ほっ)” の例文
まるまると肥ったほっぺたを赤くして竹の棒でいっしょけんめいに地面を掘っていらっしゃる。なにをしていらっしゃるのかときくと
契りきぬ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
と船長がしゃがれた声でプッスリと云った。同時にまゆの間とほっペタの頸筋くびすじ近くに、新しい皴が二三本ギューと寄った。冷笑しているのだ。
難船小僧 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
たった一粒、ひやりとしたほっぺたにてのひらをあてて、澤は後の方の空を振仰いだ。先刻の雲が、月に向ってちぎれて飛んで行くのであった。
九月一日 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
お爺さんは、いくたびもいくたびも竹に口をあて、ほっぺたをゴムまりのようにふくらませ、長い信号音をふきつづけていましたが
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
美しい娘で、外に立っていたらば、突然、痛いと思うと、ほっぺたから血がにじみだしたというようなことは、眼につきやすい女に多かった。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
便所から、片側の壁に片手をつきながら、危い足取りで帰ってきた酔払いが、通りすがりに、赤黒くプクンとしている女のほっぺたをつッついた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
「あんなあかほっぺたをして」と節子も屋外の空気に刺激されて耳朶みみたぶまで紅くして帰って来たような子供の方を見て言った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
これはもとよりほっぺたを真白にして自分が彼女と喧嘩けんかをしない遠い前の事であった。自分はその時彼女を相手にしなかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「私はこの坊ちゃんをよく知ってますよ。昨日野原で坊ちゃんのたこを揚げたのは私だもの。窓から這入はいって坊ちゃんのほっぺたへキッスをして起そう」
(新字新仮名) / 竹久夢二(著)
これはパーヴァとこの家で呼びならしている年の頃十四ほどの少年で、いが栗頭で、まるまるしたほっぺたをしていた。
イオーヌィチ (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
よく、仲間の一人が、片っ方のほっぺたを指の先で押さえ、急にそれをはなすと、そこへ白い跡が残り、やがて、そいつが、見事な赤い色でおおわれる。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
ピシャリと、てき平手ひらてが、すぐに蛾次郎がじろうほっペタをりつけたが、蛾次もまた、足をあげてさきのすねとばした。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二葉亭が帰って来て格子をけるとうれしそうに飛付き、かまちに腰を掛けて靴を脱ごうとするひざへ飛上って、前脚を肩へ掛けてはベロベロとほっぺたをめた。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
「鯛だぞ、鯛だぞ、活きとるぞ、魚は塩とは限らんわい。醤油しょうゆで、ほっかりと煮て喰わっせえ、ほっぺたがおっこちる。——ひとウ一ウ、ふたア二アそら二十にんじゅよ。」
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
リリーはそれをすっかりみ込んでいるらしく、ほっぺたへ顔を擦りつけてお世辞を使いながら、彼が魚をふくんだと見ると、自分の口を大胆に主人の口のはたへ持って行く。
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
急いでほっぺたの汚れているのも拭かずに、飛んで来て介抱をしたのでめられ、燕は黒繻子くろじゅすの引掛け帯などをしているうちに、少し遅くなって碌々ろくろく死水も取らなかった。
裏口からのぞいて見ますと、兵十は、午飯ひるめしをたべかけて、茶椀ちゃわんをもったまま、ぼんやりと考えこんでいました。へんなことには兵十のほっぺたに、かすり傷がついています。
ごん狐 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
僕の顔は、ただのっぺりと白くて、それにほっぺたが赤くて、少しも沈鬱ちんうつなところがない。頬ぺたをひるに吸わせると、頬の赤みが取れるそうだが、気味が悪くて、決行する勇気は無い。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
しかもほっぺたには赤いしみができておる——この病気にはえてありがちなやつで。
米友は、そう言われて仔細らしく小首を傾けたが、ハタと自分のほっぺたを打って
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
といっても、八っちゃんはばかりくりくりさせて、僕の石までひったくりつづけるから、僕は構わずに取りかえしてやった。そうしたら八っちゃんが生意気に僕のほっぺたをひっかいた。
碁石を呑んだ八っちゃん (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ほっぺ叩いて見せてあげるわ、ね、ちっとも、お慍りにならないでしょう、あたいの言うこと何だって聞いてくれるのよ、いまにお池と魚洞うろをつくってくださるお約束なの、おじいちゃま
蜜のあわれ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「和尚はやるかもしれねえが、おらあやらねえ」彼は、彼女のほっぺたをつまんだ。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
『相乗り幌かけほっぺた押付おっつけてけれつのぱあ』そうしたお浦山吹とからかわれそうなその後家さんと自分との上に繰りひろげられるだろう光景を考えてはゴクリ、ごくりと生唾を飲み込んだ。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
竿があの草色のキラキラした頭へきあたった時は、どれ位いの痛さだろと思ってちょっとほっぺたを平手でめして見た。も少し痛いかと思って少し強くたたいて見たがどうもまだなまぬるかった。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
