こわ)” の例文
河岸に面して、軒の低い、古くて雨風にさらされた、小さな家が並び、なかばこわれた舟があげてあったり、干し網が垂れていたりした。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
兜の鉢はすべて張子でした。概して玩具に、鉄葉ブリキを用いることなく、すべて張子か土か木ですから、玩具のこわやすいこと不思議でした。
我楽多玩具 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
老人や軍人の男装をした踊り子までがみんな女の子のきいきい声を出すので猶更そういう「こわれやすい」感じを起こさせるようである。
こわれた椅子だナと思ったのには「クチヅケ」という大変な題名がついていましたネ。題名を見破ることは至難中の至難事である。
安吾巷談:11 教祖展覧会 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
ボウトの中で日向ひなたぼっこでもしながら、チャアリイのためにこの玩具おもちゃの舟をこしらえて、「こら、チャア公! こわすんじゃあねえぞ」
チャアリイは何処にいる (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
いまはまだ春先きで、その楡の木はすっかり葉を失っていた。ただそのときの丸木の腰かけだけが半ばこわれながら元の場所に残っていた。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
三囲神社から半町程上手の堤に沿って、ポッツリと一軒のこわれかかった空家があって、その蔭に隠れる様に、一台の自動車がとまっていた。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
炎天を走って来たお蔭で、一時にあがった冷酒の悪酔いと一緒に、別荘の中へあばれ込んで、戸障子や器物を片っ端からタタキこわし初めた。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
近代人はまずこの思想をこわした。私もこれに対してはなんらの異議も持たない。道徳は社会制度の規定より生ずるものではない。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
才槌さいづちで叩きこわそうとするを、兼松が勿体ないと云って留めている混雑中でありますから、助七は門口に暫く控えて立聞きをして居りますと
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「もしあなたが私を愛してくださるならば、わたしを自由の身にして下さい。あなたからも自由にしてください。この鏡をこわしてください」
僕のなかできこえる僕の雑音……。ライターがこわれてしまった。石鹸せっけんがない。靴のかかとがとれた。時計が狂った。書物が欲しい。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
こわれた黒い仮面めんや扇、それからいろいろの変わった仮装服が腕椅子の上に置いたままになっているのを見ると、死がなんの知らせもなしに
が、僕らの方の勢いも相応に強いので、もし強いてそうしようとすれば、かえって会場の秩序をまったくこわしてしまいそうな形勢になった。
新秩序の創造:評論の評論 (新字新仮名) / 大杉栄(著)
之が父の設計で余り岩畳に出来ているので、後でこわすのに困ったらしく、神田明神のお祭の時にひどい暴風があっても半壊のままだったらしい。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
天照らす大神が田を作つておられたその田のあぜこわしたりみぞめたりし、また食事をなさる御殿にくそをし散らしました。
一週間程前の大嵐で、発動機船がスクリュウをこわしてしまった。それで修繕のために、雑夫長が下船して、四、五人の漁夫と一緒に陸へ行った。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
「君が気をかしてくれてもガヷナーがこわしてしまいそうだぜ。ソプラノと地震を一緒にしたんじゃ秀子さんの気に入らないにきまっている」
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
つづいて、関東の老将軍家康は、突然禁教令を発し、多くのばてれんを斬り、教会堂をこわし、年ごとに迫害の度を強めた。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「随分と厚い硝子だ。これなら少し位の事ではこわれっこない。けれど、こんなに水が一ぱい入ってるんじゃ、こぼさずに動かすのは一寸六ヶ敷むずかしいな」
赤い手 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
カマチこわされた問題の扉は、厚さ二寸もあるカシの木で、縦に長く、巾三寸位の山形の彫んだ刻みが、一行ずつ、ちがたがいの切り込み模様がついていた。
(新字新仮名) / 楠田匡介(著)
こわれない外皮クラスト——雪・雨それから寒風とこう続くと、サン・モリッツをはじめ瑞西スイツルじゅうのスポウツマンは上ったりだ。
踊る地平線:11 白い謝肉祭 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
ただいまは取りこわしてその跡へ土蔵を建てました——ふだんは雨戸を締めっきりにしてお客様でもないかぎり使う用もなかったのでございますが
蒲団 (新字新仮名) / 橘外男(著)
だからと云って、史家の研究せる範囲で描くということは、学界の定説をこわさないという意味であって、それに捉われろということでは勿論ない。
大衆文芸作法 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
こんなはずではないが——と、彼はやっきとなった。しまいには自分から手斧を振って半分泣きながらめったやたらにそこらじゅうをこわし廻った。
ひとつこわすように言わなけりゃいかんな、庭のあの小劇場はね。むき出しで、醜く立っているざまは、まるで骸骨がいこつだ。幕は風でばたついているし。
