章魚たこ)” の例文
いわるるままに、章魚たこのような物が出来上がり、ガクガク歯の根をならして地に坐りこむ。石秀はすぐ自身の衣類を彼のと着替えて
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「さあ、そんなものは、あの魚屋には居なかつたやうだぜ。もつとも章魚たこはあつたがなあ。あの章魚の脚つきはよかつたなあ。」
山男の四月 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
もしそっとその仮面を、いきなり外してみたならば、女の顔の上に、どんな淫蕩いんとうな多情が、章魚たこの肢のように揺れていることか。
(新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
多士済々たしせいせいたる硯友社は忽ち章魚たこの足のように八方に勢力を伸ばし、新聞社に雑誌社に出版人にそれぞれ多少の関係を附けざるはなかった。
お登和さん、御迷惑でもおついでにモー二ツ三ツ教えて下さいませんか、章魚たこを煮たいと思いますがどうしたらやわらかになりましょう
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
私は蓮根の天麩羅を食うてしまって、雁木がんぎの上の露店ろてんで、プチプチ章魚たこの足を揚げている、揚物屋のばあさんの手元を見ていた。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
……ハアテ……この蛋白質の団塊かたまりは、なみだと鼻汁の製造場のようにも見えるし、所謂いわゆる章魚たこくそに類似した物のようにも思える。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ある時御飯のおかずに、知らぬおさかながついて居りましたので、あとで助八さんにお肴の名を聞きましたら、章魚たこと申しました。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「勝ちたくても、負けたくても、相手が釜中ふちゅう章魚たこ同然手も足も出せないのだから、僕も無聊ぶりょうでやむを得ずヴァイオリンの御仲間をつかまつるのさ」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
わたしはまるで章魚たこのやうに酔ひ痴れてゐるとも、眠つてゐるともつかぬ正体もない有様で、何も彼も有耶無耶であつた。
湖の夢 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
なるほど、菊石面あばたづらの赤いきたない疱瘡の神が、まるで大きな章魚たこのやうに王様のお体に、ぴつたりと吸ひ付いてをります。
孝行鶉の話 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
成程均斉きんせいはとれているが、なまめかしい章魚たこをみるようで尊厳さがない。この像を拝した人の心理は私には不可解である。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
章魚たこあわびが吸いついた時にそれをもいでのけようと思うても自分には手が無いなどというのは実に心細いわけである。
死後 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
ペルリは章魚たこのようで、口もとがペルリとしていると思った。アダムスは大変に大きな口を開いていた。これはあくびでもした所を写したのであろう。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
章魚たこのような大きな頭だけが彼れの赤坊らしいただ一つのものだった。たった半日のうちにこうも変るかと疑われるまでにその小さな物は衰え細っていた。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ボースンは、すぐ前のブリッジから、船長が作業を見ていたために、その禿げた頭を、章魚たこのように赤くしてあわてたり、怒鳴ったり、あせったりした。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
私が最も珍しく思ったのは頭足類で、烏賊いか章魚たこ(図26)もあり、中には大きいのもあったが、生きたのと、すぐ食えるようにでたのと両方あった。
と拾つた男は後々のち/\まで噂をしながら、その竿で鱚を釣り、蟹を釣り、ある時は剽軽へうきん章魚たこを釣つて笑つたりした。
しかしながら單純でなく、海底の藻草のやうに、章魚たこの吸盤のある足のやうに、意地惡くからみながら、内臟で呼吸して居るのである。梶井君は夭折した。
本質的な文学者 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
そのうちに彼等は電燈の明るい「食堂」の前へ通りかかった。そこにはシャツ一枚の男が一人「食堂」の女中とふざけながら、章魚たこさかなに酒を飲んでいた。
たね子の憂鬱 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
しかし、お杉の来ているのを知らない二人も、お杉につれて、章魚たこや、緋鯉ひごいや、鮟鱇あんこうや、ぼらの満ちている槽を覗き覗き、だんだん花屋の方へ廻っていった。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
面をかぶったまま章魚たこのような恰好かっこうをして踊り出したので、往来に見ていたものが一度に吹き出します。竜之助はそれをしおに振り切って新黒門の方へ行く。
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
腕白連は誰しも浮身をやつした凧遊び、市中にも凧屋はたくさん、章魚たこが鉢巻をした姿の看板が目についた。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
深切な婆々ばばは、ひざのあたりに手を組んで、客の前にかがめていた腰をして、ゆびさされた章魚たこを見上げ
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
食卓には今度も美味佳肴びみかこううずたかく載っている。妻は筋骨の逞しい申し分の無い美人だし、章魚たこの木の葉で編んだ新しい呉蓙ござの敷き心地もヒヤヒヤと冷たくて誠に宜しい。
