なまず)” の例文
薄暗い電燈の光のもとで、なまずの血のような色をした西瓜をかじりながら、はじめは、犯罪や幽霊に関するとりとめもない話を致しました。
手術 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
私の学校の地区に、伴氏の友人で藤田という、両手の指が各々三本ずつという畸形児でなまずばかり書いている風変りな日本画家がいる。
風と光と二十の私と (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
川を見晴らした中二階で、鯉こくとなまずのすっぽん煮か何かを喰わされて、根が悪党でもない長助は、何もかも正直に話してしまった。
「はてな、紺がすりに、紺の脚絆、おかしな色の金魚だぜ。畜生め、なまずじゃねえか。ねる処は鮒だやつさ。鮒だ、鮒だ、鮒侍ふなざむれえだ。」
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
碑は、鉛めいた色にほの見えていたが、はたして、南無妙法蓮華経という、七字の名号が、なまずの髭のような書体で、刻られてあった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
たとえば明月の薄黒い処のあるは兎が餅をいているのであるとか、地震は地下の大なまずが動くのであるとかいうのは主観的妄想である。
善の研究 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
悟浄は、自分を取っておうとしたなまず妖怪ばけものたくましさと、水に溶け去った少年の美しさとを、並べて考えながら、蒲衣子のもとを辞した。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
彼はともに腰をけて女と無言の微笑を交わしていたが、ふと眼を舟の左側の水の上にやると一尾の大きななまずが白い腹をかえして死んでいた。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
この水路や沼や池には、ふなこいはやなまずなどがよく繁殖するため、陸釣おかづりを好む人たちの取って置きの場所のようであった。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
其れを、お正月近くのの良い時に、掻い掘ツて大仕掛に捕るです。鯉、なまず、其の外色々のものも、一緒に馬鹿々々しく多く捕れるさうです。
元日の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
それさえあるに、なまず峠に立たせて、有年方面を監視させておいた物見の者が、おびえ立って、みなぞくぞくと逃げ走って来た。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もしも温度の影響が大きくその他の微細な雑多の影響が収斂しなかったら、ゼンマイ秤で目方を測るのは瓢箪ひょうたんなまずを捕える以上の難事であろう。
方則について (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
やぶの中の黄楊つげの木のまた頬白ほおじろの巣があって、幾つそこにしまの入った卵があるとか、合歓ねむの花の咲く川端のくぼんだ穴に、何寸ほどのなまずと鰻がいるとか
洋灯 (新字新仮名) / 横光利一(著)
一人の侍に蒲生重代の銀のなまずかぶとを持たせて置いたところ、氏郷自身先陣より後陣まで見廻ったとき、此処に居よというところに其侍が居なかった。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
今あるのは猿が瓢箪ひょうたんなまずを押へとる処と、大黒だいこく福禄寿ふくろくじゅの頭へ梯子はしごをかけて月代さかやきつて居る処との二つである。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
彼は、男衆に教わって、天竺てんじく針をかけることや、どうけを沈めることを知った。日暮にかけておいた天竺針には、朝になるときっとうなぎなまずがかかっている。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
「こやつ、ぬらりくらりとした事を申して、とんとなまずのような奴よ喃。退屈なればこそ、このように触れ看板も致したのじゃ。るす中に誰も参らぬか。どうぞよ」
生きたなまずを頭ごとさいの目にブッタ切ったその血だらけの肉片は、鍋のなかでまだピクピクと動いている。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
なまずや、鰻や、ぎぎの類は丸い籠に入れて、漬けてある。その池のある庭を隔てて、直ぐ湖の岸である。
澪標 (新字新仮名) / 外村繁(著)
N老人と警部のA君が飛び込んで来て、俊敏のF君が奮起し、それに私までがはしゃぎ出したので、重厚のHさん、風邪ひきなまずのわが庄亮までが、よし行こうとなった。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
腹がって堪らんから、ちょいと底を入れようというので重箱へ往って、なまずで飯を喰ったが、あとの連中は上手へ往って、柳橋やなぎばしのおちよと千吉せんきちを呼んで浮れる訳だが
そう言えば、なまずの卵もおいしくない。ギュウギュウの卵もおいしくない。してみると、鰍と同じ形をした魚は、すべて肉はおいしいが卵はおいしくないのかも知れない。
鰍の卵について (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
夫れに、少し海でも近かつたら、もうそろそろ夏のハゼが釣れるし、田舎だつたら、なまず釣りが面白くなる。鮒やタナゴ、ハヤなどは釣れてももう匂ひがしてたまらない。
夏と魚 (新字旧仮名) / 佐藤惣之助(著)
やま宿しゅくを出ると山谷堀……越えると浅草町で江戸一番の八百善やおぜんがある。その先は重箱じゅうばこなまずのスッポン煮が名代で、その頃、赤い土鍋をコグ縄で結わえてぶら下げて行くと