荒浪が幾度となくこれをこわしているうちに、あるいは松が生えるとか人が来て工事をするとか、何か他の力が加わればその堤が永久の物となり得る。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そんなことをしていたら、酒のためにからだをこわしてしまう。あなたはいま、この事件について大勢の利害を一身に背負っている中心人物ではないか。
渡良瀬川 (新字新仮名) / 大鹿卓(著)
それから、イミテーションは外圧的の法則であり、規則であるという点から、唯こわしていというものではない。必要がなくなれば自然に毀れる。
模倣と独立 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
人々はなんら顧みるところなく祖先が遺したものを日に日にこわしつつあるのだ。建築から、器物から、衣服から、そうしてあの橋梁きょうりょうや石垣に至るまで。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
すべてのんびりしたこの筋違の広場にも、やがて甲武鉄道の延長から赤煉瓦の駅舎出現、名代のめがね橋とりこわしなど三十年頃からそろそろごたつく。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
玄石は、こわれた注射器の針を、脱脂綿で拭きながら、千鶴子に渡した。彼女は、それをうけとって立ち上がった。
二人の盲人 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
世帯しょたいもこれで幾度いくたびか持ってはこわし持っては毀し、女房かかあ七度ななたび持って七度出したが、こんな酒はまだ呑まなかった。
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
まだ興をうこの僻地に仮住する青年たちのために、有り合せのこわれギターをどうやら調整して、低音で長唄ながうた吾妻八景あずまはっけいかなにかを弾いて聞かしている。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
よくなる片端かたっぱしからこわしているんですもの。だから、わたし、自分をよく金魚のようだと思うことがあるわ。
機関車 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
「この頃学校じゃあ講堂の焼跡をこわしてるんだ。それがね、労働者が鶴嘴つるはしを持って焼跡の煉瓦壁へ登って……」
冬の日 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
「何某の大店おおだなの表看板を打ちこわして、芝の愛宕山あたごやまへ持って行ってあったそうな。不思議なこともあるものだ」
こうしてこわれた琵琶に手入れをしてみまして、もし調子が合わないようにでもなりますれば、ここで琵琶をやめて、三味線の方に宗旨替しゅうしがえを致しましょうと
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
一同みんなふでかみすみの用意して愡掛そうがかりだと云た所でここに一つ困る事には、大切な黒田様の蔵書をこわすことが出来ない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
... お持ちなすってかえって人を馬鹿にしたようなものです。がらにない事をなさるから御自分で事をこわすようなものです」大原「イヤあれは大失敗、全く僕が悪戯わるいたずらを ...
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
こわしては作り、作っては毀した経験の大蓄積が、此処ここに初めて、大自信を托する飛行具となったのです。
天保の飛行術 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
心の中じゃ身顫みぶるいの出るほど嫌ってるんだが、あまり素気そっけなくすると許嫁いいなずけのところへ暴れ込まれ、せっかく纏りかけた縁談をぶちこわされないものでもないと思って
旧いものをこわそうとするのは無駄な骨折だ。ほんとうに自分等が新しくなることが出来れば、旧いものは既に毀れている。これが仙台以来のわたしの信条であった。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
いわんや鴎外漁史は一の抽象人物で、その死んだのは、児童のもてあそんでいた泥孩つちにんぎょうこわれたに殊ならぬのだ。
鴎外漁史とは誰ぞ (新字新仮名) / 森鴎外(著)
町全体が一つの薄い玻璃はりで構成されてる、危険なこわれやすい建物みたいであった、ちょっとしたバランスを失っても、家全体が崩壊して、硝子が粉々に砕けてしまう。
猫町:散文詩風な小説 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
「構うもんか、内の夫人おくさんも御隣のも呑込んでおいでなさるるから可い、そこで帯をお解きといったんだ。そのままじゃあおちが来ないよ。そうして思切って髪もこわしな。」
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それが今度も汽車の中でこわれてから役に立たぬ時計を持って歩いていたのであった。僕は時間を大凡おおよそで見積ってやろうと思って、いつの間にか川上かわかみの方に歩いて行った。
ドナウ源流行 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
河伯も気の毒かつその短気に恐縮し三度まで投げ帰したので、一旦いったん見切った物を取り納むるような男じゃねーぞと滅明滅多無性にりきみ散らし、璧をこわして去ったと出づ。
今にもこわれそうな馬車だ。馬は車にれず、動かじとたたずむかと思うと、またにわかに走り出す。車の右は西山一帯の丘陵で、その高低参差しんしたる間から、時々白い山が見える。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
「どぶに捨てっちまえば、誰がこわしたんだかわかりゃしねえだろう?」と川上は訊きかえした。
白い壁 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)