くれな)” の例文
黒塗くろぬりのランドーのおおいを、秋の日の暖かきに、払い退けた、中には絹帽シルクハットが一つ、美しいくれないの日傘ひがさが一つ見えながら、両人の前を通り過ぎる。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
初鮏は光り銀のごとくにしてすこしあをみあり、にくの色べにをぬりたるがごとし。仲冬の頃にいたればまだらさびいで、にくくれなうすし。あぢもやゝおとれり。
うすらぐべきよしもなくて、をうみ梅實うめおつおともそゞろさびしき幾日いくひ、をぐらきまどのあけくれに、をちかへりなく山時鳥やまほとゝぎすの、からくれなゐにはふりでねど
五月雨 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
その声を我が恋人の声と思ふて聴く時に、恋人の姿は我前にあり、一笑して我を悩殺する昔日せきじつの色香は見えず、愁涙の蒼頬さうけふに流れて、くれな闌干らんかんたるを見るのみ。
我牢獄 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
つかんで息絶いきたへたりお光はほつと長息といき夜具やぐかい退のけてよく/\見れば全く息は絶果たえはてて四邊は血汐ちしほのからくれなゐ見るもいぶせき景状ありさまなり不題こゝに大藤おほふぢ左衞門は娘が出しをすこしも知ずふしてを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
温厚なる二重瞼ふたえまぶたと先が少々逆戻りをして根に近づいている鼻とあくまでくれないに健全なる顔色とそして自由自在に運動をほしいままにしている舌と
倫敦消息 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いひさしておりきあふいづなみだがたければくれなひの手巾はんけちかほに押當おしあて其端そのはしひしめつゝものいはぬこと小半時こはんときにはものおともなくさけしたひてりくるのうなりごゑのみたかきこえぬ。
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
くれないは眼のふちを薄く染めて、うるおった眼睫まつげの奥から、人の世を夢の底に吸い込むような光りを中野君の方に注いでいる。高柳君はすわやと思った。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いひさしてお力はあふいづる涙の止め難ければくれなひの手巾はんけちかほに押当てその端を喰ひしめつつ物いはぬ事小半時こはんとき、坐には物の音もなく酒の香したひて寄りくる蚊のうなり声のみ高く聞えぬ。
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
指先ででて見るとぬらりと露にすべる。指先を見ると真赤まっかだ。壁の隅からぽたりぽたりと露のたまが垂れる。ゆかの上を見るとそのしたたりのあとが鮮やかなくれないの紋を不規則につらねる。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
でう座敷ざしきに六まい屏風びやうぶたてゝ、おまくらもとには桐胴きりどう火鉢ひばちにお煎茶せんちや道具だうぐ烟草盆たばこぼん紫檀したんにて朱羅宇しゆらう烟管きせるそのさま可笑をかしく、まくらぶとんの派手摸樣はでもやうよりまくらふさくれなひもつねこのみの大方おほかたあらはれて
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それけれどれほどまでにおぼしめしれたものらばとひて斷念あきらめのつくはづなし我身わがみねがひがかなへばとて現在げんざいこゝろりながらそれもつらしれもしとまよひにこゝろ夕暮ゆふぐれそら八重やへつく/″\ながむれば明日あす晴日はれひ西にしかたのみくれなゐのくもたなきぬ
五月雨 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)