袱紗ふくさ)” の例文
女中の、見ている前で、ふところから、大事そうに取り出して袱紗ふくさづつみ、それをほどいて、小さな、桐の箱を、雪之丞の前に置く。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
あたしゃ今こそおまえに、精根せいこんをつくしたお化粧けしょうを、してあげとうござんす。——紅白粉べにおしろいは、いえとき袱紗ふくさつつんでってました。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
恥かしくなった与惣次がやにわに駈け出そうとすると、重い袱紗ふくさ包みが懐中から抜け落ちた。拾って開けると小判が五両に添手紙一封。
一人ひとりわかそうちながら、むらさき袱紗ふくさいて、なかからした書物しよもつを、うや/\しく卓上たくじやうところた。またその禮拜らいはいして退しりぞくさまた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
彼女は割れた皿を袱紗ふくさにつつんで持っていた。若党が運び出した燈火に照された彼女の顔はさすがにあおざめていた。播磨は静かにきいた。
番町皿屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
二人のみやげとしてもって来たしぼり縮緬ちりめん袱紗ふくさと肉筆の花鳥の扇子とをとり出して、カーメネヷ夫人のデスクの上においた。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
鷺坂は持っていた袱紗ふくさ包みをひらき、十左はそれを止めて、「大事が出来た」と七十郎に云った、「席次争いの裁決があった」
五月雨さみだれのつれづれに、「どれ書見でも致そうか。」と気取った処で、袱紗ふくさで茶を運ぶ、ぼっとりものの腰元がなかったらしい。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
といって、袱紗ふくさに包んだ一包みを投げ出す。いづみは屈託のないようすでそれを取上げると、帯のお太鼓の中へ落し込んで
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
足許を踏みしめて一歩々々せまるように悠然と、袱紗ふくささばきの音も見せず書類を取りだし、ひろげながら云うのであった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
相手にする値うちもないように、浪人の男は、珊瑚を袱紗ふくさにくるむ、前差まえざしをギッとたばさむ、長い蝋色鞘ろいろざやを左にさげる。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
袱紗ふくさに記した縁起、西山遺事の書後並に欄外書等は、自筆とは云ひながらはなはだ意を用ゐずして寫した細字に過ぎない。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
七郎左衛門は手にした袱紗ふくさで夏目のふたを掃ききよめながら言った。においこぼれるような青い挽茶ひきちゃの粉は茶碗ちゃわんに移された。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
三月九日 蚊杖ぶんじょうを通じ、老年にて身まかりたる名女将といはれし柳橋やなぎばし林家女将追福の通袱紗ふくさに句をはれて。
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
その下で、紫や紅の縮緬の袱紗ふくさを帯から三角形に垂らした娘たちが、敷居や畳の条目すじめを見詰めながら、濃茶こいちゃの泡の耀かがやいている大きな鉢を私の前に運んで来てくれた。
洋灯 (新字新仮名) / 横光利一(著)
ちいさなあか塩瀬しおぜ袱紗ふくさを二つにたたんで両端を持ってぴったり口にふたをするのでござりましたがそういう時はいつもの童顔が幼稚園の子供の顔のようにみえて二十はたち
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そういいながら、かれは、上着の内衣兜うちがくしから袱紗ふくさにくるんだ紙入を出して箪笥のうえに置いた。
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
葉子の叔母は葉子から二三げん離れた所に、蜘蛛くものような白痴の子を小婢こおんなに背負わして、自分は葉子から預かった手鞄てかばん袱紗ふくさ包みとを取り落とさんばかりにぶら下げたまま
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
お霜はうやうやしく千曲の手を取って上座に据え、眼醒めざめるばかりに美しい金襴きんらん袱紗ふくさを押し開き、黄金きんこしらえた十字架を、彼女の前へ持ち出しながら、彼女にとっては寝耳に水の
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「無礼者、土下座せい! これなる袱紗ふくさ葵御紋所あおいごもんどころ目にかからぬかッ。わが身体に指一本たりとも触れなば、七十三万石没所であろうぞッ。畏くもお墨付じゃ。土下座せい!」
もううちの事はもとより、旧正月の仕事としてほかから頼んで来る裁縫や袱紗ふくさの刺繍、縫紋ぬいもん、こまこました押絵の人形など、どんなにお忙がしくともお断りにならなかったそうです。
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それはかくとして、包みをほどくと箱のなかから紫に染めあげた支那絹の袱紗ふくさが出て来た。さう云へば塩崎の長男が生れた時に心ばかりの祝ひ物を贈つた、その返礼なのだらう。
南京六月祭 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
ある日忘れて来た袱紗ふくさだとか、晴雨兼用のかさなどを取りに行くと、均平はちょうど、風邪かぜの気味でせっていたが、身辺が何だか寂しそうで、顎髭あごひげがのび目も落ちくぼんで、哀れに見えた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そして、その上には、紺紙金泥に、金襴の表装をした経巻一巻と、遺書を包んだ袱紗ふくさとが、置かれ、その机と、枕との間には、豊後国行平作の、大脇差が、堆朱ついしゅの刀掛けに、掛かっていた。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
そこを開いた金五郎は、中から錦の袱紗ふくさにつつんだ一本の刀を取りだした。紐をとくと、すらりと、引き抜いた。若いころ、道後どうごの町で手に入れてから、ずっと大切にしている助広である。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
