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聚楽第
ふりがな文庫
“聚楽第”のいろいろな読み方と例文
読み方
割合
じゅらくだい
83.3%
じゆらくだい
16.7%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
じゅらくだい
(逆引き)
聚楽第
(
じゅらくだい
)
行幸で、天下の群雄を
膝下
(
しっか
)
に
叩頭
(
こうとう
)
させて気をよくして居た時でも、秀吉の頭を去らなかったのは此の関東経営であろう。
小田原陣
(新字新仮名)
/
菊池寛
(著)
「これはこれは何を
有仰
(
おっしゃ
)
るやら、
聚楽第
(
じゅらくだい
)
のお侍でありながら、聚楽第の掟をご存知ないそうな。この密房は男禁制、開けることではござりませぬよ」
血ぬられた懐刀
(新字新仮名)
/
国枝史郎
(著)
聚楽第(じゅらくだい)の例文をもっと
(5作品)
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じゆらくだい
(逆引き)
秀吉は、
聚楽第
(
じゆらくだい
)
の造営や大仏殿の建立、大坂、伏見の築城、朝鮮出兵と、
華美
(
はで
)
好きに任せて莫大な費用を使つたやうに見えてゐて、少しも金には困らなかつた。
二千六百年史抄
(新字旧仮名)
/
菊池寛
(著)
しかし、皇室に対する態度では、秀吉が一番よい。
聚楽第
(
じゆらくだい
)
に
後陽成
(
ごやうぜい
)
天皇の行幸を迎へ奉つたことは、どんなに皇室の貴むべきかを当時の天下に知らしめたか分らない。
二千六百年史抄
(新字旧仮名)
/
菊池寛
(著)
聚楽第(じゆらくだい)の例文をもっと
(1作品)
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“聚楽第”の解説
聚楽台
聚楽第(じゅらくてい、じゅらくだい)は、安土桃山時代、豊臣秀吉が「内野(うちの)」(平安京大内裏跡、現在の京都市上京区)に建てた政庁・邸宅・城郭。竣工後8年で取り壊されたため、不明な点が多い。前野長康が造営奉行を務めた。
(出典:Wikipedia)
聚
漢検1級
部首:⽿
14画
楽
常用漢字
小2
部首:⽊
13画
第
常用漢字
小3
部首:⽵
11画
“聚楽”で始まる語句
聚楽
聚楽館
聚楽邸
聚楽風
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聚楽
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国枝史郎
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