読経どきょう)” の例文
旧字:讀經
読経どきょうの声が、ずつと高くなると娘達の姿はかき消えて、今度は店の番頭小僧、はした達のまぼろしがぞろ/\眼の前をとほり始めた。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
本堂にはお説経の壇が出来て、赤地錦あかじにしきのきれが燦爛さんらんとしている。広い場処に、定連じょうれんの人たちがちらほらいて、低い声で読経どきょうしていた。
今わの父が有難い上人の読経どきょうをしりぞけ、念佛をさえ唱えずに死んだことを何よりも歎いて、お姫様が回向えこうをしてお上げなされませ
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
読経どきょうと参拝をすまして、粛然しゅくぜんと、本堂を出て来た二十余名の浪士の一団があって、初めて、浅野家の百ヵ日らしいものが感じられた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
暖簾のれんくぐると、茶室のように静かな家の内には読経どきょうする若主人の声が聞える。それを聞きながら、二人は表二階の方へ上って行った。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そういう夢と老人の読経どきょうの声とがもつれ合って、いつの間にか、生まれたばかりの星雲の姿が、ぼんやりと眼に見えて来るのであった。
簪を挿した蛇 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
それはささやかな仏壇の前に、キチンと坐って、一心不乱に読経どきょうしている、輪袈裟わげさを掛けた切髪の女の後ろ姿ではありませんか。
この一篇で、幽閉された女中等が泣いたり読経どきょうしたりする中に小唄を歌うのや化物ばけもののまねをして人をおどすのがあったりするのも面白い。
西鶴と科学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そうして、丸三年の今日まで読経どきょうに余念もないのであるが、髑髏はまだ朽ちない、髑髏はまだ落ちない、髑髏はまだ笑っているのである。
くろん坊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
今度こういう名の子がこの家に誕生しましたからこの後は尊き神達の守護の下に保育されんことをこいねがうというて読経どきょう供養くようをする。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
読経どきょうが終り、焼香が済んだとき、市松はもう母の膝で居眠りを始めた。いつきはその子の肩を袖で包みながら、初めて代二郎に話しかけた。
初夜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
だが、やっと、読経どきょうが済んで、出棺の時刻が来た。棺を運ぶ為に、人夫の足音が近づいて、ヨッコラショと、倭文子達の体ははげしく揺れた。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
私の罪の軽くなるような方法を講じてください。修法、読経どきょうの声は私にとって苦しいほのおになってまつわってくるだけです。
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)
読経どきょうの間ですら、焼香の際ですら、死んだ仏のあとに生き残った、この私という形骸けいがいを、ちっとも不思議と心得ずに澄ましている事が常である。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
土塊つちくれのバタバタと棺に当たる音がする。時の間に墓は築かれて小僧の僧衣ころも姿が黒くその前に立ったと思うと、例の調子はずれの読経どきょうが始まった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
なおも心ゆるめずに一心に読経どきょうをつづける。あふれる涙に、草の露が添って、ふかくしっとりとそでをぬらすのであった。
かくて虹汀は六美女を伴ひて呉家に到り、家人と共にの乳母の亡骸なきがらを取り収め、自ら法事読経どきょうして固く他言をいましめつ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
あなたが立派な人になって、私達夫妻の跡を弔って下されば、それこそ聖僧の何万巻の有難い読経どきょうにも勝るものです。
血液型殺人事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
が、そのうちに、衆僧が一斉に始めた読経どきょうの朗々たる声は、皆の心持を死者に対する敬虔けいけん哀悼あいとうに引きべてしまった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
俳優は皆奇異なるかつらと衣裳とのために身体の自由を失ひたるものの如く、台詞せりふの音声は晦渋かいじゅうにして変化に乏しきことさながら僧侶そうりょ読経どきょうを聞くのおもいありき。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
袈裟けさ、むらさきの袈裟——高僧の読経どきょうの声に、香烟、咽ぶがごとくからんで、焼香はとどこおりなくすすんでゆく。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
寺の住持になって世を隠遁いんとんし、読経どきょう墓掃除はかそうじに余生を送りたいといった彼の言葉は、決して一時の戯れではなく、彼の心の無限の悲哀を告白した言葉であった。
今も、その与八の、わからない読経どきょうの声を聞いているうちに、何ともいえない心持で悲しくなりました。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
かくして、本人が帰宅せしときは夕刻であって、まさしく七年忌の法事を営んでおるときである。自宅の前にてうかがうに読経どきょうの声がする、御客が集まっている。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
火辻軍平のなきがらのはいった棺桶は、この前にはこびこまれ、北向きに安置あんちされた。それから太い線香に火が点ぜられ、教誨師が焼香し、かねをたたき、読経どきょうした。
超人間X号 (新字新仮名) / 海野十三(著)
読経どきょうすぐにはじまった。保吉は新内しんないを愛するように諸宗の読経をも愛している。が、東京乃至ないし東京近在の寺は不幸にも読経の上にさえたいていは堕落だらくを示しているらしい。
文章 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
