)” の例文
それから水屋の窓先に実っている柚子をぎ取り、これを二つに割り、柚子の酢を混ぜた味噌を片方ずつの柚子の殻に盛りました。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
麻酔剤によって仮死の状態に置かれてある人体は、首を切断されたまま、あだかも泥人形の首がげたように、何うしてももう附着しなかった。
双肌脱もろはだぬぎの伝六郎が、音に聞こえた強力で、お花の腕をぎ離そうとする度に、帯際を掴まれている澄夫は式台の上でヨロヨロとよろめいた。
笑う唖女 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
さすがの剛の者もそれにはほとほと弱つたが、やつとのことでへばりつく奴をぎはなして帰つたときには実はこちらも泣きかかつてゐた。
銀の匙 (新字旧仮名) / 中勘助(著)
右の枝を伐られ、左の力をがれても、樹は傷む顔も見せない。老いのつかれも口に出さない。きっと来る春を信じて大地に立ちそびえている。
日本名婦伝:大楠公夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
フョードルはお前さんを工場から追い出してほかの女を引き入れるし、伜までお前さんの手からぎ取って、奴隷境涯に売り飛ばしたじゃないか。
女房ども (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
目あてに、人はんが大ぜいハイキングに来やはります。あてが一人でいで上げるのだすがなあ、そのときのせわしい事やったらおまへんなあ。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
すべてを押し倒しつぶす雪崩のように、なにもかもを志保の手からぎ去ってゆく、——だが狼狽してはならない、こうなることはわかっていた
菊屋敷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その癖、女はこの書物を、はく美しと見つけた時、今たずさえたる男の手からぎ取るようにして、読み始めたのである。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「いざ、お次!」ともう一人の武士は、これもゆわえた鞍壺の女を小脇にぎ取り突き落とした。女は半ば死んでいた。手足を縮めて動こうともしない。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しかし一夜が明ければX—新聞は依然として朝まだきの郵便箱を訪問に来るし、木札はぎとられ、釘は易々やす/\と曲げられ、へいには無惨な穴が開いてゐた。
姉弟と新聞配達 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
しかも心持右側を下にしてし加減に眼を閉じているその屍体は、房々と渦巻いた金髪は乱れて地上に長く波うって、右腕は付根からぎとられていた。
令嬢エミーラの日記 (新字新仮名) / 橘外男(著)
泰文は権勢にかけてぎとられた一千貫のうらみが忘れられず、大酒を飲んではひとりで激発していたが、日に日にたちまさってくる花世の美しさを見ると
無月物語 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ばばあがやかましいから急ごう、と云うと、髪をばらりとって、私の手をむずと取って駆出かけだしたんだが、引立ひったてたうでげるように痛む、足もちゅうで息がつまった。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼等の方も、盲の悪漢を罵り返し、ひどい言葉でおどしつけ、彼の杖を掴んでぎ取ろうとしたが駄目だった。
彼等は街道を右にそれ、もう実をいだ後の蜜柑畑の間を抜けたり、汽車の線路を歩いたりして宿に入った。休日であったから、家々の子供等が皆往来で遊んでいる。
海浜一日 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
蠅男は、しかしながら、帆村の得意とする投縄によって、機関銃仕掛になっている左腕を肩のところからぎ落とされ、あまつさえ左の足首さえ切断されてしまった。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それがまだ固くしぶい時分に枝からいで、なるべく風のあたらないところへ、はこかごに入れておく。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
刃物をぎ取られた芳太郎が、はだけた胸を苦しげな荒い息に波立たせながら上へ引っ張りあげられると、お庄も壊れた頭髪かみを手で押えながら真蒼まっさおになって物置を出て来た。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
かつらたるやうにくしけづりたりし彼の髪は棕櫚箒しゆろぼうきの如く乱れて、かんかたかたげたる羽織のひもは、手長猿てながざるの月をとらへんとするかたちして揺曳ぶらぶらさがれり。主は見るよりさもあわてたる顔して
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
先頃子供のところへ贈つて下すつた御地の青い林檎は斯のあたりの店頭みせさきにあるものと異なり樹からぎ取つたばかりのやうな新鮮を味ひました。御蔭で子供も次第に成人して參ります。
耳の鼻もぎ取られて「からき命まうけて久しく病みゐる」人はいくらでもある。
徒然草の鑑賞 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
被害者アニイ・チャプマンが格闘の際犯人の着衣からぎ取ったのだろう、体の真下、背中の個所に、一個のボタンが落ちていた。裏に、H&Qという小さな商標が押字してあった。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
北条の手足をぐ為に出て居る秀吉方諸将の手並の程も詳しく承知しては居ぬ。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ひどく古風な本だの、すっかり干涸びてしまって、胡桃ほどの大きさもないレモンだの、ぎはなされた安楽椅子の腕木だの、手紙で蓋がしてあるけれど、中へ蠅が三匹もはまっている。
重助「それに侍の姿なりも御存じで、手掛りが有るというので、侍に突当って喧嘩をなすって、刀をぎ取って詮議をなすって、忰のために命賭の御苦労をなすって下さいましたとのことで」