いきなりピシャリとその若ばけもののほっぺたをなぐりつけました。
死人のようにほっペタをへこまして、白い眼と白いくちびるを半分開いて……黄色い素焼みたいな皮膚ひふの色をして眠っているでしょう。
狂人は笑う (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それについて、若い船頭の倉なあこが、いつも赤いほっぺたに穏やかな微笑をうかべながら、次のように語ったことがあった。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「ねえかも知れないが危険だぜ。ここにこうしていても何だか顔が熱いようだ」と碌さんは、自分のほっぺたをで廻す。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
丁坊の身体こそは温い毛皮で手も足も出ないように包まれているけれど、顔はむきだしになっていて、氷のような風がびゅうびゅうとほっぺたをうつ。
大空魔艦 (新字新仮名) / 海野十三(著)
にんじんはどうかというと、ぴりっとも身動きをせず、くちびるを壁土のように固くさせ、耳の奥がごろごろ鳴り、ほっぺたを焼林檎やきりんごふくらませながら、じっとしている。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
リヽーはそれをすつかり呑み込んでゐるらしく、ほっぺたへ顔を擦りつけてお世辞を使ひながら、彼がさかなふくんだと見ると、自分の口を大胆に主人の口のはたへ持つて行く。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「恐かったよ。染ちゃん、顔をね、包んでしまったから呼吸いきが出なかったの。そうしてひどいの、あのほっぺたを吸ったんだ。チュッてそう云ったよ、痛いよ、染ちゃん。」
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この方はほっぺたに黒斑がないから、ニユウナイのニュウは即ちこれを意味するかと思っている。
きたフランスの女王様とね、そいから赤いほっぺをした白いジョーカーと、そいから、おとぎばなしの御本と、そいから、なんだっけそいから、ピアノ、そいから、キュピー、そいから……
クリスマスの贈物 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
あいつはほっぺたをつねったりして、『なんてまあ可愛いい人でしょう!』だなんて
ほこりが部屋の中にまで襲来し、机の上はざらざら、ほっぺたも埃だらけ、いやな気持だ。これを書き終えたら、風呂ふろへはいろう。背中にまで埃が忍び込んでいるような気持で、やり切れない。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「ばかだなあ」と青年は云った、「同じ躯の一部なのに、そこだけどうして区別するのさ、ほっぺただって足だってそこだって、みんな同じ組織なんだぜ」
超過勤務 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
三重吉はほっぺたへ手をあてて、何でも駒込に籠の名人があるそうですが、年寄だそうですから、もう死んだかも知れませんと、非常に心細くなってしまった。
文鳥 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
眼を細くして、ほっペタを真赤にして、低い鼻をピクピクさせて、偉大なオデコを光らしているその横顔……。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
おりおり、北風が、冷たい敷布しきふのようにからだを包んで、どこかへ持って行こうとする。狐か、それともあるいは狼が、指の間やほっぺたに息をふきかけるようなことはないか。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
殺されて、そうして、彼奴等きゃつらよりなお醜い瓜かじりのほっかけ地蔵を並べれば可いんです。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ほっぺたはまっ黒。少年の右腕は、三角巾さんかくきんでぐるぐるしばり、上に血がにじんでいる。
一坪館 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ぼくの知っているのは温和おとなしくって、口が重くって、ほっぺたがいつもほんのり赤い倉なあこだがね」
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「大飯を喰うから頭が半間はんまになるんだ。おさんどん見たいにほっペタばかり赤くしやがって……」
あやかしの鼓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
豆腐屋とうふや喇叭らっぱを吹いて通った。喇叭を口へあてがっているんで、ほっぺたがはちされたようにふくれていた。膨れたまんまで通り越したものだから、気がかりでたまらない。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
其時そのときまでとははりの有つた目を、なかば閉ぢて、がつくりと仰向あおむくと、これがため蠅はほっぺたをめて居たくちばしから糸を引いて、ぶう/\と鳴いて飛上とびあがつたが、声も遠くには退かず。
蠅を憎む記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
その時の彼女の態度は、細い人指ひとさしゆびで火鉢の向側から自分のほっぺたでも突っつきそうにれ狎れしかった。彼女はまた自分の名を呼んで、「吃驚びっくりしたでしょう」と云った。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ほっぺたや腕などに、お繁の歯形や爪跡のある子供は、二人や三人ではないようであった。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
と呼びかけるほっペタの赤い太郎の顔や、その太郎が汲込くみこんで燃やし付けた孫風呂の煙が、山の斜面を切れ切れにい上って行く形なぞを、過去と現在と重ね合わせて頭の中に描き出すのであった。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)