きょ)” の例文
一歩、かれが江戸へ入れば、そこには、周馬、お十夜などの毒刃が伏せてあり、うしろには、天堂一角のきょをつけ狙う殺刀がある。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一犬いっけんきょえて万犬ばんけんじつを伝うといってナ、小梅こうめあたりの半鐘が本所ほんじょから川を越えてこの駒形へと、順にうつって来たものとみえやす」
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
一、四季の題目中きょ(抽象的)なる者は人為的にその区域を制限するを要す。これを大にしては四季の区別の如きこれなり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
と、そのきょに乗じて、女々めめしい感情が群がり起る。わしの無表情なうつろの目から、涙ばかりが、止めどもなく流れ出した。
白髪鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しこうして露国またそのきょじょうぜんとす。その危機きき実に一髪いっぱつわざるべからず。し幕府にして戦端せんたんを開かば、その底止ていしするところいずれへんに在るべき。
だが相手はもう、そのきょに乗じてはこない。久助君は手をはなしてしまった。それでも相手は立ちなおろうとしない。そこで久助君は、ついに立ちあがった。
久助君の話 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
と云って前へ出るとみた刹那せつな、男の右手にぎらりとやいばが光り、体ごとだっと通胤へ突っかけて来た。みんな思わずあっと云った。まさにきょをつく一刀である。
城を守る者 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
心さえ急かねばはかられる訳はないが、他人にしてられぬ前にというのと、なまじ前に熟視じゅくししていて、テッキリ同じ物だと思った心のきょというものとの二ツから
骨董 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
お延は不意を打たれて退避たじろいだ。津田の前でかつて挨拶あいさつに困った事のない彼女の智恵が、どう働いて好いか分らなくなった。ただ空疎な薄笑が瞬間のきょたした。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
半ば茶化ちゃかしたような調子で答えたが、それがゆとりのある茶化し方ではなく、むしろきょをつかれて、どぎまぎした醜態しゅうたいをかくすための苦しい方便でしかなかったことは
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
四日——万朝報まんちょうほうの米調べ発表。玄米一升七三二五〇粒。△今年は倹約せんと思ふ。財嚢ざいのうのつねにきょなるは心を温めしむる現象にあらず。しょせん生活に必要なるだけの金は必要なり。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
心をきょにしてそれを直観していると、すべての人間界の異象いしょうがまず以て日月の表に現われるのだということを、まじめに信じているものがあるのですから、夜な夜な月色が紅に変ずるのを
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
一概にこれを評すれば無益の虚飾なるに似たれども、他人をして我が真実を知らしむるは甚だやすからざるが故に、先ずきょより導きてじつに入らしむる方便なりといえば、あながとがむべきにもあらず。
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
きょにしていて、実にして帰る」すなわち虚往実帰きょおうじっきということをいっていますが、他家へ御馳走ごちそうになりに行く場合でも、おなかがいっぱいだと、たとい、どんなおいしい御馳走をいただいても
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
もちろんそれらの敵は、すきさえあれば、一挙、京師をついて、軍旅の織田方を殲滅せんめつせんと、日々夜々、きょうかがっているものだった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうして味方の砲丸が眼の前へ落ちて、一度に砂煙すなけむりがるとそのきょに乗じて一間か二間ずつい上がるのですから、勢い砂煙にまじる石のために身体中きずだらけになるのです。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「若しや怪賊は、この貴賓来訪の時を待構えていたのではあるまいか。どういう手段かは分らぬ。だが、このきょに乗じて、美術館内の宝物を盗み出そうと目論んでいるのではないだろうか」
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
次郎はきょをつかれた形だった。朝倉先生はたたみかけてたずねた。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
だが、お腹をかして行けば、すなわちきょにして往けば、どんなにまずくとも、おいしくいただいて帰れるのです。空腹には決してまずいものはないのです。無所得にしてはじめて所得があるのです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
索超は、雪白せっぱくの馬上に、金色こんじきほのおを彫った大斧おおおのをひッさげ、楊志はするどい神槍しんそうを深くしごいて、とうとうと馳け巡りながらきょをさぐる。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
Kが理想と現実の間に彷徨ほうこうしてふらふらしているのを発見した私は、ただ一打ひとうちで彼を倒す事ができるだろうという点にばかり眼を着けました。そうしてすぐ彼のきょに付け込んだのです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのきょに乗じた諸戸の思い切ったやり口が、見事にこうそうした訳である。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
これは先生がいつもやるたった一つのかくし芸だったが、はじめての塾生たちの中には、きょをつかれて、思わず首をちぢめたり、「ひやッ」と叫び声をあげたりするものもあった。今夜もそうだった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
きょをついては、六波羅をなやましぬき、淀、山崎方面の赤松勢も、いぜん執拗にくいさがって、六波羅ノ守備を、ほとんど手薄にさせている。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
