老舗しにせ)” の例文
旧字:老舖
「それじゃ困りますよ。先方は新店だから勉強を看板にするにきまっています。此方は老舗しにせだから、今更勉強なんかしたくありません」
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
この須賀口の古駅に織田家や斯波しば家などの領主よりも以前から住んでいる酒商さかあきないの老舗しにせから転化して、茶屋になったものというから
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
明治時代には煉瓦の銀座でも暖簾の店が多く、日本橋通りや大伝馬町、堀留あたりの大店始め、市中の商店は紺の暖簾に老舗しにせを誇った。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
柏墨の「丸八」は大伝馬おおでんま町三丁目の老舗しにせで、立派な土蔵造どぞうつくりの店だった。紀文に張りあった奈良奈のうちだのなんのときいていた。
下谷長者町に、筆屋幸兵衛という、筆紙商ふでかみしょう老舗しにせがある。千代田城のお書役かきやく御書院番部屋に筆紙墨類を入れている、名代の大店おおだなだ。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
例の江戸時代の本の絵に出ているあの大きな四角な招牌(?)がいかにも権威ある老舗しにせらしくそこに出されてあったものだった。
日本橋附近 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
だがこの神楽坂では、これといって他に誇るべき特色を持った生え抜きの著名な老舗しにせとか大商店とかいうものがほとんどないようだ。
早稲田神楽坂 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
大学の構内を通り抜けて、赤門あかもんを出て左へ曲って、本郷の通りへ行きますと、三丁目の角に兼康かねやすという小間物こまもの老舗しにせがあります。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
おかみさんはこれからじゃありませんか、三代も続いたまさという、立派な老舗しにせのごしんぞさんになるんですもの、これまでどんな苦労を
ひとでなし (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
糸屋でこそあれ辻屋は土地の旧家で身代もなかなかしっかりしたもの、普通の糸屋とちがって、よろいおどしの糸、下緒さげおなど専門にして老舗しにせであった。
もとより銅器も鉄器も、色々に出来ます。竜文堂の如き鉄瓶や釜で名を得た老舗しにせもあります。煙管きせるの如きも京出来を誇ります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
市場を出た処の、乾物屋と思う軒に、真紅まっかな蕃椒が夥多おびただしい。……新開ながら老舗しにせと見える。わかめ、あらめ、ひじきなど、いその香もぷんとした。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
全く、西洋においても、十五世紀以来、多少の変化はあったとしても大局から見て絵画は立派な老舗しにせの下敷となって退屈を極め出したのである。
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
この方は、高松屋たかまつやという、町では相当に老舗しにせた、お菓子屋の息子さんでございまして、親の跡をつぐために、お店で働いていられたのでございます。
いわんや俺が革命前から、この巴里パリー老舗しにせの質屋をやっている、めかけを三人も置いている事なぞ誰が知っていよう。アッハッハッハッ。馬鹿な人類ども……
書けない探偵小説 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
関口屋はここらの老舗しにせで、ほかに地所家作かさくも持っていて、小僧二人のほかに若い者三人、女中三人の暮らしである。
半七捕物帳:55 かむろ蛇 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
代を譲ったせがれが店を三越まがいにするのに不平である老舗しにせの隠居もあれば、横町の師匠の所へ友達が清元の稽古けいこに往くのを憤慨している若い衆もある。
余興 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
今までこそ、呉服は津村に限るとまで云われて、町随一の老舗しにせで通って来たものが、このごろではうちにすっかり蹴落されて、目に見えて落ちて行く。
禰宜様宮田 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
本家は風流に隠れてしまったが、分家は今でも馬喰町に繁昌している。地震の火事で丸焼けとなったが、再興して依然町内の老舗しにせ暖簾のれんといわれおる。
ともかくも夕日屋といえば、町内でも一流の老舗しにせであるのが、こういう卑劣な商売の仕方をするようになったのは、つまり番頭に人物がいないからだ。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
欅の大きなひさし看板に釣鈎つりばり河豚ふぐを面白い図柄に彫りつけてあるので、ひとくちに、神田の小河豚屋しおさいやで通る老舗しにせ
顎十郎捕物帳:04 鎌いたち (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
そこから表通りの要屋——海道筋の老舗しにせで、代々質両替をやっている店までは、ほんの一と走りだったのです。
のれんを誇った料理の老舗しにせも「ふぐは扱いません」などとは言っておられず、我も我もとふぐ料理の看板を上げつつあるのが今日この頃の料理屋風景である。
河豚のこと (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
つけていようがいまいが気にも止めないような様子で、さっさと通りを急ぎながら、やがて目ざしていったところは、そこの京橋ぎわの老舗しにせらしいひと構えでした。
珠太郎は名古屋という退嬰的の都会の、老舗しにせの丸田屋の箱入り息子なので、初心うぶで純情で信じ易かった。お小夜の性質はそれとは異って、計画的のところがあった。
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
大鳥時計店というのは、中央区の一角に高い時計塔をもつ、東京でも一—二をあらそう老舗しにせです。
少年探偵団 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
