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前齒
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まへば
太綱の
一端を
前齒に
銜へてする/\と
竿を
上りて
直に
龍頭に
至る。
蒼空に
人の
點あり、
飄々として
風に
吹かる。これ
尚ほ
奇とするに
足らず。
「
白紙手頼り
水手頼り、
紙捻手頼りにい……」と
巫女の
婆さんの
聲は
前齒が
少し
缺けて
居る
爲に
句切が
稍不明であるがそれでも
澁滯することなくずん/\と
句を
逐うて
行つた。
三四日前彼は
御米と
差向ひで、
夕飯の
膳に
着いて、
話しながら
箸を
取つてゐる
際に、
何うした
拍子か、
前齒を
逆にぎりゝと
噛んでから、それが
急に
痛み
出した。
指で
搖かすと、
根がぐら/\する。
片頬に
觸れた
柳の
葉先を、お
品は
其艶やかに
黒い
前齒で
銜へて、
扱くやうにして
引斷つた。
青い
葉を、カチ/\と
二ツばかり
噛むで
手に
取つて、
掌に
載せて
見た。
「
姿隱れて
出て
見れば、
何知るまいと
思だろが、
俺れは
其の
身の
處へは、
日日毎日ついてるぞ、
雨は
降らねど
箕に
成り、
笠に
成りてよ……」と
巫女の
聲は
前齒の
少し
缺けたにも
拘らず
宗助は
此朝齒を
磨くために、わざと
痛い
所を
避けて
楊枝を
使ひながら、
口の
中を
鏡に
照らして
見たら、
廣島で
銀を
埋めた二
枚の
奧齒と、
研いだ
樣に
磨り
減らした
不揃の
前齒とが、
俄かに
寒く
光つた。
「
何ちふ
處や。」と
二人ばかり
車夫が
寄つて
來る。
當の
親仁は、
大な
前齒で、
唯にや/\。
おつぎは
熱いふかしを
蒸籠から
杓子で
臼へ
扱き
落しながら
側に
立つて
居る
與吉へ
少し
遣つた。
程よく
蒸した
其ふかしを
與吉は
甘相にたべた。おつぎも
指に
附いたのを
前齒で
噛むやうにして
口へ
入れた。
前齒二つ
反つて
居たとさ。