自暴やけ)” の例文
言ふ間もなく踵を返して、今來た路を自暴やけに大胯で歸つて行く。信吾は其後姿を見送り乍ら、愍れむ樣な輕蔑した樣な笑ひを浮べた。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
だが、宮津文珠の荒侍——命知らずをすぐッて来た京極方もなかなか退かぬ。自暴やけと遺恨と衆をたのんで、新手新手を入れ代えてくる。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自暴やけでございました。家は古石場にございましたが、しじゅう江戸を離れて、旅がちでございました。交わる人もございませんでした。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
しかしその絵があまり不味まずいので、写生はかえって彼を自暴やけにするだけであった。彼は重たい足を引きってまたうちへ帰って来た。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
若し私が自暴やけな方向にゐるとすれば、純然たる痴漢の墮落状態にまで陷ちこんでゆくことでせう、つまり暴力で婦女を犯すとか
帆の世界 (旧字旧仮名) / 室生犀星(著)
自分たちの円い頭を自暴やけになって撫で廻しているけれど、その円さにおいて、とうてい慢心和尚に匹敵するものではありません。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「もっと大きい声で言え」とピーターにどなられて、自暴やけくそな顔付きで、大声に「私は卑怯者だ」と答え、それで許して貰うわけである。
ピーター・パン (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
その時、はげしく扉が明け放たれた。そして濃い空色のショウルを自暴やけに手首に巻きつけたモデルのとみ子がつと這入はいつて来た。
静物 (新字旧仮名) / 十一谷義三郎(著)
吉助ばかりではない。この辺の百姓は皆そうだ。わしは時々自暴やけになるような気がするよ。世の中の人間が皆きらいになるよ。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
看護婦は、わたし達が自暴やけになって無分別な真似でもしはしないかという心配から、成るたけわたし達に赤ん坊を抱かせないようにしました。
二人の母親 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
機関車に近い方の扉が自暴やけに鳴って、やっとそれがガラリと開くと、真赤な顔をした車掌がピストル片手に飛びこんで来た。
キド効果 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ところが虎猫は急にひどく怒り出して、折角かま猫の出した弁当も受け取らず、手をうしろに廻して、自暴やけにからだを振りながらどなりました。
ある晩、岡崎の町までいって、こっそり忠臣蔵の芝居を見て帰ってきた男が、自暴やけ酒をあおりながら村の衆に報告した。
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
銀子は一年いるうちに、いつかきらいであった酒の量も増していたが、その晩は少し自暴やけ気味にあおり、外へ出ると酔いが出て足がふらふらしていた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
阿母おふくろが死んだあとで、段々馬場も寂れて、一斉いっときに二ひき斃死おちた馬を売って、自暴やけ酒を飲んだのが、もう飲仕舞で。米も買えなくなる、かゆも薄くなる。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「もう今になつてそんなに考へたところで始まらない——何かして遊ばうや。」と道夫は自暴やけに似た口吻で口走つた。
喜びと悲しみの熱涙 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
彼は自暴やけになったように、罪もない馬を残酷に引っぱたくと、おどろいた馬は彼を刎ね落としそうにおどって狂って、京の方角へまっしぐらに駈け出した。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
五百部限定出版なぞということになると、どうせ自暴やけだから豪華版で行く。口銭こうせんを稼ぐくらいでは追っつかない。
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
自暴やけを起し、或夜ひそか有金ありがね偸出ぬすみだして東京へ出奔すると、続いて二人程其真似をする者が出たので、同じ様な息子を持った諸方の親々おやおやの大恐慌となった。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
コワリョーフはハンカチを顔にあてたまま、馬車に乗りこむと、自暴やけくそな声で「さあ、やれ!」と呶鳴った。
(新字新仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
魯の楽長は、式場から自分の控室に帰ると、少し自暴やけ気味に、窮屈な式服を脱ぎすてて、椅子によりかかった。
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
そのため富五郎は悉皆すっかり気を落としてしまい、気の狭い話だが、自暴やけを起して、商売の方は打っちゃらかして
今夜の彼女はよほどどうかしています、大胆な態度といい、上ずッた調子といいまるで自暴やけなんですからね。それをまた京都が執拗しつこく追い廻しているんです。
耳香水 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
ところが、旦那、エメーリャは二週間ばかりというもの、酒の気が絶えることがありませんでした。つまり、自暴やけくそになって、酒浸りになったというわけです。
子爵家を飛び出す為に、わざと無茶をやったのか、そうでなかったら、子爵家のやり方が悪いので、一時的に自暴やけ見たいになったのか、どっちかやろうと思います。
そして、「俺は金が欲しいから作曲する。食わなきゃならないからな」と自暴やけなことを言ったりした。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
