よそおい)” の例文
旧字:
天衣、瓔珞ようらくのおんよそおいでなくても、かかる場面へ、だしぬけの振袖は、狐の花嫁よりも、人界に遠いもののごとく、一層人を驚かす。
いつ頃からこの不思議なよそおいをして、この不思議な歩行あゆみをつづけつつあるかも、余には解らぬ。その主意に至ってはもとより解らぬ。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ガラッ八が飛込んで来たのは、もう日射しの秋らしくなって、縁側の朝顔も朝々の美しいよそおいが衰えかけた時分の事でした。
あるいは阿多福おたふくが思をこらしてかたちよそおうたるに、有心うしんの鏡はそのよそおいを写さずして、もとの醜容を反射することあらば、阿多福もまた不平ならざるをえず。
学者安心論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
風呂敷には、もう一品ひとしな——小さな袖姿見てかがみがあった。もっとも八つ花形でもなければ柳鵲りゅうじゃくよそおいがあるのでもない。ひとえに、円形の姿見かがみである。
やさしく咽喉のどべり込む長いあごを奥へ引いて、上眼に小野さんの姿をながめた小夜子は、変る眼鏡を見た。変るひげを見た。変る髪のふうと変るよそおいとを見た。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おのおの貧富にしたがって、紅粉こうふんを装い、衣裳を着け、そのよそおいきよくして華ならず、粗にして汚れず、言語嬌艶きょうえん、容貌温和、ものいわざる者もおくする気なく、笑わざるも悦ぶ色あり。
京都学校の記 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
乳のふくらみを卓子テエブルに近く寄せて朗かに莞爾にっこりした。そのよそおい四辺あたりを払って、泰西の物語に聞く、少年の騎士ナイトさわやかよろったようだ。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
たつを排してまなこを射れば——黄金こがねの寝台に、位高きよそおいを今日とらして、女王のしかばねは是非なくよこたわる。アイリスと呼ぶは女王の足のあたりにこの世を捨てぬ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その働くべき部分の内にありて自由に働をたくましゅうし、輿論にあえばすなわちよそおいを変ずべし。これすなわち聖教の聖教たるゆえんにして、尋常一様、小儒輩しょうじゅはいの得て知るところに非ざるなり。
徳育如何 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
時に、宮奴みややっこよそおいした白丁はくちょうの下男が一人、露店の飴屋あめやが張りそうな、渋の大傘おおからかさを畳んで肩にかついだのが、法壇の根にあらわれた。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
金屏きんびょうを背に、銀燭ぎんしょくを前に、春の宵の一刻を千金と、さざめき暮らしてこそしかるべきこのよそおいの、いと景色けしきもなく、争う様子も見えず、色相しきそう世界から薄れて行くのは
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すなわち公議輿論の一変したるものなれば、この際にあたりて徳教の働ももとより消滅するに非ずといえども、おのずから輿論に適するがために、大いにそのよそおいを改めざるをえざるの時節なり。
徳育如何 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
時に、宮奴みやつこよそおいした白丁はくちょうの下男が一人、露店の飴屋あめやが張りさうな、しぶ大傘おおからかさたたんで肩にかついだのが、法壇の根にあらわれた。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
はらりとしずんだきぬの音で、はや入口へちゃんと両手を。肩がしなやかに袂のさきれつつたたみに敷いたのは、ふじふさ丈長たけなが末濃すえごなびいたよそおいである。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
雪でつかねたようですが、いずれも演習行軍のよそおいして、真先まっさきなのはとうを取って、ぴたりと胸にあてている。それが長靴を高く踏んでずかりと入る。
雪霊続記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すらすらと歩を移し、露を払った篠懸すずかけや、兜巾ときんよそおいは、弁慶よりも、判官ほうがんに、むしろ新中納言が山伏に出立いでたった凄味すごみがあって、且つ色白に美しい。
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
晃然と霜柱のごとく光って、銃には殺気紫に、つぼめる青い竜胆りんどうよそおいを凝らした。筆者は、これを記すのに張合がない。
むねに咲いた紫羅傘いちはつの花の紫も手に取るばかり、峰のみどりの黒髪くろかみにさしかざされたよそおいの、それが久能谷くのや観音堂かんおんどう
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
当時、美術、絵画の天地に、気あがり、意熱して、麦のごとく燃え、雲雀のごとくかけった、青雲社の同人は他にまた幾人か、すべておなじよそおいをしたのであった。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
実家さとから附属の化粧料があるから、天のなせる麗質に、紅粉のよそおいをもってして、小遣が自由になる。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二人を前に、銚子ちょうしを控えて、人交ぜもしなかった……その時お珊のよそおいは、また立勝たちまさって目覚しや。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
上段の十畳、一点のよごれもない、月夜のような青畳、紫縮緬むらさきちりめんふッくりとある蒲団ふとんに、あたかもその雲に乗ったるがごとく、すみれの中から抜けたような、よそおいこらした貴夫人一人。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
よそおいは違った、が、幻の目にも、面影は、浦安の宮、石の手水鉢ちょうずばちの稚児に、寸分のかわりはない。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
よそおいは違つた、が、幻の目にも、面影おもかげは、浦安うらやすみや、石の手水鉢ちょうずばち稚児ちごに、寸分のかはりはない。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
と思い案ずる目をなかば閉じて、屈託くったくらしく、盲目めくら歎息たんそくをするように、ものあわれなよそおいして
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
よそおいを凝らした貴婦人令嬢の顔へ、ヌッと突出し、べたり、ぐしゃッ、どろり、と塗る……と話す頃は、円髷が腹筋はらすじを横によるやら、娘が拝むようにのめって俯向うつむいて笑うやら。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
わたくしたちこの玉のようなみんなはだは、白い尾花の穂を散らした、山々の秋のにしきが水に映るとおんなじに、こうと思えば、ついそれなりに、思うまま、身のよそおいの出来ます体でおりますものを。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その裲襠、帯、小袖のあやにしき。腰元のよそおいの、藤、つつじ、あやめと咲きかさなった中に、きらきらと玉虫の、金高蒔絵きんだかまきえ膳椀ぜんわんが透いて、緞子どんすしとね大揚羽おおあげはの蝶のように対に並んだ。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
勿論、ここへお誓が、天女のよそおいで、雲に白足袋で出て来るような待遇では決してない。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
が、陸軍病院の慰安のための見物がえりの、四五十人の一行が、白いよそおいでよぎったが、霜の使者つかいが通るようで、宵過ぎのうそ寒さの再び春に返ったのも、更に寂然せきぜんとしたのであった。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そうだろう、題字は颯爽さっそうとして、輝かしい。行と、かなと、珊瑚灑さんごそそぎ、碧樹へきじゅくしけずって、触るものもおのずから気を附けよう。厚紙の白さにまだ汚点しみのない、筆の姿は、雪に珠琳じゅりんよそおいであった。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
清らかなきものを着、あらたくしけずって、花に露の点滴したたよそおいして、馬に騎した姿は、かの国の花野のたけを、錦の山の懐にく……歩行あるくより、車より、駕籠かごに乗ったより、一層鮮麗あざやかなものだと思う。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
けだし光は旦那方の持つ懐中電燈であった。が、その時の鳥旦那のよそおいは、杉の葉を、頭や、腰のまわりに結びつけた、つらまで青い、森の悪魔のように見えて、猟夫を息を引いて驚倒せしめた。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
如意自在にょいじざい心のまま、たちどころに身のよそおいの成る事を忘れていました。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鼓草たんぽぽの花に浮べるさま、虚空にかかったよそおいである。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)