せがれ)” の例文
この晩庄吉は泥酔でいすいしたのが失敗のもとで、夢遊歩行にせがれの寝床を乗りこえ女房のバリケードをのりこえて女学生めがけて進撃に及ぶ。
オモチャ箱 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
京屋の家族は、せがれの善太郎たった一人だけ。これは人間がだいぶ甘く、二十二にもなっているのに、禿ほうきほどの役にも立ちません。
髪の毛でも送って来なければ、ほうむりようがなかった。せがれ夭死ようしして、頼みの綱の孫がまた、戦死した祖父のうちは、寂しそうであった。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
朝落合の火葬場から持ってきたばかしの遺骨の前で、姉夫婦、弟夫婦、私とせがれ——これだけの人数で、さびしい最後の通夜をした。
父の葬式 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
「己にもせがれが一人あるがね、」と彼は言った。「おめえと瓜二つで、己の自慢の種よ。だが子供に大切なことはしつけだ、坊や、——躾だよ。 ...
もう五十歳をいくつか出て元気も衰えたところから、御用の方は聞いていたが、賭場や乾児の世話などは、せがれに委かせて隠居していた。
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
遅く出来た息子が豊津の中学に入れてある。この家を人に貸して、暮しを立ててせがれの学資を出さねばならないということである。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
仕事しごと都合つごう二電車ふたでんしゃばかりおくれた父親ちちおやは、くろ外套がいとうに、鳥打帽とりうちぼうをかぶっていそいできました。むかえにているせがれつけると
波荒くとも (新字新仮名) / 小川未明(著)
「わたくしは一番いちばん半兵衛はんべえ後家ごけ、しのと申すものでございます。実はわたくしのせがれ新之丞しんのじょうと申すものが大病なのでございますが……」
おしの (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
室長は一年の時同室だつた父親が県会議員の佐伯さへきだつた。やはり一年の時同室だつた郵便局長のせがれは東寮に入れられて業腹ごふはらな顔をしてゐた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
「またせがれの道楽には親の意見あり、親の道楽には意見もならず、両人も困るなるべし」といひてあざけりしなど、いづれも可笑し。
両座の「山門」評 (新字旧仮名) / 三木竹二(著)
せがれどもはそちこち出てしまう。外に行く所もない。婆さまがいなくなったから、末の娘に飯を炊かせてエともって、婿をめっけたのでがす。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
うちのせがれがお恥かしいことに君枝さんに、……なんといってよいやら、……とにかく、まあ見染めたというのでしょうか……
わが町 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
五十に近い私が、お嬢さまに求婚するなどと笑い話にもなりません。実は、当人と申すのは私のせがれ、今年二十五になります。亡妻の遺児わすれがたみです。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「東京のせがれの方から一昨日手紙が参りまして、冬子の婚礼について来月初旬には必然きっと帰って来ると云うことでした。」と、お政がず口を切った。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
帰りには町内の飴屋あめやへ寄って、薄荷入はっかいりの鉄砲玉を二袋買って来て、そら鉄砲玉と云って、小供にやる。せがれが晩婚なので小供は六つと四つである。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今日きょうは、兇悪な殺人者のいのちを取るかと思うと、明日あすは、百姓のせがれから六ペンスを奪ったけちな小盗のいのちを取ったりした。
モン長 わしはもとより、したしいれにもさぐらせたれども、せがれめは、たゞもうそのむねうちに、何事なにごとをもかくして、いっかな餘人よじんにはらせぬゆゑ
自分がその大臣の親戚しんせきか因縁の者かであることを——「大臣のかかえ医者の私生児」のせがれででもあるらしいことを——おぼろげに発見したのだった。
三百石ほどの家督をせがれに譲って隠居の身だけれども、若い時分から家の経済が上手でありました。それ故に、今の身分になっても裕福であります。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
せがれが丈夫でいたらどうにか力になるんだがね。おれがあっちへ行っている中に肺炎で死んでしまうし、かかアは娘と一緒に田舎へあずけてある始末だ。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「何事も天命です。誰も怨む者はありません。ただ年端としはの行かぬせがれにこの上の苦労をかけるのがらさに死にます。どうぞよろしくお頼み申します」
鉄鎚 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
僕は自分のせがれに毛の生えた程度の中尉や少尉、ひどい時には東北の、聞いたこともないような専門学校から学徒出陣をして来たという見習士官なんぞに
わたしのうちには忙月マンユエが一人きりだから手廻りかね、祭器の見張番にせがれをよびたいと申出たので父はこれを許した。
故郷 (新字新仮名) / 魯迅(著)
「さア、お掛けなさい。せがれも今に帰るでしょう。倅が帰らないと、わしには何もわかりませんのでな。ごらんの通り、こんな研究に没頭しとりますので」
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
祖父は「馬鹿野郎。清はしょうばい人にするわけじゃない。親父にせがれが教わるというのも鬱陶うっとうしいもんだ。」
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