南島譚:01 幸福 (新字新仮名) / 中島敦(著)
口の欠けた銚子ちょうしが二本と章魚たこものと魚の煮たものだった。すぐあとから別な背の低いくちびるの厚い女が火を持ってきた。が、火鉢に移すと、何も言わずに出ていった。
雪の夜 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
右手の中新川を限る山脈からは、小さな支脈が幾つか章魚たこの足のように伸びて、突きあたりの緑の地に黒い針葉樹の裾模様を着た山を抱えるように其へ廻っている。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
大陸たいりくは、たとへばあめうみうかんでゐるふねである。これが浮動ふどうさまたげゐるのは深海床しんかいしようからばされた章魚たこである。そしてこの章魚たこ大陸たいりく船縁ふなべりつかんでゐるのである。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
これを食う時は大いに人を損ずと、怖るべしと見え、『中陵漫録』に、若狭わかさ小浜の蛇、梅雨時章魚たこに化す。常のものと少し異なる処あるを人見分けて食わずといえる。
なお一層下って千分の一より一万分の一の間には海馬セイウチ、鯨、わに海鰻あなご章魚たこなどがひかえている。
話の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
しかし当局者はそのような不識庵流ふしきあんりゅうをやるにはあまりに武田式家康式で、かつあまりに高慢である。得意の章魚たこのように長い手足で、じいとからんで彼らをしめつける。
謀叛論(草稿) (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
その高声器の前へ、怪人隊長「笑い熊」は章魚たこのようなマスクをかぶった顔を近づける。
大空魔艦 (新字新仮名) / 海野十三(著)
露店ろてんが並んで立ち食いの客を待っている。売っているものは言わずもがなで、食ってる人は大概船頭せんどう船方ふなかたたぐいにきまっている。たい比良目ひらめ海鰻あなご章魚たこが、そこらに投げ出してある。
忘れえぬ人々 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
さて、ワタクシの経験から申しますれば一体山登りなどというものは、もし人間に章魚たこのような吸盤さえあれば、氷の壁であろうと、削岩壁であろうと、実に訳のない事であります。
鰻以下のものといえば章魚たこくらいのもので、これは悪魔の魚デビル・フィッシュといって、犬も食わないものになっている。この点既に日本とは大分変っているが、それよりも鰻の方がもっとわかりよい。
風土と伝統 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
その夜以来、蟹江は二日か三日に一度くらいの割で、無理して『すみれ』に立ち寄るのですが、その度に必ず猿沢がでんと腰をおろしていて、章魚たこの刺身か何かで盃を傾けているのです。
Sの背中 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
由来聖堂の吟味に出た場合に、大身の子と小身の子とはとかくに折り合いが悪い。大身の子は御目見おめみえ以下の以下をもじって「烏賊いか」と罵ると、小身の方では負けずに「章魚たこ」と云いかえす。
半七捕物帳:11 朝顔屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
◎私の父の墓は京都の裏寺町の章魚たこ薬師の厨子つし西林寺と云ふ処にあります。お登勢の死んだのは確か明治ママ年でした。私は東京に居たですから死に目には得逢えあはなかつたのです、残念ですよ。
「その章魚たこの木だとか、××が南洋から移植したというのはおもしろいね」
雪後 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
西瓜すいくわを食ふな眞桑瓜まくはうりを食ふな、あるひは章魚たこが惡い生水なまみづが危險だとかいふやうな訓示が懸廳から村役場や警察の手を經て村々へ傳へられるのを、漁夫どもはいはれのない囈言たはごととして聞き流してゐた。
避病院 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
その下に Vierwaldstätterヴィルワルトシュテッテル Seeゼー の一部が見える。この湖は此処ここから西南の方に章魚たこの如くにひろがっている大湖で、それにそそぐ川などが糸のように細くなって見えている。
リギ山上の一夜 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
章魚たこの足のような根を、川砂の上に露していながらも、倒れずにいる。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
彼が大根は二股三股はまだしも、正月の注連飾しめかざりの様に螺旋状らせんじょうにひねくれからみ合うたのや、章魚たこの様な不思議なものを造る。彼の文章は格に入らぬが、彼の作る大根は往々芸術の三昧に入って居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
これは本式の中之島でこけした踏石のめ込まれた池の渚が寮の家の前から曲りくねって行って、その先きが章魚たこくちばしのように突き出ているその尖から一枚石の板橋がこの中之島に架かっています。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
章魚たこを逃がし海をのぞけば章魚たこ歩行あるくほかに何にもなかりけるかも
雲母集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
ボルシェヴィスムの神は、自らの手足を食う章魚たこである。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
豊真鉄道工事場で精根枯らして働き倒れる章魚たこ人夫
サガレンの浮浪者 (新字新仮名) / 広海大治(著)
一つは荒々しい愛惜の情を以て、章魚たこの足めいた
語られざる哲学 (新字新仮名) / 三木清(著)
「あてもしらん。木偏に章魚たこのたアの字やな。」
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
一つは荒々しい愛惜の情を以て、章魚たこの足めいた