破風はふ)” の例文
家の中には生木の薪を焚く煙が、物の置所も分明さだかならぬ程にくすぶつて、それが、日一日破風はふと誘ひ合つては、腐れた屋根に這つてゐる。
赤痢 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
その家は、オランダから持ってきた黄色い小さな煉瓦れんがで建てられ、格子窓こうしまどがあって、正面は破風はふ造りで、棟には風見がのっていた。
總檜そうひのき破風はふ造り、青銅瓦せいどうがはらさびも物々しく、數百千種の藥草靈草から發する香氣は、馥郁ふくいくとして音羽十町四方に匂つたと言はれるくらゐ。
教会と市役所のあいだには、広場をとりかこんで、さまざまのかざりのついた、見るも美しい破風はふのある家々が立ちならんでいました。
田舎の家からは、朝な夕なに甲武信こぶし三山を始め、破風はふ雁坂かりさかから雲取に至る長大なる連嶺を眺めて、絶えず心を惹かれていたのに。
思い出す儘に (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
そして、屋根の破風はふというものがないから、掘立小屋みたいだ。王朝時代、多年苛斂誅求かれんちゅうきゅうに苦しめられた風が残っているためかも知れない。
淡紫裳 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
ふはりと隣家の破風はふかすめてかもめが一つ浮いて出た。青み初めた空から太陽がわづかに赤いうろこを振り落した。まじめな朝が若いごぜんと交代する。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
破風はふの格子扉に掲げている能面を眺めていると、まるで、全身を逆さに撫で上げられるような不気味な感覚に襲われるものだ。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
地方によっては普通の農民に、瓦葺かわらぶきや破風はふ作り等の家を許さず、たまたま領主に対して功労のあったものにのみ、特典としてこれを認めた。
家の話 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
破風はふ屋根の多い小路小路はじめじめして風がひどく、時折、氷とも雪ともつかぬ、柔らかいあられのようなものが降って来た。
この建物は非常に古く、破風はふや、どっしりと瓦をのせた屋根や、大きな屋の棟や、岩畳がんじょうな入口は、かかる荘厳な住宅建築の典型的のものである。
久女八が土蜘蛛をやっている、能がかりで評判なあの糸が、破風はふか、棟から抜出したんだろう。そんな事を、串戯じょうだんでなくお思いなすったそうです。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
七兵衛はソロソロと天井裏をい出して破風はふを抜け、いつか廊下の下へおり立って見ると、そこへあつらえたように置き据えられた朱塗の賽銭箱さいせんばこ
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ゆかは低いけれども、かいてあるにはあった。其替り、天井は無上むしょうに高くて、而もかやのそそけた屋根は、破風はふの脇から、むき出しに、空の星が見えた。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
家々にも街頭にも灯ははいり始めたが、まだ暮れ切らない空の向うを、教会の尖塔や風変りな破風はふ屋根をもった山手の高台のシルウェットがかぎっている。
狼疾記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
左に続いて離れ屋と茶室があり、そのうしろに主が『望翠楼』とけている高二階、破風はふ造りの閣が建っていた。
夜明けの辻 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
日当りのいい縁側で、彼はひげを剃った。鏡の中には彼の顔と、そのうしろに遠く、白木の家の破風はふが見えていた。白木は昨夜遅く帰ってきたらしかった。
黄色い日日 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
その方角にも迷ったのでしょう、車寄せの破風はふから足を回して、ふたたび大屋根の浅瀬を駆けながら、当番所、納戸前、御台所みだいどころの上まで伝わって来ますと
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
落合の小松の邸はいくつも破風はふをもったエリザベス朝式の建築で、ポーチには白い柱がならび、バルコンには獅子の紋章を浮き出しにした古風な金具がつき
ハムレット (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
破風はふは正面に向いていて、家の他の部分全体ほどの大きさの軒蛇腹のきじゃばらのきと表口との上にある。窓は狭くて奥深く、窓ガラスが非常に小さくて窓枠がたくさんある。
鐘塔の悪魔 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
眼を上げるとそこに本願寺の破風はふが暮残ったあかるい空を遠く涙ぐましくくぎっているのである。……
雷門以北 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
たとえばその沙門に化けた天狗が、この屋形の姫君に心を懸けて、ある夜ひそかに破風はふの空から、爪だらけの手をさしのべようも、全くない事じゃとは誰も云えぬ。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それらの牢獄みたいな人家の一つ——入口には巨人の裸体像が二つある低い二階建ての、古代エジプトの王宮に似た家——の破風はふに、建築家はこう書きしるしていた。
正面の破風はふもやはり、建築師がどんなに苦心しても、家の中央へ持って来ることが出来なかった。
噴火口とまがいそうな欠けたところが、大屋根の破風はふのようにそびえて、霧を吐く窓になっている。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
