膝下しっか)” の例文
せめてはめいの迎え(手放し置きて、それと聞かさば不慮の事の起こりもやせん、とにかく膝下しっかに呼び取って、と中将はおもんばかれるなり)
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
といって、さすがの少年が目に暗涙をたたえて、膝下しっかに、うつぎの花にうずもれてうずくまる清いはだえと、美しい黒髪とが、わななくのを見た。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼は十月七日その父兄に書を贈り、「いずれ日月いまだ地に墜ちず候えば、膝下しっかに侍し天下の奇談申上げ候日これ有るべし」といえり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
此の時河内介に取っては、父の膝下しっかへ戻るうれしさもさることながら、桔梗ききょうかたとの別離の悲しみも当分はいやし難い痛手いたでであった。
聚楽第じゅらくだい行幸で、天下の群雄を膝下しっか叩頭こうとうさせて気をよくして居た時でも、秀吉の頭を去らなかったのは此の関東経営であろう。
小田原陣 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
その上で荒熊の如き武道者が、乙女の如き美少年を、無残にも膝下しっかに組敷いているのは、いずれ尋常の出来事と見えなかった。
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
といった論法で、面喰っている筆者の手を引いて中庄の翁の処を訪うて、翁の膝下しっかに引据えて、サッサと入門させてしまった。
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
膝下しっか奉仕ほうじすることとなすべきなど語り聞えて東京に帰り、ず愛児の健やかなる顔を見て、始めて十数日来のさをはらしぬ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
いいや、わしは何も仕官は望んでいないが、新将軍の膝下しっかとなり、新しく天下へ政道をく中心地ともなることだから、見学を
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
はじめて両親の膝下しっかを離れるというので、出発の際などは両親を始めとして、親類の者が十名ばかり、別れを惜しんで、私を首里まで送った。
私の子供時分 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
この時保と脩とは再び東京にあって母の膝下しっかに侍することを得たが、独り矢島ゆたかのみは母の到著するを待つことが出来ずに北海道へ旅立った。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
このころの先生にひきつけられて先生の膝下しっかに慕い寄ったお弟子にはやはりそれだけの特徴がありはしないかと思われる。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その狷介不羈けんかいふきな魂と、傲岸不屈ごうがんふくつな態度は、時には全ウィーン人を敵としながら、全世界の人を膝下しっかひざまずかしめたのである。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
Druerie と呼ぶ。武夫もののふが君の前に額付ぬかずいてかわらじと誓う如く男、女の膝下しっかひざまずき手を合せて女の手の間に置く。女かたの如く愛の式を
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それをしたら、即座そくざに彼女の魅力の膝下しっかに踏まえられて、せっかく、固持して来た覚悟を苦もなくさらって行かれそうな予感が彼を警戒さしたのであろう。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
いつまでもいつまでも先生の膝下しっかにお導きを承りたく願っていたわたしではありましたが、悪戯いたずら好きな運命の神さまはつらい永久の別れを命ずるのでございます。
錯覚の拷問室 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
けん一は、老先生ろうせんせいのお言葉ことばをありがたくおもいました。そして、この温情深おんじょうぶか先生せんせい膝下しっかから、とおはなれるのを、こころのうちで、どんなにさびしくおもったかしれません。
空晴れて (新字新仮名) / 小川未明(著)
勿論其の当時にあっては予も総べての希望を諦め老親の膝下しっか稼穡かしょくを事とする外なしと思ったが、末子たる予は手許に居るというても、近くに分家でもすれば兎に角
家庭小言 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
資性穎慧えいけい温和、孝心深くましまして、父君の病みたまえる間、三歳にわたりて昼夜膝下しっかを離れたまわず、かくれさせたもうに及びては、思慕の情、悲哀の涙、絶ゆる間もなくて
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その弟子や子分の思い遣りのない我儘わがままな仕打に腹を立てて一々それに愛想をつかしていた日には一人は愚か半人の弟子もその膝下しっかに引きつけておくことは出来ないのである。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
コーブは折りかさなって富士男を膝下しっかにしき、懐剣かいけんをいなづまのごとくふりかぶった。瞬間! ドノバンは石のつぶてのごとく、からだをもってコーブのからだにころげこんだ。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
甚だのんきなもののようだが、首都日本橋に面影をとどめた、三百年封建制度の膝下しっかにあった市民の末期と、新しく萌上もえあがる力との、間に生きたある層の、ありのままの風俗である。
ほとんどうようにして栃木県の生家にたどりつき、それから三箇月間も、父母の膝下しっかでただぼんやり癈人はいじんみたいな生活をして、そのうちに東京の、学生時代からの文学の友だちで
女類 (新字新仮名) / 太宰治(著)
加うるにすこぶる放任主義であったらしい父親の膝下しっかにおける早期の濫読らんどくがあった。
然りとすれば竹渓はわずかに十歳の時四十六歳になる父幽林の膝下しっかを去ったわけである。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
現代においては、このように家族制度を超越して、父母の膝下しっかを辞し、兄弟相別れて、各自の欲する所におもむいて活動するのが、かえって順当に孝悌忠信の実を挙げる結果になっています。
激動の中を行く (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
