もてあそ)” の例文
身も魂も投げ出して追憶の甘きうれいにふけりたいというはかない慰藉なぐさめもてあそぶようになってから、私は私にいつもこう尋ねるのであった。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
それから頭の上に胡桃くるみの実がなつてゐる。さういふものをもてあそんで時を過ごすに、彼等の銘々は赤い顔をして帰つて来て車房に入つた。
ヴエスヴイオ山 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
譬えば日本の子供に対しては、このコップを見せて、「お前がこのコップをもてあそんではならぬ、もしあやまって壊したら、人に笑われるぞ」
教育の目的 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
さて私の結婚生活せいくわつは、うづのやうにぐる/\と私どもをもてあそばうとしました、今猶多少たせうの渦はこの身邊しんぺんを取りかこみつゝあるけれども
冬を迎へようとして (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
物質上の生活などは、いくら金をかけても、ぐ尽きるのだ。金で、自由になる芸妓などを、もてあそんでいて、よく飽きないものですね。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
さて母屋の方は、葉越に映るともしびにも景気づいて、小さいのがもてあそぶ花火の音、松のこずえに富士より高く流星も上ったが、今はしずかになった。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
読者をもてあそぶ探偵小説は嫌いである。探偵小説を書くなら正々堂々と玄関から、お座敷、台所、雪隠まで見せてまわらなくてはいけない。
探偵小説漫想 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
余計な文字をもてあそんでいる余裕ゆとりが、まったくありませんから、切迫せっぱ詰まった書き方になって、読みにくいでしょうが勘弁して下さい。
仁王門 (新字新仮名) / 橘外男(著)
これに比ぶれば謝恵連が擣衣の篇のごとき徒らに美辞をもてあそぶものといふべし。われは三誦して秋夜の寡居に感はことのほか深かり。
で、非常な乱暴をやっちまった。こうなると人間は獣的嗜慾アニマルアペタイトだけだから、喰うか、飲むか、女でももてあそぶか、そんな事よりしかしない。
予が半生の懺悔 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
観念内の遊戯としてもてあそぶぶんには一向無難であるが、実行に移した場合のことをかんがえると倫理りんり感情は一種不快な圧迫を受ける。
黒い手帳 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
その男がよくいうのは、“青年は理想をいだいておる処に本領があるべきだ。その青年が諦観ていかんに住する俳句をもてあそぶことは意外である。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
貞操をもてあそばれがちな、この社会の女に特有な男性への嫌悪けんおや反抗も彼女には強く、性格がしばしば男の子のように見えるのだった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼はそうして、仇敵の娘をもてあそび、復讐事業の材料として指紋を盗み、その上に、竜子のアリバイを悉く抹殺することに成功したのです。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
もてあそぶにも足らない木村を近づけておくには当たらない事だ。何もかも明らかにして気分だけでもさっぱりしたいとそう思う事もあった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
判事はねずみを生け捕った猫が、それを味わうまえに十分もてあそぶときのように、ゆっくりと、落ちつきはらって、まるで他人事ひとごとのように語った。
予審調書 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
鶴見が止めどなく長談議をつぶやいていたうちに、娘の静代は梅の枝をって来て、しばらくもてあそんでいて、話の終るのを待ち構えていた。
舟は桃花村のある方へ白い水脈をひいて、目ぐるわしくはしった。眠元朗の目は湿うるおうてそのもてあそぶ砂は手のひらを力なげにこぼれた。
みずうみ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
この疑は仮に故意に起して見て、それをもてあそんでいるとでも云うべき、極めて淡いもので、疑いは疑いながら、どうも娘を憎く思われない。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
泥公一心これを手早く掻き込むに取り忙ぎ、銭の多寡を論じたり、凶器をもてあそぶに暇なく、集めおわりてヘイさようならであわて去るものだ。
かう云ふ考へは僕のペンをにぶらせることは確かである。けれども僕の立ち場を明らかにする為に暫く想念イデエのピンポンをもてあそぶとすれば、——
滝人は、そうして勝利の確信をめ、眼前に動けなくなった獲物があるのを見ると、それをもてあそびたいような快感がつのってきた。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
夜になると、わたしは夢の中で——さいなまれ、いじめられ、もてあそばれ、——ああ、それは言いますまい、思い出すさえ浅ましい。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
また卑しい仕方に私をもてあそぼうとした一人の少女にも、少しの怒りをも漏らさずに、かえって彼女に赦しの徳を説くこともできた。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