彼は独りひざまずき、泣いて祈り、己の至らざる故にせがれを神の罪人としたことを自ら激しく責め、且つ神にびた。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
けれどまた一方には、死んだ者は永久に死んでしまったが、自分は幸いにまだ生きているという、一種の満足に似た感じを意識しながら、せがれの方へ話しかけた。
(新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
わたくしのせがれのアレクセイがここにおこもりしておりますでな、父親としてあれの身の上が気がかりでございます。また心配するのがあたりまえでございますよ。
せがれをいつまでも籍なしで、置いといちゃいかんばい。お前たちの方は先になってもええが。とりあえず、息子はわしの方の籍にでも入れといたら、どうな?」
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
その神官のせがれすなわち宗太郎の従兄いとこに水戸学風の学者があって、宗太郎はその従兄を先生にして勉強したから中々エライ、その上に増田ますだの家は年来堅固なる家風で
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
おめえが名主様のおせがれだとは今はじめて承知したが、何も、双親ふたおやまで引ッぱり出して怒ることはあるまい。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やっと三十間堀さんじっけんぼりの野口という旧友のせがれが、返済の道さえ立てば貸してやろうという事になり、きょう四時から五時までの間に先方で会うことになっているのです。
二老人 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
せがれの春吉と、孫の菊枝とが、毎日のように日傭ひでま稼ぎに行くので、僂麻質斯リュウマチスの婆さんに攻め立てられ、老衰した身体からだを、まるで曳きずるようにして、一日に二回ずつは
駈落 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
旦那だんな、」と婆さんは言った、「せがれが申しますには、旦那は馬車を借りたいそうでございますね。」
鋭い声がしたので、その方を見ると、近藤いさみせがれ、周平が、白い鉢巻をして、土方を睨んでいた。
近藤勇と科学 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
二人の苦しい遣繰やりくりを少しも知らない父親は、来るとすぐせがれ夫婦につれられて、会場を見せられて感激したが、これまで何一つ面白いものを見たこともない哀れな老人としより
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
華燭かしょくの典を挙げたと報じ、米国アメリカトラスト大王のせがれモルガン氏は、その恋花嫁のお雪夫人をつれて、昨日の午前九時五十二分新橋着の列車で横浜から上京したと書いているが
モルガンお雪 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「ゴム靴だって?」父親は顔をこわばらせた「鼻緒屋はなおやせがれが、ゴム靴を作る時代になったか」
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
二、ところがそれに、せがれのクルトは鯨狼アー・ペラーの捕獲位置から、一脈の真実性があるという。まず、その地の緯度をいい次いで経度をいおうとしたとき、飛びきたった銃弾にたおされた。
人外魔境:08 遊魂境 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
それですから、今年の十二月で満三十三年になる。私なんぞよりはほとんど二十年も若い。せがれに持ってもいような男です。うちはケルンテンに代々土着していたということです。
老母は、これをよろこびむかえて、「せがれは才能もなく、その学問も時勢にあわず、そのため世に出る機会を失っております。どうかお見捨てなく、兄として指導してやって下さい」
「ありません。せがれや嫁が一緒におりましたから、この二人が、よく知っております」
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
わっしはこんなやくざものの事ですから、母親も別に話さないでいたのがその時知れまして、そうか、そんなせがれがあるのか、床屋が家業と聞きゃちょうど可い、奉公人も大勢居るこッた
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
現在は長者町の場末にささやかな家を借りて細君とせがれとが青物商を営んでいる。
暴風雨に終わった一日 (新字新仮名) / 松本泰(著)
大変不幸な人で、私の祖父が余り気立がいいので見込んでせがれの嫁にと話をし、半ば母を助ける意味で父のところに来ることになったらしい。だから母は父にそういう境遇から救われたわけだ。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
現今いま私のうちる門弟の実見談じっけんだんだが、所は越後国西頸城郡市振村えちごのくににしくびきぐんいちふりむらというところ、その男がまだ十二三の頃だそうだ、自分のうちき近所に、勘太郎かんたろうという樵夫きこり老爺おやじが住んでいたが、せがれは漁夫で
千ヶ寺詣 (新字新仮名) / 北村四海(著)
『思いとまるんだね、手後れにならんうちにな! あれがお前の手に合う女かい? あれは甘やかされ放題のわがまま娘で、昼の二時までも寝る女なのに、お前と来たら番僧のせがれで、たかが田舎医者じゃないか……』
イオーヌィチ (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
つんぼの親父が、つんぼのせがれに向かって
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
菊枝 せがれの常丸どのもおぢやるかいのう。
南蛮寺門前 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)