やわらか)” の例文
第十八 嫁菜よめな飯 春になって野へ嫁菜が出ましたらやわらかい若芽を摘んで塩湯で一旦いったん湯煮て水へ二、三時間漬けておくとアクが出ます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
水がやわらかに綺麗で、ながれが優しく、瀬も荒れないというので、——昔の人の心であろう——名の上へ女をつけて呼んだ川には、不思議である。
絵本の春 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
電燈はやわらかい明りをたたえ、火鉢の火が被った白い灰の下から、うすぎぬを漏る肌の光のように、優しいあたたまりを送る時、奥さんと己とは
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
遠くから見た時には、一望平滑の土地とのみ思いこんでいたが、きてみると、わずかばかりのやわらかいふくらみの連続になっていた。
ツンドラへの旅 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
奥様は暖い国に植えられて、やわらかな風に吹かれて咲くという花なので。この荒い土地に移されても根深くはびこ雑草くさでは有ません。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
姫鱒ひめますも中禅寺湖名物で、私は美味しかったが、お母さんは初めてでどうもぞっとなさらなかった由。河魚は身がやわらかい。それがおいやのようです。
試に其言に従って松本君と味って見る。成程やわらかで甘味があって香気が高い。次手ついでに自分で採集した分まで食べてしまう。
秋の鬼怒沼 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
フッと気がついたときには、あの凄惨せいさんな小田原の隧道の上かと思いの外、身はフワリとやわらかいベッドの上に、長々と横になっているのでありました。
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
嗚呼彼の楓の下の雪白まっしろの布をおおうた食卓、其処そこに朝々サモヷルが来りむ人を待ってぎんじ、其下の砂は白くて踏むにやわらかなあの食卓! 先生は読み
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
どの家にも必ず付いている物干台ものほしだいが、ちいさな菓子折でも並べたように見え、干してある赤いきれや並べた鉢物のみどりが、光線のやわらかな薄曇の昼過ぎなどには
銀座 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
桃色の絹のおおいを冠った、電気スタンドのやわらかい光が、ダブルベッドの純白の敷布を、催情的に色づけてもいました。
木の芽のようなやわらかい心と、火のような激情の性質をもった超現実的な娘が、これほど大きくなったむす子を持つまでに、この世に成長したのは不思議である。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ようよう口を開いて、「そうだ、やわらかいが、なるほどすぐに脆くなる。」しばらくしてこれに附け加えて
い茂ったやわらか草叢くさむらが、かすかな音をたてて足の下にしなっていった。はんのきの立木が半ば水に浸って、河の上に枝を垂れていた。はえが雲のように群れて飛び回っていた。
風はやわらかに吹いてゐた。五月さつきの空は少し濁ツて、眞ツ白な雲は、時々宛然さながら大きな鳥のやうにゆるやかに飛んで行く。日光は薄らいだり輝いたり、都ての陰影いんえいは絶えず變化する。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
いつもの道から崖の近道へ這入はいった自分は、雨あがりで下の赤土がやわらかくなっていることに気がついた。人の足跡もついていないようなその路は歩くたび少しずつ滑った。
路上 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
色が白いので、まゆがいかにも判然していた。眼もほがらかであった。頬からあごを包む弧線こせんは春のようにやわらかかった。余が驚きながら、見惚みとれているので、女は眼をらして、くうを見た。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
乍去さりながらしいて注意して運動を怠らず、更に喰料にも成丈やわらかきものを選み、且つ量に於ても三分一を※ずるとして、夕飯は必ず後四時として粥を用い、菜は淡泊なるものを用うるとせり。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
食パン(食パンのやわらかきを指で練り固めてゴムの代用とする)
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
やわらかい木のたきぎで炊いたものより堅木かたぎの方が良く出来ます。それに水車でいたお米は水分を含んでいて味もるしえ方もすくのうございます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
なるほどフライパンの上でラードを磨るような手触りとは、こういうのを言うのだと感心した。墨はやわらかくしかもすずりおもてに吸いつくように動いた。
南画を描く話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
彼はそこをごまかすために、多田さんが唯今お持ちになったピストルを、やわらかい地面に向けて射った後、土地を掘りかえして弾丸だんがんを掘りだしたんです。
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
どの車にも、やわらか鼠色ねずみいろの帽の、つばを下へ曲げたのをかぶった男が、馭者台ぎょしゃだいに乗って、俯向うつむき加減になっている。
沈黙の塔 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
お絹が柔順すなおに、ものやわらかに取上げた、おでんの盆を、どういうものか、もう一度彦七がわざとやけに引取って
