暴風雨あらし)” の例文
暴風雨あらしに遭遇したことは事実だけれど、この季節の此の辺の海ではよくある程度のもので、決して非道い荒れではなかったともある。
沈黙の水平線 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
「特別の場合を除いてはね。……だが今日のような暴風雨あらしの日には煖炉もいいね。雨音をききながら火を見てるなあいいものだよ。」
球突場の一隅 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
もっとも暴風雨あらしをさけるために、港へ退避中の汽船だとか、こちらの少々手薄なところだとか、そういった弱い者いじめばかりだがね
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
はたけえ、牧場ぼくじょうえてはしってくうち、あたりは暴風雨あらしになってて、子家鴨こあひるちからでは、しのいでけそうもない様子ようすになりました。
暴風雨あらし模様の高浪を追越し追越し、白泡を噛み、飛沫しぶきを蹴上げて天馬くうはしるが如く、五島列島の北の端、城ヶ島を目がけて一直線。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それは暴風雨あらしがあってから五日目のことで、誰がなんと言っても留まらず、山を下って行く、その後ろ姿がいかにも哀れであります。
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
暴風雨あらしの音は、すこし弱くなった。寮のなかはシンとして、十何人もの荒らくれ男が、別室にひそんでいるとは思われないしずかさ。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
自分の予想ははたしてはずれなかった。自分は自然の暴風雨あらしついで、兄の頭に一種の旋風が起る徴候を十分認めて彼の前を引き下った。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
白い驟雨しゅううが、煙のようにふきかけて暮れた宵からである。刻々と夜半にかけて、暴風雨あらしはひどくなってきた。眠りについた人たちが
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
するとその暴風雨あらしの晩が来ました。私は今夜は何か起るにちがいないと、土蔵を監視して居ますと、果して信之がやって来ました。
暴風雨の夜 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
なさけない……なになにやら自分じぶんにもけじめのない、さまざまの妄念もうねん妄想もうそうが、暴風雨あらしのようにわたくしおとろえたからだうちをかけめぐってるのです。
私は、今朝、五時間も歩き回った揚句、からの獲物ぶくろを提げ、頭をうなだれ、重い鉄砲をかついで帰って来た。暴風雨あらしの来そうな暑さである。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
暴風雨あらしが私の体中を荒れ狂ふ。雷雲かみなりぐものやうに険悪に濁つた血が、ほとばしり出る出口を探し求めてるやうに、脈管を走り廻つている。
脱殻 (新字旧仮名) / 水野仙子(著)
また、暴風雨あらしのやうに立ち騒ぐわたくしの精霊は、霧となつて、まつしろな雪の峯なるおんみのかたへ、絶え間なくたち騰るでござりませう。
四方あたりは真暗になったままで、日は暮れてしまって、夜になると、雨と風とが一緒になって、実に恐ろしい暴風雨あらしとなりました。
「えゝ、暴風雨あらしの時に、蔵屋は散々に壊れたんですつて……此方こちらは裏に峰があつたおかげで、もとのまゝだつて言ひますから……」
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そして暴風雨あらしを幸い、忍び込んだのです。ところが相手はモルヒネで寝ているどころか、あべこべに斬りつけられる様な目に逢ったのです。
琥珀のパイプ (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
暴風雨あらしの夜、添上、広瀬、葛城の野山をかちあるきした姫ではない。乳母と今一人、若人の肩に手を置きながら、歩み出た。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
夜になって雨が降りだして珍らしい暴風雨あらしになったが、その暴風雨の中で山田家のあの中央まんなかありの塔のある土蔵がつぶれた。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「かわいそうに、この暴風雨あらしで、あのこちょうはんでしまったろう。」と、せみは、おそろしいうちにも、こちょうのことをおもしていました。
二つの運命 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「この家はその」男はどもった、「この水を、持ちこたえるだろうか、もう暴風雨あらしはおさまりそうに見えるし、水もこれ以上のことはねえと思うが」
暴風雨の中 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
毎日のように半蔵は背戸田せとだへ見回りに出た。時には宿役人一同と出入りの百姓を引き連れて、暴風雨あらしのために荒らされた田方たかた内見分ないけんぶんに出かけた。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
微醺を帯びた勝平は、その赤い巨きい顔に、暴風雨あらしなどは、少しも心に止めてゐないやうな、悠然たる微笑を湛へながら、のつそりと車から降りた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
その時突然、重く荷を積んだ荷車が大通りのまんなかを通って、その破屋を暴風雨あらしが襲ってきたかのように揺り動かし、土台から屋根まで震動さした。
けれど、澄みたる月は暴風雨あらしのあとにこそ来る。あらしはすぎた。燁子さんのこしかたも大きな暴風雨あらしだった。
柳原燁子(白蓮) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
