狼狽あわて)” の例文
ところかほわりあたまうすくなりぎたふとつたをとこて、大變たいへん丁寧ていねい挨拶あいさつをしたので、宗助そうすけすこ椅子いすうへ狼狽あわてやうくびうごかした。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
河原から上がって、彼を追うと、お杉隠居も、もしお通が逃げるつもりではないかと狼狽あわてだしたように、すぐ後ろから駈け上がってゆく。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
狼狽あわてて駈けつけたもんだから、鰡八大尽のためにも、道庵先生のためにも、悪い結果をもたらすということを夢にも予想はしませんでした。
と云いながら狼狽あわてて宇潮の傍へ走り寄ろうとしましたが、折から又もや雲の間を洩る月の光りに自分の姿がありありと鏡の中へ映りました。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
大挙して突進すると鬼が誰をつかまえようかと狼狽あわてる、それが附目つけめなのである。下駄が一ツ二ツ残ると、それからが駈引かけひきで面白く興じるのだ。
旧聞日本橋:02 町の構成 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
昇はまず丸髷の婦人に一礼して次に束髪の令嬢に及ぶと、令嬢は狼狽あわて卒方そっぽうを向いて礼を返えして、サット顔をあからめた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
細君は夜になってから初めて驚き、台所の板のかえるの如くしゃがんで、今しも狼狽あわててランプへ油をついでいる最中さいちゅう
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「まア!」と言って妻は真蒼まっさおになった。自分は狼狽あわてふたつの抽斗をき放って中を一々あらためたけれど無いものは無い。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
今まで思ひ出しもせざりし結城ゆふき朝之助とものすけに不圖出合て、あれと驚きし顏つきの例に似合ぬ狼狽あわてかたがをかしきとて、から/\と男の笑ふに少し恥かしく
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
その訊き方はちょっと狼狽あわてていた。同時に梅三爺の顔には、さっと不安の表情が流れたようであった。「市平が、何かわりごどでもしたのであんめえがな?」
土竜 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
誰かが急病!——と、咄嗟とっさの職業的意識に狼狽あわてね起きたドクタアと、今にも彼のベッドへ這入りこみそうな彼女とは、早速こんな低声こごえのやりとりを開始した。
踊る地平線:11 白い謝肉祭 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
四方八方から寄せてくるといううわさが高く、泥棒を見て縄をなうというような腰抜けな政府おかみも、狼狽あわてくさって、それ大砲、それ鉄砲と、えらい騒ぎをはじめたのだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
と、呟きながら、膝の上に原稿紙を押しつけ、電灯の光の方へ身体を曲げながら、鉛筆を舐め舐め、大狼狽あわてに走り書きをしだした。一種颯爽たる風格があったのである。
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
その時いちばん困ることは、何か調べものでもしている時には、書斎が書物でいっぱいになっているので、狼狽あわててそこらを片づけてからお客に通っていただいたのです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
もしミンチン先生に、セエラがほんとうの宮様みやさまだと解ったら、先生はどんなに狼狽あわてるでしょう。
「玉月、あ、秋太郎です。」といったが我にもあらず狼狽あわてたのである。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼は、狼狽あわてたやうに瑠璃子の顔を見直した。再び青年の顔を見た。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
大奥の腰元や老女たちも、その後から狼狽あわてて走って来た。
仇討姉妹笠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
もつなればかへつて親に話せし上否々いや/\夫も自身じぶんの口から斯々なりとは言惡いひにくし如何はせんとおいつ思ひまはせば廻すほど我身ながらにもどかしく最早もはや花見に行可く氣もあらねば此方へ歸りかゝるに和吉は狼狽あわてて袖を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ところへ顔の割に頭の薄くなり過ぎたふとった男が出て来て、大変丁寧ていねい挨拶あいさつをしたので、宗助は少し椅子の上で狼狽あわてたように首を動かした。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今まで思ひ出しもせざりし結城の朝之助に不図ふと出合であひて、あれと驚きし顔つきの例に似合ぬ狼狽あわてかたがをかしきとて、からからと男の笑ふに少し恥かしく
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
湧上わきあがった笑い声に気がついて見ると、あにはからんやの有様、舞台監督は狼狽あわて緞帳どんちょうをおろしてしまったが——