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今更にそれをくやんだとて何としよう。自分を育てた時代の空気は余りにやわらかく余りに他愛がなさ過ぎたのだ。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そのうちに彼は眠くなった。そうして益々空腹になった。何より現在いまの彼に執っては、やわらか寝所ねどこと温かい食物——何さ、冷でも結構であるが——この二つが必要であった。
人間製造 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
時々は甘えて煙草をくれと云う。此家うちではまぬと云っても、忘れてはまた煙草をくれと云う。正直の仙さんは一剋いっこくで向張りが強く、智慧者ちえしゃの安さんは狡獪ずるくてやわらかな皮をかぶって居た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ナポレオンはその後にも「鉛のようにやわらかくて、しかも鎔解しにくい合金は出来まいか。」という質問をよこしたこともある。「実験に入要な費用は別に払うから」ということまで、附記して来た。
三分の二くらい行って、まだやわらかい部分が大分残っていたが、こういう高貴なものは、そう下品に食べては悪いと思ってした。他の若い連中も皆そうした。
寺田先生と銀座 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
幸い四辺あたりは静で、もう此処ここまでは追掛けて来るものもないらしい。朧月の光がやわらかに夜のながれを照している。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
萌黄色もえぎいろに長くなびいて、房々とかさなって、その茂ったのが底まで澄んで、透通って、やわらかな細い葉に
半島一奇抄 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
注射器を使って子宮の中に剥離剤を注入すれば、その薬品が皮膚をおかすため、胎児と子宮壁とをつないでいる部分のやわらかい皮が腐蝕して脱落し、堕胎の目的を達するのだった。
振動魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
予は人の葬を送って墓穴に臨んだ時、遺族の少年男女の優しい手が、きよ赭土あかつちをぼろぼろと穴の中にこぼすのを見て、地下の客がいかにもやわらかな暖な感を作すであろうと思ったことがある。
鴎外漁史とは誰ぞ (新字新仮名) / 森鴎外(著)
狭い額の人間など、往々例外はあるにしても、ず滅多に博士には成れない。眼は全く微妙である、みつめる時には充分に鋭く、瞶めない時にはやわらかい。だが最も特色的なのは、笑われる時の鼻皺であろう。
小酒井不木氏スケッチ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
氷層と氷層との間のコンクリート状に凍った粘土部分は意外にやわらかく、未凍結水を多量に含んでいるように見えた。それも凍上実験で知られている通りである。
永久凍土地帯 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
なり上背うわぜいのある婦人で、クッションのようにやわらかくて弾力のある肉付の所有者だった。銃丸は心臓の丁度真上にあたる部分を射って、大動脈だいどうみゃくを破壊してしまったものらしい。
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
羽織も、着ものも、おさすりらしいが、やわらかずくめで、前垂まえだれの膝も、しんなりとやわらかい。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
昼過のやわらかな日光に、冬枯れした庭木の影が婆娑ばさとして白い紙の上に描かれる風趣。春の夜に梅の枝の影を窓の障子に見る時の心持。それはすでに清元浄瑠璃の外題げだいにも取入れられている。
仮寐の夢 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「旦那。こいつは肉がやわらかですぜ。」
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
「そんなことかも知れん。天井の壁さえ抜けば、あとはやわらかい土ばかりだったのかも知れない」
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
路傍の新樹は風にもまれ、やわらかなその若葉は吹きさかれてみちおもてに散乱している。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
こちこちと寂しいが、土地がら、今時はおさだまりの俗にとなうる坊さん花、あざみやわらかいような樺紫かばむらさき小鶏頭こげいとうを、一束にして添えたのと、ちょっと色紙の二本たばねの線香、一銭蝋燭いちもんろうそくを添えて持った
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その証拠には、怪物の身体は、雨後のやわらかい土を上から押しています。よく見てごらんなさい
宇宙戦隊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
浮雲の引幕ひきまくから屈折して落ちて来る薄明うすあかるい光線は黄昏たそがれの如くやわらかいので、まばゆく照り輝く日の光では見る事あじわう事の出来ない物の陰影かげと物の色彩いろまでが、かえって鮮明に見透みとおされるように思われます。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
と鋳掛屋は、肩をやわらかに、胸を低うして、あらためて私たち二人をたが
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なぜなら彼の丸い身体が、急にどしんとやわらかい白いものに当ったからである。それに落下傘の綱がうまくひっかかったものだから、それ以上、氷原を転がらなくてもいいことになった。
大空魔艦 (新字新仮名) / 海野十三(著)