弱いもののきょくために用いられる腕の力が、彼女を男らしく活溌かっぱつにした。抑えられた手をね返した彼女は、もう最初の目的を忘れていた。ただ神籤箱みくじばこを継子の机の上から奪い取りたかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この出来事において、明智の方にはむべき油断があった訳ではない。ただ、賊が、警察よりも、福田氏よりも、明智小五郎よりも、十歩も二十歩も先んじて、きょいて奇功きこうそうしたに過ぎないのだ。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼の手びきで、寄手の潜兵は、峰の奥深くへ廻って、ふいに愛染宝塔のきょをつき、うしろの高城たかしろ詰城つめじろまで焼きはらった。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この一語を聞くや否や、津田はたりかしこしときょにつけ込んだ。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
むなしく援軍の到着を待つのみでなく、彼のきょみだれを衝いて、一勝を制しておくことは、大いに成都せいとの入城を早めることになろうと存じますが
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
男は彼方かなたの廃院へでも急ぐのか、ふンとまた、鼻で笑いすてて歩き出した。そのきょや狙うべしと思ったか、智深は突嗟とっさ
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と気づいて、頭のしんから体じゅうを、しーんときょにして、形はあれど、迷妄も悩悶のうもんもない、無我の影になろうとした。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
故に、呉の態勢はきょです。蜀の襲攻しゅうこうは実です。まずもって、実に全力をそそぎ、後、虚を始末すればよろしいでしょう
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
天変、兵変、火変、何か城内にきょの起る機会を待って、獄中の官兵衛を助け出せ——といいつけられたものである。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「またしても、兄者あにじゃの念入りが、敵にきょを突かせたわ。せっかく勝っていた戦をよ。三井寺はもう奪り返せまい!」
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(戦う気があるなら、使者などよこす要はない。こちらもきょをついたのだ。虚をいて出てくるのが必然——)
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただ、水をり、雲を払うような気がするのみでした。どうしても、敵の骨身に入っていなければならないと思われる太刀も、一瞬ごとに、きょまた虚です。
剣の四君子:05 小野忠明 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あなた様には、天魔が魅入みいったのでござりますか。信長公へ対していかような御憤怒、御不満、また忍び難いものがござりましょうとも、きょいて御主君を
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふもとのほうから、追々おいおいとかけあつまってきた人数をがっして、かれこれ三、四十人、やり太刀たちを押ッとって、忍剣のきょをつき、すきをねらって斬ってかかる。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そのきょにつけ入って、呂宋兵衛の一族をけちらし、勝頼公かつよりこうのお駕籠かごをうばいとる、ご計略けいりゃくでございますか」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
はッときょをうたれて飛びのいたが、これ、火遁幻惑かとんげんわく逃術とうじゅつであって、まことの剣を抜いたのではなかった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
素裸の陣です。捨身の斬込みを構えているものです。さもなくては、あのように、主将謙信の中軍に禅寺のようなきょが感じられるはずはありません。虚即実です。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
日々、確信は固まってゆくようであっても、ふと、その確信をゆるがしそうになる自分のきょが怖い。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つまり十隊二陣が鶴翼かくよくとなって敵をつつむ。そしてまたべつの二隊は舟軍として水路を行き、敵の想像もなしえぬ地点から上陸してきょをさらにくという兵略だった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つけ入るきょがあったはずだが、一刀斎の声に驚いて、感情を掻きみだされ、機を失っていたせつな、殆ど、無造作むぞうさといってよい程、自らの噴血の中に、二言ともいわず
剣の四君子:05 小野忠明 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それゆえ、きょをついて、尊氏へ迫るには、楠木方として、これ以外な手はなかったであろう。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たとえば、肝を病めば、涙多く、心をやぶれば、恟々きょうきょうとしてものに恐れ、をわずらえば、事ごとに怒りを生じやすく、肺のきょするときは憂悶ゆうもんを抱いて、これをす力を失う。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、——二度目となると、もう追いくる敵もあるまいと、強兵は前に立ち、弱兵は後となって、自然気もゆるみますから、そのきょを追えば、必ず勝つなと信じたわけであります
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜討朝がけは敵のきょいてこそかいはあるのだ。これでは堂々たる白昼戦になってしまう。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「武田の間諜、甘糟三平は、まだ伊勢境か岐阜あたりで、織田家のきょぎあるいていると思っていたが……いつのまに帰国したか。さすがは三平、おはやいことだ、めておこう」
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「では当時にも、天草乱後のきょをうかがって、徳川討伐の壮図そうとがあったのでござろう」
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)