、ヴェリチャーニノフはぐいと相手を捩じ伏せると、歩道の小柱のうえに腰を据えさせた。
晩年にはこの句位に到達して居る。これは子規は偉かったからである。
曼珠沙華 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
清「お前さま帰るなんて云わねえがい、さゝ冷たくなって、歯をしばっておっんだ、お前様り小言を云うからだ……アえ、己の頭へ石頭を打附けて」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
水を打懸けるぞ。「い附くぞ。「、痛、ほんとについたな。この狂女め、と振払う、むしゃぶりつくを突飛ばす。がたぴしという物音は皿鉢飛んだ騒動なり。 ...
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
衣川しばった武蔵坊弁慶の奥歯のようなやつをせせりながら、店前で、やた一きめていた処でございましてね。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
東へ、西へ、と置場処の間数を示した標杙仄白く立って、車は一台も無かった。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
仏典にはこれを一女の故を以て十八(今のえ方で百八十億)の大衆を殺した喧嘩ばかり書いた詰まらぬ物とし、『六度集経』にも羅摩を釈尊、私陀をその妻瞿夷
久須という名義については、北陸方面の蝦夷を高志人と云い、樺太アイヌを苦夷と云い、千島アイヌを「クシ」というと同語で、蝦夷の事であろうという説がある。
国栖の名義 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)