本迹枢要ほんじゃくすうよう陀羅尼品だらにぼん読経どきょうがすんで、これから献香花けんこうかの式に移ろうとするとき、下座しもざにいたひわという腰元が、とつぜん、あッと小さな叫び声をあげて顔を伏せてしまった。
泥竜館下宿人一同という札を下げた花輪もその中にまじっていた。僧侶の読経どきょうが始まった。
風宴 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
仏間ではすでに死体を棺に納め、いましちょうど僧侶そうりょ読経どきょうが始まろうとしていましたので、右門はまずそこに居合わす会葬者の、あまりにも少なすぎるのに目を光らせました。
僧六人、仏壇の前に座して晩のお勤めの読経どきょうをしている。もはや終わりに近づいている。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
堂上堂下は花をもってうずめられ、五色のばんがひらめき、放鳥と空中より降らす花のあいだに諸々の音楽と舞踊が行われ、読経どきょうの声は潮のごとく奈良の山々にひびいたといわれる。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
やはり死者の気配はこの部屋に満ちているのだった。読経どきょうがおわって、近所の人たちが去ると、部屋はしーんと冴え静まっていた。彼は妻の枕許に近より、顔の白布をめくってみた。
死のなかの風景 (新字新仮名) / 原民喜(著)
ところが読経どきょうを聞くと、今もしばしば棒読みが用いられ、聞く方ではさっぱり何を述べるお経なのか、見当さえつきませぬ。なぜ今でもそんな陀羅尼風な読み方をするのでしょうか。
益子の絵土瓶 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
手さぐりでお灯明とうみょうをあげて読経どきょうに余念もありませんでしたが、ちょうどそのころ——、城代左近将監の邸で、ネズミがでたと大さわぎしていることは、老母もこの利巧な猫の玉ですら
亡霊怪猫屋敷 (新字新仮名) / 橘外男(著)
と云って、死霊除しりょうよけのおまもりをかしてくれた。それは金無垢きんむくで四寸二分ある海音如来かいおんにょらいのお守であった。そしてそれとともに一心になって読経どきょうせよと云って、雨宝陀羅尼経うほうだらにきょうという経文きょうもんとおふだをくれた。
円朝の牡丹灯籠 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
これを葬り読経どきょうして怪全く絶えたという(『一休諸国物語』四)。紀州で老人の伝うるは、何国と知れず住職を入れると一夜になくなる寺あり。ある時村へきたない貧僧来るをこの寺へ泊まらせる。
と、読経どきょうの声が絶え、いわやの口へ百地三太夫神彩しんさい奕々えきえきとして現われたが
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
さわやかに衆僧読経どきょうの声起り
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
それは戦時中だが、長政の父久政のかりの葬儀が営まれ、次の日にいたるまで、本丸の奥のほうで、読経どきょうの声がもれていたからである。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふとわれに返ると、静かな読経どきょうの声が半蔵の耳にはいった。にわかに明るい日の光は、屋外そとにあるすぎの木立ちを通して、社殿に満ちて来た。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
雑誌記者から読経どきょうをしいられるので、和尚さんはすきをみて庫裡のほうへげて行ってしまった。酔った二人は木魚と鐘とをやけにたたいて笑った。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
大臣は大和やまと葛城かつらぎ山から呼んだ上手じょうずな評判のある修験者にこの晩はかみ加持かじをさせようとしていた。祈祷きとう読経どきょうの声も騒がしく病室へはいって来た。
源氏物語:36 柏木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
余が枕辺近く寄って、その晒しをけた時、僧は読経どきょうの声をぴたりとめた。夜半やはんかして見た池辺君の顔は、常と何の変る事もなかった。
三山居士 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
読経どきょうが型の如くに済んで、一対の人形がようやく灰になった時に、病院から使いがあわただしく駈けて来て、姉妹は眠るように息を引取ったと言いました。
怪獣 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
即ち堂塔伽藍がらんの修費、燈明台とうみょうだいその他の什器じゅうき購入費、掃除費そうじひ及び読経どきょう僧侶の手当でありますが、そのうちでも最も多く費用のかかるのは前にいうマルです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
香華こうげをたむけ、夜更けるまで、家族や弔問客の読経どきょうの声が絶えなかったが、十二時前後、それらの人々も或は帰り去り、或はしんにつき、電燈を消した真暗な広い部屋に
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
かつて聞いた事のない唱歌のような読経どきょうのような、ゆるやかな旋律リズムが聞こえているが何をしているか外からは見えない。一段高い台の上で映画撮影をやっているのが見える。
高原 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そのうち読経どきょうの切れ目へ来ると、校長の佐佐木中将はおもむろに少佐の寝棺ねがんの前へ進んだ。白い綸子りんずおおわれたかんはちょうど須弥壇しゅみだんを正面にして本堂の入り口に安置してある。
文章 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
読経どきょうが始まらうとするのである。泰松寺の老師が、五六人の伴僧をしたがへて、しづ/\棺前に進み寄つた。宗右衛門は幾度も眼をしばだたいて老師のにび色の法衣をうしろから眺めた。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
ここは原子爆弾以来、多くの屍体したいが焼かれる場所で、たきつけは家屋のこわれた破片が積重ねてあった。皆が義兄を中心に円陣を作ると、国民服の僧が読経どきょうをあげ、わらに火がけられた。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)