もちろんライデンにはそのふだはないので、むしろ自暴やけ気味だったのでしょう、もし、おれが持っているんだったら、心臓をえぐり抜いてみせる——と云ったそうなのです。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
御当人のお代さんはほとん自暴やけの気味で大原君が婚礼を承諾せんければ発狂もし兼ねまじき有様ありさまだし、叔父も叔母も大原君の母親も手詰てづめの談判で大原君の決心を促すし
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
オイ飯を食わしてくれろッてえんで帰っての今朝けさ自暴やけ一杯いっぺえ引掛ひっかけようと云やあ、大方男児おとこは外へも出るに風帯ふうてえが無くっちゃあと云うところからのことでもあろうが
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
それが、いきなり自暴やけにそこここ洗い出した。石鹸しゃぼんの泡が盛大に飛散する——と思っていると、ざぶっとつかってたちまち湯船を出た。からすの行水みたいに早いおぶうである。
「オイ、自暴やけに寒いと思つたら其筈だ。雪だぜ。」と一人のくはの様なものを担いだ男が云つた。「此土地に歳暮くれの中に雪が降るなんて、陽気の奴、気が違ひやがつたな。」
流石さすが親方のお出入先ではあるし、自分がたゝき大工であるから、とても遂げらるゝ恋でないと諦めても煩悩ぼんのうはます/\乱れてまいり、えゝという自暴やけのやん八と二人づれで
兼太郎はエエままよ今日はいっそ寝坊ついでに寝て暮らせと自暴やけな気にもなるのであった。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
日も暮よ、夜も来よと自暴やけの気味であるが私もかなり疲れて居るから励ます言葉も出ない。只どうにかして例の丈なす草にうずもれた峻坂しゅんはんを下る間だけなりと、暗黒まっくらにしたくない。
武甲山に登る (新字新仮名) / 河井酔茗(著)
洋画家はそれをかうとして、幾度か刷毛はけを取り直してゐたが、うしても思ふやうにけないので、自暴やけを起したらしく、すつとち上つたと思ふと、いきなり駈け寄つて
弁士の声や華やかな映画や広間にぎっしりつまってる看客などから、変に気圧けおされる心地がして仕方なかった。馬鹿馬鹿しいと思う心の下から、自暴やけぎみの反抗心が湧いてきた。
神棚 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
ただ非風君ほど自暴やけではなかった。非風君の方が居士より三、四年後に発病したらしかったがその自暴のために非風君の方が先に死んだ。居士は自暴を起すような人ではなかった。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
先生何が何やら解らなくなって了った。其所そこかんは益々起る、自暴やけにはなる、酒量は急に増す、気は益々狂う、まことに言うも気の毒な浅ましい有様となられたのである、と拙者は信ずる。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
思ふ存分我儘わがままを働いてらうかなどとも迷つたりネ、自暴やけになつて腹ばかり立つて、仕様しやうも模様も無かつたのですよ、スルと湖月の御座敷で始めて此家こちらの先生様にお目に掛りましてネ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
と自分の洋行せしは、親よりいて従妹なる者と結婚せしめられ、初めより一毫いちごうの愛とてもなきものを、さりとは押し付けの至りなるが腹立たしく、自暴やけより思い付ける遊学なりき。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
その心の底には何となく自暴やけの氣分が浮いてきた。唯義男の強ひるだけのものを書き上げて、さうしてそれを義男の前に投げ付けてやりさへすれば好いんだといふ樣な自暴な氣分だつた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
自暴やけのように陸湯おかゆを浴びた彼は、眼をぎょろりと光らせたまま板の間へ上って行って籠の中から着たきり雀の浴衣を振って引っ掛けると、蠅の浮いている河鹿かじかの水磐を横眼で白眼みながら
助五郎余罪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
それからすつかり自暴やけになつて、村にゐて威張つてゐたのが急に威張れなくなるのが辛いと言つて、東京に来て、然るべき妾でもさがして、一為事始めたいとその時分言つてゐた男だが……
田舎からの手紙 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
いたるところの地面をひきめくり裏返しもみほぐし、き分けたりいだりのぞいたり探ったりというありさまだった、もちろんその片手間の自暴やけ呑みや歌ったり暴れたりも怠たりはなかったが
「こうなったら、もう自暴やけだ。今度は逆に、無駄なことばかりしてやろう」
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
妻は此の哀愁かなしみをどうなとしてくれと云った様な、いっそ自暴やけ半分の乱調子で、いやいや、私は死なないわ、死なない、死なない、だって……だって一緒に逃げれば、死ななくても済むんですもの
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
うせ自暴やけだよ……
虚弱 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
ザクザクと融けた雪が上面うはつつらだけ凍りかかつて、おびただしく歩き悪い街路を、野村は寒さも知らぬ如く、自暴やけ昂奮たかぶつた調子で歩き出した。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
あんな目にって、ほうほうのていでわが家へ逃げ込んで来たのだから、目がさめるや否や、癇癪玉かんしゃくだまが勃発し、自暴やけがこみ上げて
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
内蔵くらさん。……どうしたのさ。内蔵さんてば。……弱いくせに、飲めもしないお酒を、自暴やけに飲むんだから、困った人ねえ』
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)