“偕:とも” の例文
“偕:とも”を含む作品の著者(上位)作品数
宮本百合子3
高村光太郎2
森鴎外2
南方熊楠2
石川啄木2
“偕:とも”を含む作品のジャンル比率
芸術・美術 > 芸術・美術 > 芸術史 美術史40.0%
文学 > ドイツ文学 > その他のゲルマン文学14.3%
社会科学 > 風俗習慣・民俗学・民族学 > 伝説・民話[昔話]10.0%
(注)比率=対象の語句にふりがなが振られている作品数÷各ジャンルの合計の作品数
茶山は岡本以下の知人が蘭軒ととも金輪寺こんりんじを訪うたのに、それを報ぜなかつたことをあきたらずおもつた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
後梅は継父、生母、異父妹二人とともに江戸に来た。想ふに梅の外祖父母たる大坂の商賈夫妻は既に歿してゐたことであらう。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
鹿川先生といふは、抑々そもそも創始はじめから此学校と運命をともにした、既に七十近い、徳望県下に鳴る老儒者である。
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
たのしく起居おきふしともにした時代じだい現世げんせらしい気分きぶん復活ふっかつしてたのでした。
物を大切にする心はいのちをはぐくみそだてる温床である。それはおのずから、神とともにある世界、仏に融け入る境地へみちびく。
物を大切にする心 (新字新仮名) / 種田山頭火(著)
ここを以て児ら、まさに某日を以て同志とともに、益田行相こうしょうの門にいたり、故を告げて発せんとす。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
いわんや又鄭和は宦官かんがんにして、胡濙こえいともにせるの朱祥しゅしょう内侍ないしたるをや。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
寧ろ、そんなのは少数の例外で、多くは、良人は妻を扶け、妻は良人を扶けて相ともに生活している、と云いましょう。
男女交際より家庭生活へ (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
鹿川先生といふは、抑々の創始はじめから此學校と運命をともにした、既に七十近い、徳望縣下に鳴る老儒者である。
葬列 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
得たり賢し善は急げと、術士得意の左道を以て自ら蛇に化けて一夜を后とともに過ごし、同時に陣中にある王に蛇となって后に遇う夢を見せた。
俚謡にも「枯れて落ちても二人ふたりづれ」とあるようにこれを友白髪ともしらがまでともに老ゆる一の夫婦
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
太初はじめにあり、神とともにあり、そしてすなわち神であるロゴスこそ彼がすべてのものを棄ててまでも求め出そうとするところのものである。
語られざる哲学 (新字新仮名) / 三木清(著)
前にもいった由井とか錦織とか籾山とかいう朋友と経書の研究をともにする外に、度々郊外の散歩を試みた。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
それ吾が見たる神は、常に吾れとともまして、其の見えざるの手を常に打添へたまふにあらずや。
予が見神の実験 (新字旧仮名) / 綱島梁川(著)
ともれ文臣なりといえども、今武事の日に当り、目前に官軍のおおいに敗れて、賊威のさかんに張るを見る、感憤何ぞ極まらん。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
——視よわれ戸の外に立ちて叩くもしわが声を聞きて戸を開く者あらば我その人のもといたらん而して我はその人とともにその人は我と偕に食せん
湖水と彼等 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
斉明さいめい天皇の三年に大海人皇子の妃となり、皇子が東宮の頃はむろん壬申の乱のさ中に在っても、つねに御身近くたすけ、苦難をともにされし方であった。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
とも輦轂れんこくもとに住んで、親しく政府の施設を見ようと云ふのである。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
予の記憶にさかのぼりて、予が明子とともにしたる幸福なる時間を列記せんか。
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
一たびとも嚢家なうか博奕場ばくえきぢやう)に往かずや、いかなる境界きやうがいをも詩人は知らざるべからずとは、吾友フエデリゴの曾て云ひしところなり。
