こまね)” の例文
僅かに小型の縞鯛、小けいづ、さより、沙魚はぜなどばかり釣れるもので、釣り人はいずれも竿を投げうち、腕をこまねいて不漁を歎じていた。
姫柚子の讃 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
お前は食いしんぼうの癖に手をこまねいてぜんはしを取ることばかり考えていると云い、私を冷血動物で意地の悪い女だとさえ云う。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
『然うだなア!』と、重兵衛は重々しく首をかしげて、薪雑棒まきざつぼうの様な両腕をこまねいだ。月四円五十銭は成程この村にしては高い。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
んびりした顔をならべた百姓たちは、ただ彼の叫びに、うろたえの眼と、怖々おどおどした挙動そぶりをすこし見せたばかりで、手をこまねいているのだった。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
冷えしまなこに水せき込みて、覗へば覗ふほど。我に利なきの戦いは、持長守久の外なしと。疑ひのほぞさし堅めて、手をこまねき眼をつぶりたる一郎の。
誰が罪 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
勇は刀架かたなかけに秘蔵の虎徹こてつを載せて、敷皮の上に、腕をこまねき端然と坐っていたが、兵馬を見る眼が、今日はいつもよりけわしい。
博士は笑って相手にしないでだんを下りて行くねえ、子供の助手は少し悄気しょげながら手をこまねいてあとから恭々しくついて行く。
風野又三郎 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
そんな時には常蒼つねあおい顔にくれないちょうして来て、別人のように能弁になる。それが過ぎると反動が来て、沈鬱ちんうつになって頭をれ手をこまねいて黙っている。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
しかし彼は腕をこまねいて争いもせずおぼれてゆく人間ではなかった。いかに死にたがってたとは言え、生きんがためにできるだけのことをしていた。
こまねぎて居たりしが彼浪人め一文貰もんもらひの身分にてわづか二三日の中に十三兩と云金子の出來樣はずなし融通ゆうづうせし金なりと云ともなんぞ袖乞に十兩からの金子を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
漁史は、しずかに身を起し、両腕こまねきてかうべを垂れしまま、前に輪を為せる綸を埋めんともせず、小ランプに半面を照されて、唯深く思いに沈むのみなり。
大利根の大物釣 (新字新仮名) / 石井研堂(著)
絶望して腕をこまねく折、始終を物陰で見届けていた、これも三勇士の一人である尾張の某という侍が出てきて、小柄で腕の鬱血うっけつをとりのぞいてくれる。
西隣塾記 (新字新仮名) / 小山清(著)
が、それはべつはなし、あのときなにをいうにも四辺あたり真暗まっくらでどうすることもできず、しばらくうでこまねいてぼんやりかんがんでいるよりほかみちがなかった。
「もう、十時でございます。お休み遊ばしませ。」黙然としていた父は、手をこまねいたまゝ、振向きもしないで答えた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
あとは彼には手のとどかない彼女ひとりの内部でなにかが消え、なにかが過ぎて行くのを、彼としてはじっと手をこまねいて待つよりほかはなかったのだ。
演技の果て (新字新仮名) / 山川方夫(著)
それがいつも壮助を不快ならめた。然し病人の手当のうちには彼の覗き得ない別な世界があった。彼は手をこまねいてただそばから見ているより外はなかった。
生あらば (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
おれは彼女を独占できる。その上、股野の莫大ばくだいな財産があけみのものになる。だが、おれは殺人者だ。このまま手をこまねいていれば、牢屋ろうやにぶちこまれる。
月と手袋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
われ/\が、常に天稟の素質の前に頭を下げなければならないなら、腕をこまねいて死を待つより外ないのです。
劇作を志す若い人々に (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
この時聴衆の中に一人の年若き学生がいた。手をこまねき、頭を垂れ、眼を閉じてねむれるが如く、遂にこの名講義の一言半句をも筆記せずして講堂を辞し去った。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
ると、自分じぶんまへには女王樣ぢよわうさまが、うでこまねいてつてられました、苦蟲にがむしみつぶしたやうな可厭いやかほして。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
それから、褐色の斑点の出来てゐる太い腕をこまねいて横になつたが、——そのまま、永い間眠れなかつた。
日本三文オペラ (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
「うむ。うむ。」と老人は立ったまま腕をこまねいて嘆声を発したが、裏木戸の方に音のするのを聞きつけ、「伝助が帰って来たらしい。あっちで話をしましょう。」
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