「それで」と阿賀妻は刀のさげ緒をもてあそび、ちッと舌を鳴らして云った、「貴殿らがその代表に頼まれて見えられたというわけか」
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
決して、ただしざまに申したり、ぐちもてあそんだ次第ではありませぬ。どうぞ、烏滸おこがましい女の取越し苦労と、お聞き流し下さいませ
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たとえば「雀の毛槍」などは、私等がいてもてあそんだのは、もっと茎が長々として花のふさが大きく、絵にある行列のお供の槍とよく似ていた。
翌日、一年F組の教室で、楢雄は教科書のかげで実におびただしい数の蠅をもてあそんでゐたといふかどで、廊下に立たされてゐた。
六白金星 (新字旧仮名) / 織田作之助(著)
其結果から論じたら、わたくしは処世の経験に乏しい彼のおんなを欺き、其身体しんたいのみならず其の真情をももてあそんだ事になるであろう。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
君のするように僕を運命のもてあそぶがままにして置くのは、実に冷酷極まるのだ。僕は是非南の方へ行って見たい。春のある方へ行って見たい。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
骰子さい転ばしをするもあれば花をもてあそぶもあり、随分立派な人でも喰物くいものけ位はやって居る。それが非常に愉快なものと見える。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
小松は妹の手からすぐにその風鈴をとりあげ、なんの積りもなく両手でもてあそびながら、ここへ来る途中からの続きらしい妹との会話をつづけた。
日本婦道記:風鈴 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
これほど、豊かな鶴岡藩であったから藩士は遊惰に流れ、釣りなど道楽半分にもてあそぶのかと思うと、それは大間違いであった。
姫柚子の讃 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
娘のひざの前に置かれ、その手にもてあそばれることを無上の幸福であるかのように夢みたのであったが、今や自分に最も馴染なじみのある一人の男子が
もしクリストフに自信の念がなかったら、幻影にもてあそばれたのだと思ったであろう。しかし彼は何を見たかを知っていた……。
「言葉」をもてあそぶといふことは、一つの文化的遊戯には違ひないが、これは火遊びに類するもので、怪我をすることがある。
言葉の魅力[第一稿] (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
これを実際に行わないで、文字そのものを美術的にもてあそんで、儒教の精神そのものはとん閑却かんきゃくされるようになったのである。
故に俳句は一般にもてあそばるるが故に美ならず、下等社会に行はるるが故に不美ならず。自己の作なるが故に美ならず、今人こんじんの作が故に不美ならず。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
彼は誰もいない処でよく地球儀をもてあそんだ。グルグルとできるだけ早く回転さすのがおもしろかった。そして夢中になって
地球儀 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
実はこんな土地へ、運命の手にもてあそばれて来たものは、補助でも受けなくては、飢ゑ凍えて死ぬるか、盗賊になるかより外に為方しかたがないのである。
人目をぬすんで火薬をもてあそび、大怪我をして苦しんでいた時ですら、周囲の人々の驚きや、心配や、同情の程度をひそかに測定することを忘れず
次郎物語:03 第三部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
その赤樫と云ふ奴は貸金の督促を利用しては女をもてあそぶのが道楽で、此奴こいつの為にけがされた者は随分意外のへんにも在るさうな。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ここに第二の誓願を起して、さて身に叶う仕事は三寸の舌、一本の筆よりほかに何もないから、身体の健康を頼みにしてもっぱら塾務を務め、又筆をもてあそ
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
と、このような調子の歌となり、梶はしばらくそのメロディを胸中ひとりもてあそんでみているうち、実地にそこを走っている自分のことをもう忘れた。
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
しかしそれがもし一狂人の手にもてあそばれるようになったならば、この地球は、いつ、幾億の人類とともに、木ッ葉微塵に粉砕されるか知れないのだ。
宇宙爆撃 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
反射映像をもてあそんだりちっともしていないところ、やはり自然のよさがあります、ヴォルフ夫人も実によくとれているわ。
暇ある時に玩具おもちやもてあそぶやうな心を以て詩を書き且つ読む所謂愛詩家、及び自己の神経組織の不健全な事を心に誇る偽患者、乃至は其等の模倣者等
弓町より (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
室町も末になって、乱世の間に連歌なんという閑文字がもてあそばれたということも面白いことですが、これが東国の武士の間に流行はやったのは妙ですよ。
東海道五十三次 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
われは忽ち乘る所の舟の、木葉の旋風にもてあそばるる如きを覺え、暗黒なる物の左舷に迫るを視、舟は高く高く登り行けり。
笑うたびに、津田はまた彼女を追窮ついきゅうした。しまいに彼女の名がつきだと判然わかった時、彼はこの珍らしい名をまだもてあそんだ。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)