とく)” の例文
十六日の口書くちがき、三奉行の権詐けんさわれ死地しちかんとするを知り、ってさらに生をこいねがうの心なし、これまた平生へいぜい学問のとくしかるなり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
そりゃ他人ひとの災難だから、そちら様は痛くもかゆくもないだろうけれど、芸人が気が腐ったひには慾にもとくにも舞台には立てませんよ。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
君がもうとを若いか、僕がもう十、年を取つてゐたところで、君が不満なところは不満だらうし、僕がとくをするところは得をしてるんだ。
ママ先生とその夫 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
りにくるのをうものでない。これからやはり、みせへいってったほうがとくだ。」と、女房にょうぼうは、ひとごとをしながらいえはいりました。
火を点ず (新字新仮名) / 小川未明(著)
「僕も知らないさ。知らないけれども、今の人間が、とくにならないと思つて、あんな騒動をやるもんかね。ありや方便だよ、君」
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
そのうちに、あなたもわかってきますよ。いちばんとうと御褒美ごほうびっていうのは、名誉めいよにだけなって、べつとくにはならないような御褒美ごほうびです。
母の話 (新字新仮名) / アナトール・フランス(著)
「廣播はやつぱりとくなのかね、お父つあん。村を歩いてみると廣播のとこがあり、普通播のところがあり、いろいろだが……」
生活の探求 (旧字旧仮名) / 島木健作(著)
とても罪を作る程なら少しでもとくのあるようにと心がけて下さればよいものを、わたしは現在屍骸の傍へ行って髪を切り取って来たのです
三人法師 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
が、葬式の一条はともかく、自分のとくになっても叩頭をする事の大嫌いな馬琴が叩頭に来たというは滅多にない珍らしい事だ。
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
乃至ないし老死ろうしも無く、また老死の尽くることも無く、苦集滅道くしゅうめつどうもなく、智も無く、またとくも無し、所得無きを以ての故に」
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
眠るまえに、ニールスは、ガンたちといっしょにいくとすれば、どんなとくがあるだろうかと、もう一ど考えてみました。
「そんなことはきみに聞かなくてもわかっている。その四題か五題をよくやっておいた奴がとくをするんだ。ほかのをやっていった奴は損をするんだ」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
いつであつたか、「い男は年を取るとそこねるから、おれのやうな醜男子の方がとくだ」と、をつとの云つたことがある。
半日 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
そん五もとく七もありゃァしません。当時とうじ名代なだい孝行娘こうこうむすめ、たとい若旦那わかだんなが、百にちかよいなすっても、こればっかりは失礼しつれいながら、およばぬこい滝登たきのぼりで。……
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
破談にした方が大きなとくであると、例の商売気が勝を占めて、孫十郎は更に根気よく押し問答の末に七十五両というところで相談がようやく折り合った。
半七捕物帳:42 仮面 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
以前は参拝や祭礼にいかに多銭を費やすも、みなその大字民の手に落ちたるに、今は然らず、一文失うも永くこの大字に帰らず、他村他大字のとくとなる。
神社合祀に関する意見 (新字新仮名) / 南方熊楠(著)
最も流行したのは久・延・吉・則・貞・利・元・友・充・宗などの好字、国末(季)というのもあれば福・富・とく(徳)などという縁喜を祝ったのもある。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
口に出したくも無いことを、気持と全然はなれたことを、嘘ついてペチャペチャやっている。そのほうがとくだ、得だと思うからなのだ。いやなことだと思う。
女生徒 (新字新仮名) / 太宰治(著)
余りとくな方法ではないが、どうにか外国の進歩にくっついて行くことも、努力さえすれば可能である。そして現にそれはる程度まで可能であったのである。
簪を挿した蛇 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
どんなとくがえられるというのだ? 仮りに或る一人の作家が、この舞踏会の光景をありのままに書いてみる気になったとしたらどうだろう? 本に書いても
その不公平を矯正けうせいする為には、女自身が世の中の仕事に関与くわんよしなければならぬ。唯、不公平と云ふ意味は、必ずしも、男だけがとくをしてゐると云ふ意味ではない。
世の中と女 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
いづれ參上仕候とくと可申上筈御座候得共、纔なか兩日之御滯留に而、とても罷出候儀不相叶候に付、以書面申上候間、かた/″\御汲取可下候。頓首。
遺牘 (旧字旧仮名) / 西郷隆盛(著)
「間違ったとお分りにならなけりゃ、私の方がとくすることだから黙っといてもいいんですが……。」
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
けれども上さんはそれでとくをすると思った。彼女は銀貨をポケットに入れて、ただ恐ろしい目つきを娘の上に投げて言った。「またこんなことをすると承知しないよ。」
「お前がまた親不孝だから、親が寄せつけないんだ。そう威張ってばかりいてもとくは取れない。ちっとはお辞儀をして、金を引出す算段でもした方が、はるか悧巧りこうなんだ」
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
じっと感心している——「あいつあ、こわいものなしだ。おれがあの真似まねをしたら、みんなで大笑いをするだろう。ポマードが嫌いじゃないっていうふうに思わせとくほうがとくだ」
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
可哀かわいそうな女だ」と口の中で彼はささやいた、「自分の思うままに生きたように考えながら、実際にはなんのとくもせず、たのしいくらしもできなかったろう、生れた土地へ帰っても、 ...
