はづ)” の例文
急いで本を押しこむと、ふたをしようとしたが、はづすとき難儀をしたふたは、はめるにも難儀だつた。慌てるとよけいはまらない。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
プツゼル婆あさんは黒い大外套の襟に附いてゐる、真鍮のホオクをはづした。そして嚢の中から目金入と編みさしの沓足袋くつたびとを取り出した。
そして、冬服の上着のホックを叮嚀にはづして、山樺の枝を手頃に切つた杖を持つて外に出た。六月末の或日の午後でである。
葉書 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
書生は其儘そのまゝ引きさがる。杉村博士は主人の部屋にはいつて、坐りもせずに、右の手ではづした鼻目金をいぢりながら、そこいらを見廻してかう云つた。
魔睡 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
さう思ひながら、信一郎は死者の右の手首から、恐る恐る時計をはづして見た。時計も、それを腕に捲く腕輪も、銀か白銅ニッケルらしい金属で出来てゐた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
この男は、私がさつきから時々調子をはづして、思はず演説口調に走つてしまふ度に、堪らない/\! と一番鋭く疳癪の舌を鳴してゐた無頼漢であつた。
歌へる日まで (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
「あゝ、いとも、」といつて向直むきなほつて、おしな掻潛かいくゞつてたすきはづした。なゝめに袈裟けさになつて結目むすびめがすらりとさがる。
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
家来は自動車の明りを付けるものをはづして、その跡へ、花の一ぱい咲いてゐる薔薇の枝を三本插した。
薔薇 (新字旧仮名) / グスターフ・ウィード(著)
薄き汗衫じゆばん一枚、鞣革なめしがははかま一つなるが、その袴さへ、控鈕ボタンはづれて膝のあたりに垂れかゝりたるを、心ともせずや、「キタルラ」のいと、おもしろげに掻き鳴して坐したり。
おくみは紙面の写真や、その日の九星なぞを見てゐたが、思ひ出して新聞を畳んで、座敷の押入へ行つて、青木さんの枕のおほひが大分汚れてゐるのをはづして井戸ばたへ持つて行つた。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
わざとらしくはづした黒い金縁眼鏡きんぶちめがねくもりをきはじめた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
左様さうでやすよ。』と下女はたすきはづし乍ら挨拶した。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
そして、冬服の上着のホツクを叮嚀ていねいはづして、山樺の枝を手頃に切つた杖を持つて外に出た。六月末の或日の午後である。
葉書 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
栄蔵は本箱のふたをはづした。いつか見た通り、一ぱい本がつまつてゐる。栄蔵は嬉しさに、咽喉のどがつまるやうな気がした。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
彼は、恰で酒にでも酔つてゐるかのやうに常規をはづれた声の調子だつた。「それあ、お前、誰だと思ふ、いや、誰が、此処で、これを眺めてゐたと思ふ?」
南風譜 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
夜なか近くなつた時、プツゼル婆あさんが編物を片附けて、目金をはづして、卓の上に置いて、腕組をして、暫く炉の火を見詰めてゐた。それから襁褓むつきの支度をした。
此人丈は軍刀を弔つて来て、見物する間もくわんだけはづして、傍に引き附けてをられる。これがひどく荒川の気に入つた。荒川は甲越の戦争の頃の武辺ぶへん話を聞いたことがある。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
うさぎをどつて、仰向あふむけざまにひるがへし、妖気えうきめて朦朧まうろうとしたつきあかりに、前足まへあしあひだはだはさまつたとおもふと、きぬはづして掻取かいとりながら下腹したばらくゞつてよこけてた。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
室内へやぬちには一小卓を安んじ、上に十字架を立てたるが、ともしびをばその前に點せるなり。二人の小娘はきぬはづして、白き汗衫はだぎゆるやかに身にまとひ、卓の下に跪きて讚美歌を歌へり。
あ之で目が覚めたのだなと思つて、お定は直ぐ起き上つて、こつそりと格子をはづした。丑之助が身軽に入つて了つた。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
つい彼が機会をはづして二人は、もう三日もF村へ帰り損つてゐた。彼だけは医院へも行き損つてゐた。
F村での春 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
少年の群はながえにすがりて馬をはづしたり。こは自ら車をかんとてなりき。アヌンチヤタは聲をふるはせてこれを制せんとしつれど、その聲は萬人のその名を呼べるに打ち消されぬ。
なまぬるいかぜのやうな気勢けはひがするとおもふと、ひだりかたから片膚かたはだいたが、みぎはづして、まへまはし、ふくらんだむねのあたりで単衣ひとへまろげてち、かすみまとはぬ姿すがたになつた。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
竹藪の奥のつめまで来た。ここからは障子をはづしてある八畳の間が見える。ランプの光は、裏の畠のさかひになつてゐる、臭橘からたちの垣を照して、くもに溜まつた雨のしづくがぴかぴかと光つてゐる。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
櫺子れんじの外にコツコツと格子を叩く音がする。あ之で目が覺めたのだなと思つて、お定は直ぐ起上つて、こつそりと格子をはづした。丑之助が身輕みがるに入つて了つた。
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
客のAは、腰からはづした金貨の袋を食卓の上に投げ出して空うそぶいた。
山彦の街 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
小川家の離室はなれには、畫家の吉野と信吾とが相對してゐる。吉野は三十分許り前に盛岡から歸つて來た所で、上衣を脱ぎ、白綾の夏襯衣ちよつきの、その鈕まではづして、胡座あぐらをかいた。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
小川家の離室はなれには、画家の吉野と信吾とが相対してゐる。吉野は三十分許り前に盛岡から帰つて来た所で、上衣を脱ぎ、白綾の夏直衣ちよつきの、そのボタンまではづして、胡坐あぐらをかいた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
屋根が低くて廣く見える街路には、西並の家の影がまばらな鋸の齒の樣に落ちて、處々に馬をはづした荷馬車が片寄せてある。鷄が幾群も、其下に出つ入りつ、こぼれた米を土埃の中に漁つてゐた。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
一同みんなもそれに和した。沼田は片肌を脱ぎ、森川は立襟の洋服のボタンはづして風を入れ乍ら、乾き掛つた白粉で皮膚かは痙攣ひきつる様なのを気にして、顔を妙にモグ/\さしたので、一同みんなまた笑つた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
インバネスを着て、薄鼠色の中折を左の手に持つて、いなごの如くしやがんで居る男と、大分埃を吸つた古洋服の鈕を皆はづして、蟇の如く胡坐あぐらをかいた男とは、少し間を隔てて、共に海に向つて居る。
漂泊 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
インバネスを着て、薄鼠色の中折を左の手に持ツて、ばつたの如くしやがんで居る男と、大分埃を吸ツた古洋服の釦は皆はづして、ひきの如く胡坐あぐらをかいた男とは、少し間を隔てて、共に海に向ツて居る。
漂泊 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
其の笑ひ声を聞くと多吉は何かあてはづれたやうに思つた。そして女を見た。
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
屋根が低くて広く見える街路みちには、西並にしなみの家の影が疎な鋸の歯の様に落ちて、処々に馬をはづした荷馬車が片寄せてある。にはとり幾群いくむれも幾群も、其下に出つ入りつこぼれた米を土埃ほこりの中にあさつてゐた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)