あせ)” の例文
或時は却て其れから逃れ出やうとあせる程な、感覺の快味に、全く「われ」を忘却してしまふ無限の恍惚———私は實に、戀それよりも
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
れいか、熱か、匕首ひしゅ、寸鉄にして、英吉のその舌の根を留めようとあせったが、咄嗟とっさに針を吐くあたわずして、主税は黙ってこぶしを握る。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あせり切って前後不揃ぶぞろいにお若伊之助のまいった次第を話しますので、晋齋も不審には思いますが、自分にって詫をようと申すは不測ふしぎ理由わけ
昨日の親友は今日の仇敵てきとなり、二人は互に露子の愛をかちえようとあせったが、結局恋の凱歌は八十助の方に揚がった。
火葬国風景 (新字新仮名) / 海野十三(著)
この不利な形勢から逃れようとあせっていた所へ、今日ふと投げて見た一石が案外、波紋を描きそうになったので、隙かさず哀訴を試みたのである。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
それを火勢に追われて逃げて来る人々は、ただ、一方の逃げ口の吾妻橋方面へと逃げ出そうとあせっている。
降る雨をひさしいとふて鼻緒をつくろふに、常々仕馴しなれぬお坊さまの、これは如何いかな事、心ばかりはあせれども、何としてもうまくはすげる事の成らぬ口惜くやしさ、ぢれて、ぢれて
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
島君もこうがいを握り締め、頭の上へ振りかぶり、闇にもそれと輝いて見えるお吉の眼の辺りへ眼を注ぎ、じっと油断なく構えたが、足場は悪しあせってもおり既に危く思われた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
自分ではたしかに気は付いていたようだが、あせればあせるほど解らなくなって、ほとんど当惑していると、突然先生の声がしたので、初めて安心しました、と息をはずましながらはなして
怪物屋敷 (新字新仮名) / 柳川春葉(著)
あせる事はないさ。それよりも、まず、この豚公を御覧よ……どうも僕は、ただ縄で縛って置くだけではそう何度もうまい工合に轢かれる筈はない、と最初から睨んでいたんだ」
とむらい機関車 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
あせらずせまらず、擒縦きんしょうの術を尽せしが、敵の力や多少弱りけん、四五間近く寄る毎に、翻然延し返したる彼も、今回は、やや静かに寄る如く、鈎𧋬はりすの結び目さえ、既に手元に入りたれば、船頭も心得て
大利根の大物釣 (新字新仮名) / 石井研堂(著)
近来一部の政治家と新聞記者とは各自党派の勢力を張らんがために、これらの裏長屋にまで人権問題の福音ふくいんいようとあせり立っている。
おのれやれ、んでおにとなり、無事ぶじ道中だうちうはさせませう、たましひ附添つきそつて、と血狂ちくるふばかりにあせるほど、よわるはおい身體からだにこそ。
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
心ばかりはあせれども、何としてもうまくはすげる事の成らぬ口惜しさ、ぢれて、ぢれて、袂の中から記事文の下書きして置いた大半紙をつかみ出し、ずん/\と裂きて紙縷こよりをよるに
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
無暗むやみあせるなよ。それに第一捕えるにしても、吾々は、どれだけ確固とした証拠を持っていると言うんだ。——成る程あの親爺は、確かに先夜君に追われた犯人に、九分九厘違いない。
とむらい機関車 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
「そうだ、そいつだ、居所攻めだ。胴を取られても小手を打たれても、かすった擦ったといって置いて、敵があせって飛び込んで来るところを、真っ向から拝み打ち、ただ一撃でやっつけるのだ」
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ひきがえるが出ていたち生血いきちを吸ったと言っても、微笑ほほえんでばかりいるじゃありませんか。早く安心がしたくもあるし、こっちはあせって
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
つもる思いのありたけを語りつくそうとあせれば、一時ひとしきり鳴くとどめた虫さえも今は二人が睦言むつごとを外へはもらさじとかばうがように庭一面に鳴きしきる。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
信如しんによこまりて舌打したうちはすれども、今更いまさらなんほうのなければ、大黒屋だいこくやもんかさせかけ、あめひさしいとふて鼻緒はなををつくろふに、常々つね/″\仕馴しなれぬおぼうさまの、これは如何いかことこゝろばかりはあせれども
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