今日なお、ジュナップにはいる数分前の所、道の右側にある煉瓦れんが破屋あばらやの古い破風はふに、その霰弾の連発の跡が刻まれてるのが見られる。プロシア軍はジュナップに突入した。
此諸人の気息いき正月三日の寒気ゆゑけふりのごとくきりのごとくてらせる神燈じんとうもこれがためくらく、人の気息いき屋根うらにつゆとなり雨のごとくにふり、人気破風はふよりもれて雲の立のぼるが如し。
つながはっとおもに、おばさんはみるみるおに姿すがたになって、そらがりました。そしてつなかたなっていかけるひまに、破風はふをけやぶって、はるかのくもの中にげて行きました。
羅生門 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
本殿の眞後まうしろへ𢌞はつた時、なゝめ破風はふの方をあふぎながら、お光はこんなことを言つた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
門内の樹林や馬車廻しの樹立ちも大抵は葉を振り落して、朝の登館のときなど、裸か木の枝ごしにずつと遠くの方から、折からの遅い朝日を受けて例の破風はふの紋章のきらめいてゐるのが目にはいる。
灰色の眼の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
ねて出ると、高い劇場の破風はふに、有名な四頭の馬がひく戦車の彫刻が、夜の雲をめざして飛ぼうとしていた。露のおりた石の道を馬車で帰る。霧のなかから浮かび出て霧へ消える建物。ひづめの音。
踊る地平線:01 踊る地平線 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
屋根あり、破風はふありて、家屋かをくうへそばだつは
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
破風はふをもる煙かすかに
故郷の花 (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
けれども、男よりも女よりも、もっともっとふしぎに見えるのは、このみやこです。どの家も、破風はふが通りにめんするようにつくられています。
池鯉鮒よりで気の付いたことには、家の造りが破風はふを前にして東京育ちの私には横を前にして建ててあるように見えた。主人は
東海道五十三次 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
第二は甲武信岳附近から雁坂かりさか峠に至る甲武信山塊、破風はふ、雁坂山を含むもの。第三は雁坂峠から将監しょうげん峠に至る古礼これい山、唐松尾の連脈を含むもの。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
家の中には、生木の薪を焚く煙が、物の置所も分明さだかならぬ程にくすぶつて、それが、日一日、破風はふから破風と誘ひ合つては、腐れた屋根に這つてゐる。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
破風はふを押破った竜之助は、屋根の上へのたり出でたもののようです。それでも刀と脇差だけは、下げ緒で帯へしかと結んでいたものらしくあります。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
いや出るが早いか、鎧櫃よろいびつには必ず付いている荷担革にないがわ双手もろてをさしこみ、それを背に負ったと思うと、もう例の破風はふあしがかりとして、大屋根の天ッ辺に立ち
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
真昼間まっぴるま、向う側からそっすかして見ると、窓もふすま閉切しめきつて、空屋に等しい暗い中に、破風はふひまから、板目いためふしから、差入さしいる日の光一筋ひとすじ二筋ふたすじ裾広すそひろがりにぱつとあかる
処方秘箋 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
屋根の破風はふ下見したみをすこしばかり毀しますから、窮屈でもどうかそこからお入りなすってください
顎十郎捕物帳:24 蠑螈 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
出て来たのは、名もないものであり、奇体なり細工だった。殿堂の破風はふをささうべき堅固な円柱どころか、すたれた泥建築のように、和音は次から次へと崩壊していった。
門や破風はふや玄關はさすがにはゞかつて、町人の住居らしい格子造りですが、何んとなく幅つたくてピカピカして、僅かにひさしに覗かせた銅瓦どうがはらぜいも、意地の惡い役人に引つ掛つたら
此諸人の気息いき正月三日の寒気ゆゑけふりのごとくきりのごとくてらせる神燈じんとうもこれがためくらく、人の気息いき屋根うらにつゆとなり雨のごとくにふり、人気破風はふよりもれて雲の立のぼるが如し。
かくて彼は、破風はふ屋根にしめっぽい風のうなっている、せせこましい故郷の町を見捨てた。少年時代の親友だった、噴水と胡桃の老木を見捨てた。それから大好きな海をも見捨てた。
私は我々が通過した町々の建築法に、非常な変化があり、家の破風はふ端に梁が変な具合に並べてあるのに気がついた。図455に示したものは典型的で、スイスの絵画的な建築を思わせた。
よほど大きな破風はふの窓を開いて風通しをつけないと、家のなかのしめった空気が上にとどこおって、屋根のいたみが早いだけでなく、炉の煙をじかにあてていぶして、防腐をすることもできなくなる。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
見れば、並木道のはずれには、赤れんがの破風はふとうがそびえていて、それについているかざりがキラキラとかがやいています。それは大きなおしろです。
その中に突立つ破風はふ造りの劇場、寺の尖塔(上べは綺麗ずくめで実は罪悪ばかりの素材で作り上げたこの市に寺のあるのが彼には一寸ちょっとおかしかった。)
ドーヴィル物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
と裾をさばくと、何と思ったか空を望み、破風はふから出そうにきりりと手繰って、引窓をカタリと閉めた。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)