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
夢心地にも狼狽あわてて又吸付いて、一しきり吸立てるが、じきに又他愛なく昏々うとうととなって、乳首が遂に口を脱ける。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
と、狼狽あわてぎみに、声を出して、お通の縄尻を引っ張ったのは又八で、大それたことをやるくせに、何か事にぶつかると、臆病な持ち前はすぐ体に出してしまう。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
母上おっかさんが僕を離婚するとったのだろう。』と僕は思わず怒鳴りました。すると里子は狼狽あわて
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
それからまた、お気がついたら、先生はどんなに驚いて、お狼狽あわてになるだろうと——
「そうだろう、そうなくっちゃならねえのだ……先生、そいつはがんりきの奴の道具でございます、あいつ、何かに狼狽あわてたと見えて、ここへこんなボロを出して行ったのが運の尽きですな」
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
近くにいた誰かがその背後うしろに廻ろうとしたが、巡査は狼狽あわてて制服を脱いだ。
熊の出る開墾地 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
「大丈夫だよ。まだ、死んでやしない。……狼狽あわてちゃいけないんだ。ゆっくり持ってこう、ゆっくりね。……筏にのっけたら、あとは、岸まで筏を押していけばいいんだから、わけはないや」
キャラコさん:07 海の刷画 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
彼は、狼狽あわてたように瑠璃子の顔を見直した。再び青年の顔を見た。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
騒動さわぎに気を取られて、文三が覚えず立止りて後方うしろを振向く途端に、バタバタと跫音あしおとがして、避ける間もなく誰だかトンと文三に衝当つきあたッた。狼狽あわてた声でお政の声で
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「それではこれで失礼します。」と自分は起上たちあがった、すると彼は狼狽あわてて自分を引止め、「ま、ま、貴様怒ったのですか。し僕の言った事がお気に触ったら御勘弁を願います。 ...
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
十六日はかならずまちまするくだされとひしをもなにわすれて、いままでおもしもせざりし結城ゆふきともすけ不圖ふと出合であひて、あれとおどろきしかほつきのれい似合にあは狼狽あわてかたがをかしきとて
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
けれども彼女の周囲の人たちは驚愕きょうがくのあまり狼狽あわててしまって、目の前に展開された恥辱にふるい怒って、彼女から何も知り得ぬさきに、彼女を許すべからざるもののようにのべ立ててしまった。
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「本もお読みになるでしょう」と中途半端に答えた彼女は、津田の質問があまり煩瑣はんさにわたるので、とうとうあははと笑い出した。津田はようやく気がついて、少し狼狽あわてたように話をらせた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
佐平は巡査の背後うしろから一間ばかりも、大狼狽おおあわて狼狽あわてあと退去しさった。顔は驚きの表情で緊張していた。皆が一斉に佐平の方を見た。佐平は眼をむいて巡査の背中に視線をやった。若い巡査はいぶかった。
熊の出る開墾地 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
狼狽あわててゐるせゐか、電燈がなか/\手に触れなかつた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
又ヨチヨチとい寄って、ポッチリと黒い鼻面でおなかを探りまわり、漸く思う柔かな乳首ちくびを探り当て、狼狽あわててチュウと吸付いて、小さな両手でて揉み立て吸出すと
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
みちは野原のすすきを分けてやや爪先上つまさきあがりの処まで来ると、ちらと自分の眼に映ったのは草の間から現われている紙包。自分はけ寄って拾いあげて見るとなかに百円束が一個ひとつ。自分は狼狽あわて懐中ふところにねじこんだ。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「なんてまあ、狼狽あわてたお客さんなのか。ねえおじいさん。」
狼狽あわてているせいか、電燈がなか/\手に触れなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
狼狽あわてて打消てから、始めて木村の賢ちゃんという児と話をしている事が分った。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
笑顔えがおもたげて文三の顔をのぞくと、文三は狼狽あわて彼方あちらを向いてしまい
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)