一應懷中ふところを見ましたが、錢などは百も持つてはゐず、その代り内懷中からズルズルと引出した袱紗ふくさの中から出て來たのは、十何本といふおびたゞしい手紙——その中には紅筆で心のたけを綴つたのもあり
「大変遅くなって……」と言って、座敷と居間との間のしきいの処に来て、半ば坐って、ちらりと電光のように時雄の顔色かおつきうかがったが、すぐ紫の袱紗ふくさに何か包んだものを出して、黙って姉の方に押遣おしやった。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
男はやはり小声で紋七と何か応対して、袱紗ふくさにつつんだ目録もくろく包みらしいものを渡すと、紋七はしきりに辞儀をして、かれを奥へ連れて行った。
半七捕物帳:38 人形使い (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
いいながら、文次は、ずかりと胡坐あぐらを組んだが、わざと膝で胸を突き上げたから、はらりと懐中ふところ袱紗ふくさが解けて、十手の先が襟もとからのぞく。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ぼんやりと庭の植木棚のほうをながめていたが、思いきったように、膝脇に置いてあった袱紗ふくさの包みをとりあげた。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
そういう好意を、投げつける仕草でしか現わせないこういう階級の率直さが胸に来ていた。彼は腰をのばして、袱紗ふくさに包んだ懐中の書状を取りだした。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
左近方には四郎左衛門が捕はれて死んだ後に、此徳利が紫縮緬むらさきちりめん袱紗ふくさに包んで、大切にしまつてあつたさうである。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
……と思わず、受けたは袱紗ふくさの手。我知らず色傘を地に落して、その袖をはっと掛けて、斜めに丁と胸に当てた。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そこで急に絵姿を床から外して、錦の袱紗ふくさで幾重にも包み、箱に納めて厳重に錠を下してしまったのであります。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
そしてすぐに袱紗ふくさで包み、箱へ入れて、大切そうにひもをかけてしまった。それはもう夏も終りに近いじぶんだったと思うが、たぶんその前後のことだろう。
落ち梅記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「大丈夫ですよ奥さん。——さあよく見ていて下さい。おい、お君どんも来て。——この株券と帳面はここですよ、この黒い袱紗ふくさの中です、わかりますか」
牡丹 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
昼過に、旦那様は紫袱紗ふくさを小脇にかかえながら、一寸帰っておいでなさいました。私は鶏に餌をくれて、奥様の御部屋の方へ行って見ますと、御二人で御話の御様子。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
とばかり、極く近頃、茶杓ちゃしゃく袱紗ふくさいじりをし始めた諸侯までが、折角の志を急に変じて
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
袱紗ふくさだの、着物の裾模様だの、羽織の縫紋ぬいもんだのいろんなものがあったように思います。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
懐中から袱紗ふくさを取り出したが、たくみの手附きで香をつまみ、静かに香炉へ投げ入れた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
小原は袱紗ふくさに包んだ紙入れのなかから、女持ちの金時計を一つ鎖ごと取り出して、ランプの心を掻き立て、鎖の目方を引いたり型の説明をしたりして叔母に勧めていた。お庄も傍へ行って見た。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そういって、紫の袱紗ふくさに入った二本の刀を、永田杢次の前に、置いた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
ただ彼の落ちつき払って曲彔にる重々しい姿を見た。一人の若い僧が立ちながら、むらさき袱紗ふくさを解いて、中から取り出した書物を、うやうやしく卓上に置くところを見た。またその礼拝らいはいして退しりぞくさまを見た。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
凛とした声できめ付けられて、お亀はいよいようろたえていると、女は袱紗ふくさにつつんで来た小判のつつみを出して、うす暗い行燈の前へ二つならべた。
半七捕物帳:07 奥女中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
袱紗ふくさ縮緬ちりめん飜然ひらりかえると、燭台に照って、さっと輝く、銀の地の、ああ、白魚しらうおの指に重そうな、一本の舞扇。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
赤インクの瓶やゴム糊、硯箱、そんなものが置いてある机の上へ袱紗ふくさ包みを置き、朝子は立ったまま
一本の花 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
やがてなみだを押し拭って、お留伊は袱紗ふくさを解きながら囁いた。「……今までのようにではなく、生まれ変った気持で打ちます、どうぞお聴き下さいまし、お師匠さま」
鼓くらべ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
此賀は刀自の父榛軒が主として世話を燒いて擧行したもので、歌を書いた袱紗ふくさが知友の間に配られた。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
南天なんてんの実の模様のついた胡摩塩ごましおの包紙、重たい縮緬ちりめん袱紗ふくさ、それをお婆さんの詰めてくれた重箱の上に載せ、風呂敷包にして、復た捨吉は河岸の樽屋まで配りに行って来た。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それにはかまわず、銀磨きを掛けたばかりの十手を、くるくると袱紗ふくさ包みにして、すっぽり懐中ふところへのむと、そいつを上からぽんと一つたたいて、文次は先に立って浮世小路の家を出た。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)