名画墨跡を膝下しっかひらくも、名器を目前にならぶるも、道具屋一流の囚われた見方以外には一歩も前進してはくれない。俗欲を身につけることほど美の探求、真理の探求を邪魔するものはない。
現代茶人批判 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
細き声またいわく、「自然の法則とは神の意なり。いかずちは彼の声にして嵐は彼の口笛なり、然り、死もまた彼の天使にして彼が彼の愛するものを彼の膝下しっかに呼ばんとする時つかわし賜う救使きゅうしなり」
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
その日からこのミカン箱を枕もとに置いて深夜に目ざめてはミカン箱をかきまわして旧作を耽読たんどくし、朝々の目ざめには朗々と朗読する、酔っ払えば女房を膝下しっかにまねいて身振り面白く又もや朗読
オモチャ箱 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
七兵衛も進んで主人の急を救おうとすると、最初はじめの小さい男が這って来て七兵衛の足をすくった。彼は倒れながらに敵の腕を取って、一旦は膝下しっか捻伏ねじふせたが、なりに似合わぬ強い奴でたちまち又跳返はねかえした。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
腕白わんぱくは家中にも多い。けれど父母がありながら父母の膝下しっかを遠く離れて、他国の質子となっている子は、その仲間では松千代ひとりであった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それゆえ私は、彼女の膝下しっかにいた時よりも遠く離れてしまった時に、一層強く、彼女の慈愛のいかに深いかを感じたものです。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
妾は親の膝下しっかにありて厳重なる教育を受けし事とて、かかる親しみと愛とを以て遇せらるるごとに、親よりもなおなつかしとの念を禁ぜざるなりき。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
武男もさすがに老いたる母の膝下しっかさびしかるべきを思いては、かの時の過言を謝して、その健康を祈る由書き送りぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
独創力のない学生が、独創力のある先生の膝下しっかで仕事をしているときは仕事がおもしろいように平滑に進行する。
空想日録 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
不孝の子は、ただ慈父これをあわれみ、不弟の弟は、ただ友兄これをゆるす。定省ていせい怡々いい膝下しっかの歓をつくあたわず。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
又その子のIも、父親は誰だかわからないまま無事に母親の膝下しっかで育っているとすれば、格別の事情がない限り、Mの計劃通りに母方の姓を名乗っている筈である。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
あなたは父母ふぼ膝下しっかを離れると共に、すぐ天真の姿をきずつけられます。あなたは私よりも可哀相かわいそうです
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それから河東君は同郷の先輩で文学に志しつつある人に正岡子規なる俊才があって、彼は既に文通を試みつつあるという事を話したので、余も同君を介して一書を膝下しっかに呈した。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
「お祖父様は、この忠直を見損のうておわしたのじゃ。御本陣に見参してなんと仰せられるかきこう」と、思いつくと、忠直卿は岡山口へ本陣を進めていた家康の膝下しっかに急いだのである。
忠直卿行状記 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
琉球処分は実に迷児を父母の膝下しっかに連れて帰ったようなものであります。
琉球史の趨勢 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
しかりしのち、いまだかつて許されざりし里帰さとがえりを許されて、お通は実家に帰りしが、母の膝下しっかきたるとともに、張詰めし気のゆるみけむ、かれはあどけなきものとなりて、泣くも笑うも嬰児あかごのごとく
琵琶伝 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それへ助勢に向おうとして、金吾は一人の敵を膝下しっかにおさえながら、口と片手で脇差の下緒さげおを解いて、この邪魔者をくくりつけて置こうとします。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
余はいささかこれをもってなんじの老境をし、なんじの笑顔を開くの着歩なりと信ず。ゆえに余は謹んでこの冊子を余が愛しかつ敬する双親そうしん膝下しっかに献ず。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
尊貴の膝下しっかにひざまずいて引き下がって来てから、老妻に、「どうも少しひざまずき方が間違ったようだよ」
映画雑感(Ⅳ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
巴里パリーに隠れておられる父君ウラジミル大公……仮名ルセル伯爵の膝下しっかに帰って日本名をかたどったユリエ嬢と名乗り仏蘭西の舞踏と、刺繍と、お料理の稽古を初められた。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その時代には発作の起るたびに、神の前におのれを懺悔ざんげする人の誠を以て、彼は細君の膝下しっかひざまずいた。彼はそれを夫として最も親切でまた最も高尚な処置と信じていた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
乳人の膝下しっかを離れて一人立ちするようになり、何事も自分で判断して処理する年齢に達したが、そうなってからはいよ/\乳人の云った言葉が本当であったことが分って
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ただこのままになが膝下しっかせしめ給え、学校より得る収入はことごとく食費としてささまいらせいささ困厄こんやくの万一を補わんと、心より申しでけるに、父母も動かしがたしと見てか
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
新羅しんら三郎以来の名族、また余りに宇内うだい耀かがやきすぎた信玄の名にたいしても、勝頼たるものが甘んじて今さら、信長の膝下しっかに、降を乞えるものではない。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)