どんな心持で、私は、愛する者とともに棲み、偕に仕事をする自分を見る事だろう。
日記・書簡 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
僕はF君となら一つ家にともに暮らしても、気まずくなる心配はないと思っている。
落穂拾い (新字新仮名) / 小山清(著)
彼はその夫とともに在るをはんやう無きわづらひなれど、又そのひとりを守りてこの家におかるるをもへ難くいぶせきものに思へるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
われは羅馬ロオマの七寺を巡りて、行者ぎやうじやともに歌ひぬ。
史學研究の大望を起して、上京を思立つた自分は、父母の家を辭した日の夕方、この伯母が家に著いて、れ行く秋の三日四日、あかぬ別れを第二の故郷とともに惜まれたのであつた。
葬列 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
我々は彼とともに肩を組んでオリムポスの峰々を歩むことが出来る。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
我をわたすもの近づきたり、此如かくいへるとき十二の一人ひとりたるユダつるぎと棒とを持ちたる多くの人人とともに祭司のをさと民の長老としよりもとより来る。
接吻 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
老人は進の如き乖戻かいれいな男と好んで苦楽をともにしているような女が、言わばそのしゅうとめに当るものの忌日きにちを知って墓参りをするとは、そもそもどうしたわけであろう。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
予はこの景色を打眺うちながめて何となく心をどりけるが、この刹那せつな忽然こつぜんとして、吾れは天地の神とともに、同時に、この森然たる眼前の景を観たりてふ一種の意識に打たれたり。
予が見神の実験 (新字旧仮名) / 綱島梁川(著)
史学研究の大望を起して、上京を思立つた自分は、父母の家を辞した日の夕方、この伯母が家に着いて、れゆく秋の三日みつか四日よつか、あかぬ別れを第二の故郷とともに惜み惜まれたのであつた。
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
太初はじめことばあり。言は神とともにあり。言は神なりき。この言は太初に神とともに在り。よろずの物これにりて成り、成りたる物に一つとしてこれによらで成りたるはなし。之に生命いのちあり。
……要するに、経済に関する夫婦間の生活費用は、扶養義務の形式において夫婦の共同生活を完成するための諸費であるから、その共同生活に必要なだけの費用を得ることに関しては夫婦はともに生産者となり、労働者となってそれを負担すべき義務者であり
平塚さんと私の論争 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
(つづき)この間の日曜、関さんとも話したが、全く私は今になって始めて、ともに生きるものの大切さ、二つとないと思う心、自分をとおして或存在、周囲など明るく、立派に、一歩でもよくするに非らざれば、人間生存の意味がないと思うようになって来た。
ここに一言するは同姓婚と母系統は必ずしもともに行われず、しかしフレザーが言った通り、母統を重んずるよりやむをえず同姓婚を行う場合もあるにちなんで、一緒にその事どもを述べたので、ふたつながらそれぞれれっきとした訳があり、決して無茶苦茶な乱風でない。
一九〇七年版カウエルおよびラウス訳『仏本生譚ジャータカ』五四三に、梵授王の太子、父に逐われ隠遁いんとんせしが、世を思い切らず竜界の一竜女、新たに寡なるが他の諸竜女その夫の好愛するを見、ついに太子を説いてともに棲むところあるなど、竜も人間も閨情に二つなきを見るに足る。
さういふ幾箇月の苦闘の後、或る偶然の事から満月の夜に、智恵子はその個的存在を失ふ事によつて却て私にとつては普遍的存在となつたのである事を痛感し、それ以来智恵子の息吹を常に身近かに感ずる事が出来、言はば彼女は私とともにある者となり、私にとつての永遠なるものであるといふ実感の方が強くなつた。
智恵子抄 (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
そういう幾箇月の苦闘の後、或る偶然の事から満月の夜に、智恵子はその個的存在を失う事によってかえって私にとっては普遍的存在となったのである事を痛感し、それ以来智恵子の息吹を常に身近かに感ずる事が出来、言わば彼女は私とともにある者となり、私にとっての永遠なるものであるという実感の方が強くなった。
智恵子の半生 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)