癇癖かんぺき)” の例文
癇癖かんぺきの強い、とても残忍な性質の家老があって、人を殺すことなぞ、虫ケラ一匹ひねりつぶすほどにも感じてはいなかったというのです。
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
世間には往々読まざる書物をれいれいと殊更ことさら人の見る処に飾立かざりたてて置く人さえあるのに、これはまた何という一風変った癇癖かんぺきであろう。
駒田紋太夫こまだもんだゆう癇癖かんぺきの強い理屈好きな老人であるが、酒がはいってるときはものわかりのよい人情家になる。そのときも程よく酔っていた。
評釈勘忍記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
経之はなお手をあげようとした時、突然、癇癖かんぺきに逆上した定明はやかたに飛びこむと、小太刀こだちを携えて素足で庭石の上におりた。
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
こと癇癖かんぺき荒気あらきの大将というので、月卿雲客も怖れかつ諂諛てんゆして、あたかもいにしえの木曾義仲よしなかの都入りに出逢ったようなさまであった。
魔法修行者 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
酒もつよいが、癇癖かんぺきもなお強いらしい。もっと強いのは、この男の腕ぶしであって、吉岡の次男坊といえば世間の通り者だった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
癇癖かんぺきの強い兄である。こんな場合は、目前の、間抜けた弟の一挙手一投足、ことごとくが気にいらなくなってしまうのである。
一灯 (新字新仮名) / 太宰治(著)
豊かの頬、二重にくくれた頤、本来の老武士の人相は、円満であり寛容であるのに、ひたい癇癖かんぺきの筋でうねらせ、眼を怒りに血ばしらせている。
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いつもの癇癖かんぺきがつのるようすだから、お側の者は、どうしたことかとサッパリわけが解らない……鳴りをしずめています。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そう思って見ると、眉間みけんの少し下、鼻梁びりょうの両側に静脈が青く透いていたりして、いかにも癇癖かんぺきの強そうな相をしている。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
自分はこの影と稲妻とをつづり合せて、もしや兄がこの間中あいだじゅう癇癖かんぺきこうじたあげく、嫂に対して今までにない手荒な事でもしたのではなかろうかと考えた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
などとさゝやく言葉がちら/\若い侍の耳に入るから、グッと込み上げ、癇癖かんぺきさわり、満面まんめんしゅを注いだる如くになり、額に青筋をあらわし、きっと詰め寄り
こめかみにいつも浮んでゐる癇癖かんぺきの筋、炯々けいけいといふよりは寧ろ冷徹な眼光、とほりのいい幅のひろい声音、独往無礙どくおうむげなその濶歩かっぽぶり、——小幡氏の話では
灰色の眼の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
現実的の精力を取籠とりこめられて行く人にありがちな、何となく世間に対しては臆病おくびょうでありながら、自己の好みに対しては一克いっこく癇癖かんぺきのようなものを持っていた。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ところで、ロジオン・ロマーヌイチ、あなたは生まれつきどうもあまり癇癖かんぺきが強くていらっしゃる。
その時はもう何時の間にか、兄の癇癖かんぺきの強いことも忘れてしまつたのでございます。が、まだ挙げた手を下さない中に、兄はわたしの横鬢よこびんへぴしやりと平手を飛ばせました。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
三島の社の放しうなぎを見るやうに、ぬらりくらりと取止めのないことばかり申上げてゐたら、御癇癖かんぺきがいよ/\募らうほどに、こなたも職人冥利、いつの頃までと日を限つて
修禅寺物語 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
十分ばかり後、千種は夫人の素晴らしい魅力と癇癖かんぺきからのがれて、家の外へ飛出しました。
悪魔の顔 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
かくばかり悠々閑々たる渡し舟の船頭のスロモぶりに堪忍かんにんがなり難く、堪忍がなり難いと共に、その爆発した癇癖かんぺきを、直線的に決行するだけの盲動力を持った男であるということだけは
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ふたたび何かの機会がありさえすれば、ますますひどく疳癪かんしゃくを破裂さした。その極端な癇癖かんぺきは、年とともにつのってきて、ついに彼の地位を困難ならしめた。彼はみずからそれに気付いた。
難関あるべしとはしながら思いしよりもはげしき抵抗に出会いし母は、例の癇癖かんぺきのむらむらと胸先むなさきにこみあげて、額のあたり筋立ち、こめかみうごき、煙管持つ手のわなわなと震わるるを
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
わたしは度を失ひながら、かく茶の間に上げた。「どうしてこんなに遅く来た? 何かあつたのか?」かうたづねても、無感覚に黙つてゐる。わたしの癇癖かんぺきの突発を恐れてゐる事が感ぜられた。
愚かな父 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
ご三男様は癇癖かんぺきがお強い。正三君は君命もだしがたく立ち上がった。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
それが彼の性来の癇癖かんぺきにきつくさわったらしい。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
「聞けっ、玄蕃げんば」語気に癇癖かんぺきがほとばしっている。こういう癇癖は、戦いがあれば戦場で散じてしまうだろうが、もう世の中は泰平だった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