気象台でも、この頃は気象全般にわたって、例年とはまるで違った数値が観測されるので、それをどう解釈すればいいかと、所員一同手をこまねいているという話だ。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それに対してホームズは時々質問や間投詞を挟んだ。ロス大佐は腕をこまねいて反身そりみに座席に身をもたせて、帽子を眼のあたりまですべらせ黙々として耳を傾けていた。
雲の奥の一端に、目犍連、阿難をかばうて立ち居る。阿難は腕をこまねき坐り居る。その袖に娘は縋った儘。雲の中央にて護法の諸天善神達と、呪いの方の眷属けんぞく等と戦う。
阿難と呪術師の娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
二人で手をこまねいたり、天井を仰いだり、口を開けたり、鼻の上をさすつたりなどして無言である。さうして増田は相變らず時々ニヤ/\と笑つて紙に何か書きつける。
俳諧師 (旧字旧仮名) / 高浜虚子(著)
「ふうむ、はあてね。」と与助は、ふかく腕をこまねいて、「そりゃあ親分、本心でござんすかえ。」
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
隅っこに腕をこまねいてすね者のようにうつっており、校旗は次席の級長が持ち、挨拶も彼がした。
光り合ういのち (新字新仮名) / 倉田百三(著)
下つ引を二三人、尻を蹴飛すやうに出してやつた平次は、深々と腕をこまねいて考へ込みました。
といったところが、領事はどうも危ないというような様子で手をこまねいて居られました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
卯平うへい凝然ぢつうでこまねいたまゝしかめて退いたまきをすらさうとしなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
馬上では甚内が腕こまねき、じっと唄声に耳を澄まし、機会の来るのを待っていた。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いつかペンの手を止めて、感に堪えたように聞き入っていた記者諸君一同、ここでこまねいていた腕を解いたり、重ねていた脚を降ろしたりして、初めて夢から醒めたようにザワめき出した。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
大和はと立ちてしつを出でぬ、不安の胸にうでこまねきつゝ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
田辺青年は腕をこまねいてそう答えたのであった。
(新字新仮名) / 犬田卯(著)
ただ手をこまねいて悲しげにながめたことか。
鳥料理 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
こまねきて、そがのぞみに圧倒さるる。
夏と私 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
傷者、死者まで出る始末で、今はもう手をこまねいて厩橋城下の全滅を傍観するよりほかに、手の施しようのない仕儀となった。
老狸伝 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
彼の最初の目標は、云う迄もなく牡鹿山に住む暗愚な君主———手をこまねいて滅亡を待っているばかりの、鼻と耳のない筑摩則重の上にあった。
彼が、そういう不徳を敢てして出た以上、もう、手をこまねいている必要はない。——咄嗟とっさに、その気持が一致して、行動へ移って行ったのである。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
俺はもう手をこまねいて、山野や桑田の華々しい出世を、見るよりほかにしようがないかも知れない。家へ帰ってから、しばらくは何も手につかなかった。
無名作家の日記 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
それから助手の子供らは、まるで絵にある唐児からこです。あたまをまん中だけ残して、くりくりって、うやうやしく両手をこまねいて、陳氏のうしろに立っていました。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
弱き者は腕をこまねくこと以外に何をなし得よう? 弱き者に自惚うぬぼれの念なきときは幸いなるかなだ! 汝は病弱な子供であるとくり返し聞かせらるるうちには
警視庁の名探偵達も、「こんな狐につままれた様な事件は初めてだ」と腕をこまねくばかりだ。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「不思議のことじゃ、見当らぬ」数馬は雪に膝を組み、腕をこまねいて考え込んだ。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
雁金検事は腕をこまねいて沈思ちんししていたが、課長の入ってくるのを見るなり
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そして恐るる如くに机から身を遠ざけ、どっさりととこの柱に背を投掛け眼をつぶり手をこまねいたかと思うと、またもや未練らしく首をのばして、此方こなたからしげしげと机の上なる草稿を眺めやるのであった。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
白雲は慰め顔にこう言うと、腕をこまねいていた柳田平治が
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
平次は、薄暗い中で、其儘腕をこまねきました。
呆然として藤吉は腕をこまねいた。