なんだ、たかが七、八十両の借金で、先代からのこの老舗しにせをつぶすなんて法は無い。ことしの暮は万事わしたちが引受けますから、もう一度、まあ、ねばってみなさい。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
老舗しにせ日除ひよけは、ほこりを払い、ペンキの禿げた喫茶店はせっせとお化粧をする——若い青年たちは、又、近く来るであろう別荘のお嬢さんに、その厚い胸板を膨らますのである。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
安南漆あんなんうるしといふものは、壺漆つぼうるしと云はれて、品質も粗悪で、価格も低廉ていれんであつたので、漆商の老舗しにせでは、安南漆を敬遠してゐた傾向があつたものだが、戦時中は日本でも品不足で
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
好まぬ酒も家業なれば是非もなく呑過して腹いたむる折々日本橋通一丁目反魂丹はんごんたん売る老舗しにせ(その名失念したり)に人をつかわして矢筈草あがなはせ土瓶どびんせんじて茶の代りに呑みゐたりき。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
長造は昔ながらの花川戸に、老舗しにせを張っていた。長男の黄一郎は、思う仔細しさいがあって、東京一の盛り場と云われる新宿を、すこし郊外に行ったところに店を作っていたのだった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
懐中ポケットを探って煙草に火を点けて、勢いよく角家かどの「貸家老舗しにせ案内社」と染抜いた暖簾のれんを潜った、そして特別料金を払って、仔細に一枚々々綴込帳を調べた上二十分も経ってから
誘拐者 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
と申しますのは、中京辺りの大だなでは、どこの店でも家宝とする立派な屏風を、祇園祭りの間中店に飾ります。代々つづいている大きな老舗しにせでは、誠に立派な屏風を持っております。
お六櫛などをひさいでゐる老舗しにせなどのある、古い家並みの間をいいかげん歩いて、殆どもうその宿を出はづれようとしたとき、一軒、それを見るなり矢張あつたな、とおもつたやうな
炉辺 (新字旧仮名) / 堀辰雄(著)
お作のうちは、その町のかなり大きな荒物屋であった。なべおけ、瀬戸物、シャボン、塵紙ちりがみ草履ぞうりといった物をコテコテとならべて、老舗しにせと見えて、くろずんだ太い柱がツルツルと光っていた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ある老舗しにせがあったのを、あの男と、力を合せ、あきないの競り合いに、競りまかして、のれんを下ろさせたのだが、そんなことは、商人道のつね——罪も、とがもあろうはずがないのじゃ
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
斯う噂をして居たが、和上に帰依きえして居る信者しんじやなかに、きやう室町錦小路むろまちにしきのこうぢ老舗しにせの呉服屋夫婦がたいした法義者はふぎしやで、十七に成る容色きりやうの好い姉娘あねむすめ是非ぜひ道珍和上どうちんわじやう奥方おくがた差上さしあいと言出いひだした。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
やまきたの濃染手拭、酒の名の「うしほ」の盃、引出よと祝ふとわけて、我が老舗しにせ酒はよろしと、あらの桝酒にみがくと、春や春、造酒みき造酒みきよと、酒はかり、朱塗の樽のだぶすぬき、神もきかせとたがたたき
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
北国寄りのF——町の表通りに、さまで大きくはないがしっかりした呉服店ごふくてん老舗しにせがあった。おらんというむすめがあった。四郎はこの娘が好きでF——町へ来ると、きっとこの呉服店へ立寄った。
みちのく (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ところが末起にとってみれば生みの父親であるところの、さいしょの養子は間もなく死に、二度目の、いまの謙吉は事業慾がつよく、連綿とした、老舗しにせを畳んでセロハン会社などをやっていた。
方子と末起 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そうして、そのうちに本家の老舗しにせの日本人がこのアメリカ語に翻訳された「俳諧」の逆輸入をいかなる形式においてしおおせるであろうかを観望するのは、さらにより多く興味の深いことである。
映画雑感(Ⅶ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その菓子屋かしやというのは、まちでの老舗しにせでありましたから、女房にょうぼうよろこんで
生きている看板 (新字新仮名) / 小川未明(著)
堺筋から西へ一丁程這入はいった道修町通りの北側に、土蔵造りの昔風な老舗しにせが多く並んでいる中で、それ一軒だけ近代風な鉄筋コンクリートの建物であるのが直ぐ眼に付いたが、奥から出て来た橋寺は
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
固物かたぶつ老舗しにせの息子にしちゃ、やるじゃない? なかなか」
一人ぼっちのプレゼント (新字新仮名) / 山川方夫(著)
横山町一丁目の出雲いずも万治郎まんじろう以下この道の老舗しにせがある。
武鑑譜 (新字新仮名) / 服部之総(著)
老舗しにせを誇るあるじにて
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
本格の老舗しにせも、そこらの新店も、かみ分けるほどの好者は寥々、随って場違いの代物でも苦情なしに召上がるので繁昌はなにより。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
で、すぐ手を廻してみたところ、奈良井の大蔵一家は、とうに宿場の老舗しにせをたたんで、上方の方へ引移り、その行き先は知る者がない。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「家蔵取られた仇敵におうみや」の近江屋は、権現様と一緒に近江の国から東下して十三代、亀島町に伝わるれっきとした生薬きぐすり老舗しにせである。
その隣りちょうに菊一という小間物屋があって、麹町の大通りの菊一と共に、下町したまちでは有名な老舗しにせとして知られていた。
半七捕物帳:28 雪達磨 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)