時に……あせったせいか、私の方が真先まっさきに二度すべった、ドンと手を突いてね、はっと起上る、と一のめりに見事にった。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
吾々が堪へられない程不快に感ずるだけ、此の機會に乘じやうとあせり狂つて居るものが無くてはならない筈だ。
新帰朝者日記 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
と今度は主税が火の附くようにあわただしくあせって云うのを、夫人は済まして、紙入を帯の間へ、キラリと黄金きんの鎖が動いて
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
死なぬにした處がいつも私に訴へるやう、もう二度と再び男と遊ぶ歡樂の夢を見る事はあるまい。すさんだ心を一日も早く破滅の老境に托しやうとあせるであらう。
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
「そんなにあせらんでもまあえわい。心配なさるな、どうにかなる。時に、才子は今夜来ていないかの。」綾子「百田様ももたさん?」伯は「うう」「は、参っております。」
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
寧ろかう云ふ理由から、自分は今まさに、自分が此の世に生れ落ちた頃の時代のうちに、せめて虫干の日の半日一時いつときなりと、心静かに遊んで見ママうとあせつてゐる最中なのである。
虫干 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
「来年卒業してから試験を受けるんでさアね。大学校へ行く前に、もう一ツ……大きな学校があるんです。」お豊は何も一口ひとくちに説明してやりたいと心ばかりはあせっても
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
あせって、もがいて、立ったり居たり、みぎわもそちこち、場所を変えてうろついて見込んだが、ふと心づいてみまわせば、早や何がそまるでもなく、緑は緑、青は青で、樹の間は薄暮合うすくれあい
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
自分の父は世間の親のやうに報恩と云ふ收穫をば急いで其の子から得やうとあせりはしない。
新帰朝者日記 拾遺 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
と気を揉んで、我を忘れて、小芳の背中をとんとんと叩いて、取次げ、とあせって云う。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「来年卒業してから試験を受けるんでさアね。大学校へ行く前に、もう一ツ………大きな学校があるんです。」おとよなにも一口に説明してやりたいと心ばかりはあせつても
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
美人したたか身をあせれば、まげ崩れ、なり乱れ、帯はするする、もすそははらはら、いとしどけなくなれるに恥じて、はや一歩ひとあしも移し得ず、肩をすぼめて地にひれふし、いきたる心地更に無し。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
または子供を背負った児娘こむすめまでがざるや籠やおけを持って濁流のうちに入りつ乱れつ富裕な屋敷の池から流れて来る雑魚ざこを捕えようとあせっている有様、通りがかりの橋の上から眺めやると
「あれ、拓さん、」とばかり身をあせるお雪が膝は、早や水に包まれているのである。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして真黒な裸体らたいの男や、腰巻一つのきたない女房や、又は子供を背負つた児娘こむすめまでがざるや籠やをけを持つて濁流のうちに入りつ乱れつ富裕な屋敷の池から流れて来る雑魚ざこを捕へやうとあせつてゐる有様
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
予は叫ばむとするに声でず、蹶起はねおきて逃げむとあせるに、磐石一座ばんじやくいちざ夜着を圧して、身動きさへもならねば、我あることを気取らるまじと、おろか一縷いちる鼻息びそくだもせず、心中に仏の御名みなとなへながら
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
少くとも此れ以上醉つてはならぬとあせつた。すると急れば急るほど、私は醉の𢌞るを覺え、眼がぐら/\して、身體全體が次第々々に他人のものであるやうな心持がして………遂に意識がなくなつた。
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
照子はわくせく気をあせらし、腰元附添い駈出かけいでて、永田町へ……
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)