夕暮の空に金色こんじき征矢そやのさすように、二人は、その火光を前面に浴びました。光を浴びたところの半面はえびのように赤いけれども、その後ろはなまずの如く真黒であります。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
どじょう、なまずすっぽん河豚ふぐ、夏はさらしくじら——この種の食品は身体の精分になるということから、昔この店の創始者が素晴らしい思い付きの積りで店名を「いのち」とつけた。
家霊 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「水はこんなにきれいでたつぷりしてゐるだらう。鯉だつて鮒だつて、なまずも、ハヤも、うなぎ、アカハラ、それに鮎は名物だらう。こんなに沢山魚のゐる河が他にありますかい」
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
頭髪かみのけが沢山で、重々しそうに鍋でもかぶっているように見える、目尻の垂れ下った、なまずの目附に似ている神経質じみた脊の低い、紺ぽい木綿衣物きものを着た女が、横合よこあいから出て来た。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
何時いつだったか、私の家へ、獲って来たばかりのなまずや、ふななどを売りに来た時心配屋の私の母が、時節柄、チブスやコレラの流行をおそれて買わなかったら、兵さんは、怪訝けげんそうに
あまり者 (新字新仮名) / 徳永直(著)
竹や水や古いむしろの破れたのなどが、いちめんに濃い陰影をつくって、そこにもこいふななまずのようなものまで、一つずつの魚巣うろもぐりこんで、れいの青い目でそとを眺めていました。
寂しき魚 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
待合室のガラス壁ごしに滑走路を見ると、横っ腹に L'A mazone Ja-163 と書きつけた、なまずのような頭でっかちの旅客機が、中腰になってへいつくばっている。
だいこん (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「うんそうだ亀公のとこんなまずがあったようだった、どれちょっとおれ見てきべい」
紅黄録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
私が公の展覧会に出品したのは、第一回の聖徳太子奉賛会の展覧会の時が最初であったが、この時は審査はなく、総裁が宮様で父も出品を勧めるので、老人の首と木彫のなまずとを出した。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
円瓢坊は円い瓢箪ひょうたん、客怪は坤河こんがなまず、乾野の馬頭、辰巳たつみの方の三足の蛙、艮山ごんざんの朽木とその名を解いて本性を知り、ことごとく棒で打ち砕いて妖怪を絶ち、かの僧その寺を中興すと載す。
もりに似て、鐵の尖きが三つか四つに別れて、魚を突く道具ですよ。川でも海でも使ひ、時にはなまずうなぎも取るが。もとは、岩川の石を起して、底を拔いたをけを眼鏡にして、かじか岩魚いはなを突くんで」
月のいい湖上を、鳶いろの大なまずが二間のしぶきをあげて、遊弋する。
希臘十字 (新字旧仮名) / 高祖保(著)
手前は何だ? なまずか、それとも大森博士か、一体手前は何だ。
牢獄の半日 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
これを見て憤慨したのは日本の「地震なまず」であった。
なまず 七九・〇四 一八・三五 一・四一 一・二〇
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
瓢箪ひょうたんからなまず出度でたがる世の中である。
助五郎余罪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
補充はつかず鯉やなまずで埋め合わせる。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
なまずに似ていらあ、ひげが」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
取巻いた小児こどもの上を、ふななまず、黒い頭、緋鯉ひごいと見たのは赤いきれ結綿仮髪ゆいわたかつらで、幕の藤の花の末をあおって、泳ぐようにながめられた。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この水路や沼や池には、ふなこいはやなまずなどがよく繁殖するため、陸釣おかづりを好む人たちの取って置きの場所のようであった。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その日は法恩寺橋から押上おしあげの方へ切れた堀割の川筋へ行って、朝から竿をおろしていると、鯉はめったに当らないが、鰻やなまずが面白いように釣れる。
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
船底にバチャバチャ生きている魚を見ると、鯉、ますがある。すずき、はぜにくろ鯛がある。手長えびやなまずもある。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
貪食どんしょくと強力とをもって聞こえる虯髯鮎子きゅうぜんねんしを訪ねたとき、色あくまで黒く、たくましげな、このなまず妖怪ばけもの
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「印旛沼なら、この頃は鯉のあらいになまずの丸焼きというところだね。白焼の鰻もおつなものだぜ。」
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
其の池にはふななまずがたくさんいたので、釣りにく者があるが、一日釣ってさて帰ろうとすると、何処どこからか、おいてけ、おいてけと云う声がするので、気の弱い者は
おいてけ堀 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
北海のオヒヨウ満洲のなまずへまで手をのばす人まであるとしても、それは少々イカモノ食ひであつて、魚の一つの真実味、肌あひ、哀怒の表示に注意せぬ気の荒い人である。
魚美人 (新字旧仮名) / 佐藤惣之助(著)