盗賊の道の附入りということを現在には為したのなれど、癇癖かんぺき強くてまさしく意地を張りそうにも見え、すべて何とも推量に余る人品であった。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
が、恐ろしく癇癖かんぺきが強いに相違ない。膝に構えた両手がこまかく顫えて、頭巾から窺いている鋭い眼も赤く濁っている。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
生真面目で、癇癖かんぺきの強い兄を、私はこわくて仕様がないのだ。但馬守だの何だの、そんな洒落しゃれどころでは無いのだ。
帰去来 (新字新仮名) / 太宰治(著)
彼の癇癖かんぺきは彼の身辺を囲繞いにょうして無遠慮に起る音響を無心に聞き流して著作にふけるの余裕を与えなかったと見える。
カーライル博物館 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
色白のふっくらした顔が酔いのために紅く火照ほてっていて、まゆの附け根をとき/″\癇癖かんぺきが強そうにふるわせるくせはあるけれども、笑うとひどく愛嬌あいきょうがあって
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
一瞬ちらっと狼狽ろうばいの色が頬をかすめたが、それを掩い隠すように妻は大急ぎで叫んだ。たちまち癇癖かんぺきが顔一杯に現れて、美しい顔は凄まじいまでに蒼白まっさおになった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
痩せた肉の薄い躯つきで、おもながな顔にとがった高い鼻と、両方から迫った濃い眉毛と、するどく光る大きな眼とが、いかにも癇癖かんぺきの強い性格をあらわしている。
初夜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
これは彼女もよく知つてゐる、甥の時たまの激しい癇癖かんぺきの発作の徴しであつた。して見れば、彼が松原にかくれたのは、何か只事でない昂奮を抑へるためなのである。
垂水 (新字旧仮名) / 神西清(著)
殿様は上品で立派な男ぶりではあるが、これも癇癖かんぺきの強そうな鋭い眼を光らせている。
番町皿屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
よくよく問いただして見ると、疑わしい事ばかりでしたから、癇癖かんぺきの強い日錚和尚は、ほとんど腕力を振わないばかりに、さんざん毒舌を加えた揚句あげく、即座に追い払ってしまいました。
捨児 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
物言ひが少しどもつて、額に靜脈のうねるのは、並々ならぬ癇癖かんぺきの證據でもあります。
こう癇癖かんぺきに云ったのは、やっと前髪を取ったばかりの、寺侍の戸島粂之介であった。
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
と云ったぎり、ぐいと癇癖かんぺきに障りました、これが奧州屋新助の大難と相成ります。
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
学者にしてくの如き性行を有するものは往々誤って辺幅へんぷくおさむるものと見なされやすい。毅堂はまた甚しく癇癖かんぺきの強い人であったので、ややもすると家人に対しても温辞をくことがあった。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
さすがの癇癖かんぺきおやぢもを折つたかと意外に人が集つて来た。恥をかかせてやつたので怒つて居るといふうわさの若い儒者まで機嫌よく挨拶あいさつに来た。役に立たないやうなものをたくさん人がれた。
上田秋成の晩年 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
お袖は、自分の体へまつわってくる男の手を、心にもなく、癇癖かんぺきに振り払いながら、いってもいってもまだ罵り足らないように
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
呼吸して生きていることに疲れて、窓から顔を出すと、隣りの宿の娘さんは、部屋のカアテンをっと癇癖かんぺきらしく閉めて、私の視線を切断することさえあった。
俗天使 (新字新仮名) / 太宰治(著)
惣七の癇癖かんぺきらしい。眼の不自由な人のつねで、指さきの感触が発達している。いいながら、畳をなでた。風が土砂を運んできてざらざらしている。顔をしかめた。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
おそらくこのままでは済まないだろう、わがままで癇癖かんぺきの強い性質のようだ。必ずまたなにか仕掛けて来るにちがいない、必ず。甲斐は眼をつむったまま、微笑した。
内心は老母にあうのが、気がとがめていたのかもしれませんが、うわべは虚勢をはって、召使たちの手前、頭から湯けむりたてて癇癖かんぺきをつのらせたような顔をしているのです。
亡霊怪猫屋敷 (新字新仮名) / 橘外男(著)
長男は表徳へうとく文室ぶんしつと云ふ、癇癖かんぺきの強い男だつた。病身な妻や弟たちは勿論、隠居さへ彼にははばかつてゐた。唯その頃この宿にゐた、乞食宗匠の井月せいげつばかりは、度々彼の所へ遊びに来た。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
しかるにさすがのお師匠さんもおれには一目いちもく置いているなどと云いらしことに佐助を軽蔑けいべつして彼の代稽古を嫌いお師匠さんの教授でなければ治まらずだんだん増長する様子に春琴も癇癖かんぺき
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
と云いながら職人で癇癖かんぺきに障ったから握りこぶしもって番頭をなぐりましたが、右の腕に十人力、左の手に十二人力あります、うして左の手に余計力があるかと云うに、これは左官のせいで
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
去歳さるとしわが病伏やみふしける折日々にちにち看護にきたりしより追々に言葉もかけ給ふやうになりてひそかにその立居たちい振舞を見たまひけるが、癇癖かんぺき強く我儘なるわれにつかへて何事も意にさからはぬ心立こころだての殊勝なるに加へて
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
怒った冬次郎いつもの癇癖かんぺき、足で床板踏み鳴らしたが
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)