圭一郎は立つて行つた、それを女中の手から奪ふやうにしてぎ取つた。痘瘡もがさの跡のある横太りの女中は巫山戲ふざけてなほからかはうとしたが、彼の不愛嬌なしかめ面を見るときまりわるげに階下へ降りた。
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
親方コブセはいきなり飛び出して、そ奴の口からタオルをぎ取るが早いか、前後見境なく再び中の方へだーっと突入して行った。丁度いい塩梅あんばいに、守衛は安心して詰所に引込んでいるところだった。
親方コブセ (新字新仮名) / 金史良(著)
そして突然、自ら自分をぎ取るようにして立ち上った。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
木剣で腕を折られたのだ、折られたというよりがれたといったほうがあたっている。皮膚だけで手首がぶら下がっているほどな重傷だった。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
青ものの走りが純粋無垢むくでありながら、何かぎ取られた将来の生い立ちを不可解の中に蔵している一つの権威、それにも似た感じがあった。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
火が少しでも衰えて音をしずめると、その隙々に、谷の外側でそんな風が枯木林から音を引きいでいるらしいのが急に近ぢかと聞えて来たりした。
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
鬼の出る羅生門らしょうもんに、鬼が来ずなってから、門もいつの代にか取りこぼたれた。つなぎとった腕の行末ゆくえは誰にも分からぬ。ただ昔しながらの春雨はるさめが降る。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
云われて葉之助は躍り上がったが、神殿へさっと飛び込んで行くと、木像の手から長槍をグイとばかりにぎ放した。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それから彼が、脚をがれた昆虫が草の中をまごまごするように、お手前同様下らん連中の中をうずくような悩みを背負って迷い歩くところを見てやろう。
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
鮮かにぎ取られて行ったか……というその時その時の気持ちを正直に告白しているつもりなので、もう一つ露骨に云うと、私のようなものをおだて上げて
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
特にそのはさみに大小の差があって鋏に糸をつけるとすぐそれがげることなどをスラスラ語った。
三人の双生児 (新字新仮名) / 海野十三(著)
なぶるな。ひと生死いきしにあひだ彷徨さまよところを、玩弄おもちやにするのは残酷ざんこくだ。貴様きさまたちにもくぎをれほどなさけるなら、一思ひとおもひにころしてしまへ。さあ、引裂ひきさけ、片手かたてげ……」とはたとにらむ。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
泰文は天下りにぎとられた一千貫の怨みが忘れられず、毎日、大酒を飲んで激発していたが、日に日に女らしくなってくる花世のなりかたちを見ると、後から追いかけられるような気がして
無月物語 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
いちはやく二人の奴隷によって彼の手からぎ取られてしまったので、今や彼は観念の眼をつぶって、生きた心地もなく、この家の主人のチェルケス製の煙管パイプ真向まっこうから受けようと待ち構えていた。
それに見知りにんも有るから何んのお手先を頼むには及ばん、己が探すと仰しゃって、御親切に侍に突当って刀をぎ取って、人のために命賭いのちがけでお刀の詮議をして下さいましたが、まだ知れません
しかし彼の前に展けた若い生命とは、そう明るく楽しいばかりのものではなくて、むし惨憺さんたんたる光景に満たされた。彼は自分の手からぎ放されて結局父親の命ずるままに他へ嫁いて行く勝子を見た。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
と……思う間に、それがしの手をぎ離し、肩を離れて、激流のなかへ自ら溺れて行きました。呼べど、叫べど、もう影もなく声もなく」
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まるでいのちを支えたものを、すっかりぎ取られてしまいそうな絶望的な恐怖だった。鋭い怯えがたびたび来て、あわや叫び声を出しそうだった。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
肩からぎ取られた男の片腕が、まだ血を捥げ口から吐きながら、土間にころがっているからです。
犬神娘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そしてときおり裏の雑木林から鋭い音をいだりした。私は一度寒そうな恰好かっこうをしてバルコンに出て行った。バルコンは何んの仕切もなしにずっと向うの病室まで続いていた。
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
そうして捕え得た虫ケラの手足をぎ取り、羽翼を奪い、腹を裂き、火にあぶりなぞして、喜びたわむれるのは、そうした方法に依って獲物や、俘虜を処分し、飜弄し、侮辱して、勝利感
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
大きな行李こりは新橋迄預けてあるから心配はない。三四郎は手頃なズツクの革鞄かばんかさ丈持つて改札場を出た。あたまには高等学校の夏帽を被つてゐる。然し卒業したしるしに徽章丈はぎ取つて仕舞つた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
武蔵は、もくねんと、大きくうなずいて見せたが、細くて怖ろしく強い彼女の指の力を、一つ一つぎ離すと振り退けるようにして、突っ立った。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
人にぎとられて育つたやうな冊子でも出来て見れば、可愛かわゆくないことはない。それだけにまた、人に勝手にされたいまいましい気持も、添ふが。
上田秋成の晩年 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)