醜聞 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
まずなま乳汁ちちが飲めるようになり、家禽かきんが毎日卵を生む、これほどけっこうなことはないのだが、さて一とくあれば一しつありで、乳汁や卵ができると急に砂糖の需要じゅようがはげしくなる
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
それは些細なものであり不必要であり、そのとくよりも代価の方が高くついた。少量のパンと二、三のジャガイモでも結構まに合ったはずであり、手数と不潔とはすくなくて済んだ。
お松 (少し酔っている)こんな時はのッぽがとくだと思ったらそうでもないんだね。
一本刀土俵入 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
新聞記者の目には水死の女が必ず皆美人に見えるというとくな事もあるのですから、音楽学校の先生といえば皆芸術の趣味を理解せられたいわゆる「芸術家」と見えぬとも限りません。
離婚について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
足腰の達者なうちは取れる金なら取るようにするがとくだ、叔父おじさんが出る気さえあればきっと周旋する、どうせ隠居仕事のつもりだから十円だって決して恥ずるに足らんと言ったくせに
二老人 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
みんなにもほんとうにいいということがわかるようになったら、ぼくは同じ塩水で長根ちょうこんぜんたいのをやるようにしよう。一けんのうちで三十円ずつとくしてもこの部落全体ぶらくぜんたいでは四百五十円になる。
或る農学生の日誌 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
彼はその話をまっこうから事実として、とくとくとして物語ったのであった。
「ああ、もうなんのよくとくもない。源様さえ生きていてくだすったら……」
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
何かこの機会に自分のとくになるようなきっかけをつかみたいから、やって来るものであることは疑いないのだが、それがこっちも一口乗っていいことか、悪い無心か、その辺は多少無気味である。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
だからこういう事をお前に知らせるのは私に取ってとくなことではないけれども、わたしがそれだけの事を彼処あすこに対してしてあるのだから、それが解ったらわたしに其処そこを譲ってくれてもいだろう。
蘆声 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
然るにその或るものは、労多くしてとく少なく、之に加ふるに社会に対するの名もあることなし。斯の如き職業に就くものは、他の優等の職業に従ふこと能はざるが故に、むなく之れを守るものなり。
主のつとめ (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
こういう事になって見ると、賭博をして勝ったところで一向とくが行かず、かえって汚名を世上にさらす結果となるので、さしも盛んであった袁彦道えんげんどうの流行も、次第に衰えて、民皆その業を励むに至った。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
わたくしも少し覚えてとくをいたしたいと存じます。
すかして置く方が、差引勘定して餘つ程とくだよ。
我等の一団と彼 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
生れたとくはたのしみだけ、そのほかは無だ!
ルバイヤート (新字新仮名) / オマル・ハイヤーム(著)
こまる前に 次のことばを知るととく
五月のように (新字新仮名) / 竹内浩三(著)
「誰かて損したいものが一人でもあるもんかな。とくはしたいぞ。したが得取らうと思やあ、早まつちやならんけんのう。」
続生活の探求 (旧字旧仮名) / 島木健作(著)
これは今さら自分の主義を改めたところで、ただ人に軽蔑けいべつされるだけで、いっこうとくにはならないという事をよく承知しているからでもあった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
昔山宅にて父様母様の昼夜御苦労なされた事を話して聞かせてもまこととは思わぬほどなれば、この先五十年七十年の事をとくと手を組んで案じて見やれ。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
いつも、自分じぶんだけとくをしようとする、家主やぬし量見りょうけんがちがっているから、じゅうげられたのは、ばちがあたったのだよ。
春はよみがえる (新字新仮名) / 小川未明(著)
「お兄様がたの方の家来はみんな点が安い。頭の悪いものは家来の先生の多い学校へゆく方がとくだよ」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
そうして、この両者の、同盟二十余年間のうち、いずれがとくをし、いずれが損をなしたかを、極めて第三者的にながめるならば、それは両方の得であったといい得る。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
医者の薬礼を恐れる彼は、なるべく買い薬で間にあわせて置きたかったのであるが、夜のふけるに連れて疼痛いたみはいよいよ強くなって、彼はもう慾にもとくにも我慢が出来なくなった。
半七捕物帳:06 半鐘の怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)