ところで、その日の午後、友田と大寺とは道子と一緒に海に行って泳いで居たのですが、先にも申した通り、あの日は夕方から大変な暴風雨あらしになったのです。
彼が殺したか (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
「えらい暴風雨あらしね。これでは汽船はとても向うまで行きませんね。何処か途中でとまつたでせうね?」
島の唄 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
首絞くびしめや、板歩かせ(註八)や、海上の暴風雨あらしや、ドゥライ・トーテューガズ(註九)や、スペイン海(註一〇)での乱暴な所業やそこの土地土地などの話だった。
其の林や木立は、冬の暴風雨あらしの夜、終夜よすがらうなり通し悲鳴を擧げ通して其の死滅の影となツたのだ……雖然けれども鬪は終ツた。永劫えいごふの力は、これから勢力を囘復するばかりだ。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
憎悪ぞうおと恥辱とにさいなまれていた。身心とも燃えたってもがいていた。——この暴風雨あらしも、外へは少しも聞こえなかった。一つの言葉も一つの音もし漏れなかった。
扨ものつそりは気に働らきの無い男と呆れ果つゝ、これ棟梁殿、此暴風雨あらしに左様して居られては済むまい、瓦が飛ぶ樹が折れる、戸外おもて全然まるで戦争のやうな騒ぎの中に
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
ところが生憎あいにく不漁しけで休みの札が掛っていたので、「折角暴風雨あらしの中を遥々はるばる車を飛ばして来たのに残念だ」と、悄気返しょげかえってしきりに愚痴ったので、帳場の主人が気の毒がって
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
雨の如く閑寂に暴風雨あらしのごとく静止に描き出されたルーソーの芸術こそは我等変態なる人間、ぺらぺらの畸形児にはあまりにも激しき鉄槌の肝銘であり、恐怖であるのだ。
激しい暴風雨あらしがあつた後で、沢山の馬が一時にドツと倒れるやうな強い地震が夜中つゞいた。
閉ぢたるまゝの大門は何年いつぞやの暴風雨あらしをさながら、今にも覆へらんさま危ふく、松はなけれど瓦に生ふる草の名の、しのぶ昔しはそも誰れとか、男鹿やなくべき宮城野の秋を
暗夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
たけの高い高粱が、まるで暴風雨あらしにでも遇ったようにゆすぶれたり、そのゆすぶれている穂の先に、あかがねのような太陽が懸っていたりした事は、不思議なくらいはっきり覚えている。
首が落ちた話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
はい暴風雨あらしでござりました。ただし私に取りましては何んでもなかったのでござります。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
彼の友人たちはその設備を評して、もうどうせなおらない患者のための馬小屋だといっていたが、しかし実際暴風雨あらしに逢って難破せんとしている船にとっては適当な避難所であった。
その火のような弁を続けて今にも暴風雨あらしの来そうな世の状態を語った時には、私の若い燃えるような血潮は、脈管にあふれ渡って、何とも知れず涙の頬に流れるのを覚えなかったが
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
私は自分の頭の中に薔薇色の空と緑の花に滿ちた樂園らくゑんを持つてゐる。でも外には、旅をすべきひどい路が私の足下に横はり、遭遇すべき恐しい暴風雨あらしが私の周圍に迫つてゐるのだ。
庭の垣根から棚のうえに這いあがった朝顔と糸瓜へちまの長いつるや大きい葉がもつれ合って、雨風にざわざわと乱れてそよいでいるのも、やがて襲ってくる暴風雨あらしを予報するように見えて
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
足へ一斗樽ほどにボロぎれを巻く手際も心得てしまった頃でも、何うかすると貰いが少なくて、夕飯にあり付き損ねたり、暴風雨あらしや吹雪の晩など、橋の下や、堂宮の軒下に、臍まで濡れて
また暴風雨あらしなかを照り輝ける諸船もろふねの眞帆あげて遠ざかり行くが如き目付めつきもあり。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
風向かざむきちがうたわ、如何どうした暴風雨あらしぢゃ? ロミオがころされて、そしてチッバルトもおにゃったか? 大事だいじ從兄いとこも、大事だいじなロミオどのも? もしさうならば、大審判日おほさばきのひ喇叭手らっぱしゅ
時候のいい頃だからいいようなものの、朝から荒れ模様であった空が、午後には暴風雨あらしとなった。荒れ狂う風雨あめの音を聞くと出足もしぶり勝となるが、やっと勇気を出して出かける決心をした。
情鬼 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
暴風雨あらしを含んだ蒸暑さに加えて、判事と被疑者が互いに激昂するものだから、室内は一そう息ぐるしくなって来た。この犯人はあらゆる証拠にも屈しないで、飽くまでも『否』と答えるのである。
青蠅 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
ひどい暴風雨あらしだった。ゴーッと一風くると、まるで天井を吹き飛ばされそうな気持がする。束になった雨つぶが、窓硝子ガラスへ重い肉塊のようにつかって来て、打つかっては滝をなして流れるのである。
小曲 (新字新仮名) / 橋本五郎(著)
明くる日は、昨夜ゆうべ暴風雨あらしに引きかえて、不思議なほどの上天気。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
柿の赤き実隣家りんかのへだて飛び越えてころげ廻れり暴風雨あらし吹け吹け
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
暴風雨あらしのような空気の流れをついて、帆村が叫んだ。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)