欄干てすり)” の例文
同夜は宿を頼んだ同好の士島醫學士の厚意に依つて、特に三條村から操座を招いて、同家二階座敷に欄干てすりを急造して演出して貰つた。
酒倉のうちつゞく濱端はまばたの一地點に建てられた二階家の欄干てすりに近々と浪が寄せて、潮の香の鼻をつく座敷で、夜の更ける迄酒を飮んだ。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
私は甲板に出て欄干てすりに凭つた。島の方角を見ると、闇の中に、ずつと低い所で、五つ六つの灯が微かにちらついて見える。空を仰いだ。
鍵を受取ってポケットに入れようとしたが、その一刹那せつなに片手でデッキの欄干てすりに掴まっていた中野学士が鮮やかな足払いをかけた。
オンチ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
西洋的なものから採入れようとする一般の風潮は彼の後姿に向っては「葵祭あおいまつりの竹の欄干てすりで」青くれてなはると蔭口を利きながら
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
秋の夕陽ゆうひ欄干てすりの上にさし込んでいて、吹き通う風の冷さにおおうものもなく転寐うたたねした身体中は気味悪いほど冷切ひえきっているのである。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
袖もなびく。……山嵐さっとして、白い雲は、その黒髪くろかみ肩越かたごしに、裏座敷の崖の欄干てすりに掛って、水の落つる如く、千仭せんじんの谷へ流れた。
栃の実 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
象の背中には欄干てすりの付いた輿こしのようなものを乗せていた。輿の上には男と女が乗っていた。象のあとからも大勢の男や女がつづいて来た。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ふと気が付いてスパセニアは、振り返ってにっこりとえくぼをうかべましたが、欄干てすりにからだをもたせて、悪戯いたずらっぽそうに、聞いてくるのです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
お豊は、我を忘れて欄干てすりの上から下の往来を見下ろした時に、薬屋の前を総勢十人ほどの旅の武士が隊を成して通り過ぐるのを認めました。
「なかなか冷えるね」と、西宮は小声に言いながら後向きになり、せなか欄干てすりにもたせ変えた時、二上にあがり新内をうたうのが対面むこうの座敷から聞えた。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
西中島にしなかじまの大川に臨む旅籠屋はたごや半田屋九兵衛はんだやくへえの奥二階。欄干てすりもたれて朝日川の水の流れを眺めている若侍の一人が口を切った。
備前天一坊 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
私は私の背後に太いロップや金具のゆるく緩くきしめく音を絶えず感じながら、その船首に近い右舷の欄干てすりにゆったりと両のかいなをもたせかけている。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
ベランダの欄干てすりの下から、はちすの咲き乱れた生垣の中から、池のふちの祠の裏手から、蛙のやうな、河童のやうな、盗人のやうな五体の人影が
まぼろし (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
波の荒い日で、さすがの諧謔作家も青い顔をして、何一つ物をいはないで、欄干てすりにもたれたまゝ、泣き出しさうな目をしてじつと波を見つめてゐた。
翌朝あした目のさめたころには、縁側の板戸がもう開けられてあった。欄干てすりには、昨夜ゆうべのお増の着物などがかけられて、薄い冬の日影が、大分たけていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
いつの間にか話声はぴたりと止んで、例のもどすうめきが起り出した。階下したの船室から這い出して来て欄干てすりにしがみつきながら吐いている若者もあった。
みなかみ紀行 (新字新仮名) / 若山牧水(著)
その晩八五郎は、お琴にをそはつた通り、柳屋の庭木戸を押して、石燈籠を踏み臺に、二階の欄干てすりをまたぎました。
かの女は、洋服ドレスのひだをピタピタたたくと、姉に背を向けて、縁の方に歩いて行き、欄干てすりにもたれて、ぼんやりと晴れている空に、眼を向けてしまった。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
私は二階の欄干てすりもたれて、この病人船が埠頭場はとばともづなを解いて、油を流したやうな靜かな初秋の海を辷つて行くのを、恐しい思ひを寄せて見たことがあつた。
避病院 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
障子しょうじ欄間らんま床柱とこばしらなどは黒塗くろぬりり、またえん欄干てすりひさし、その造作ぞうさくの一丹塗にぬり、とった具合ぐあいに、とてもその色彩いろどり複雑ふくざつで、そして濃艶のうえんなのでございます。
ここのえん欄干てすりには、まるで花見でもしているように、二階の客が揃いも揃って、階下したの奥座敷を見おろしながら、何やらわいわい騒いでいるのであった。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
都市美術社の若い装飾工の一人は、五階の欄干てすりに足を一本からげ、他の一本は小天使エンゼルの彫像の肩に載せて、猿の身軽さを保ち、彼に分担された仕事をやっていた。
そして時々欄干てすりの所へ行つて下の街を眺めました。それは竹中はんの影が見えないかと思ふからでした。そのうちに私はだん/\淋しい、心持になつて来ました。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
ロープは甲板の上に飛んで行き、先の釣が、ガチャッと、音を立てて、デッキの欄干てすりに引っかかった。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
幽霊は廊下の欄干てすりに腰をおろして片足をあげ、柱に背中を寄せかけて片足をぶらりと垂れていた。
初太郎と宇之吉は、首吊をそのままに、申し合わせたように縁の欄干てすりへ駈け寄って下を覗いた。
二階の欄干てすり越しに三つ五つ見えて、こんもり黒んだ向河岸の森に、物思いは春の夜と知られた。
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
降ることをばれると、仲間の符喋でいいながらスッと圓朝は立ち上がっていって欄干てすりへ寄った。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
つい鼻先のひさしに止まっている。御安い御用だ。僕は縁側の欄干てすりまたぎ越して、ジリ/\近寄った。奴さん、首を傾げた丈けで逃げようともしない。難なく取っ捉えて、ハッハヽヽ
負けない男 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「なに世の中が皮肉なのさ。今の世のなかは冷酷の競進会きょうしんかい見たようなものだ」と云いながら呑みかけの「敷島」を二階の欄干てすりから、下へげる途端とたんに、ありがとうと云う声がして
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのうへ、二階の廊下にあるらしい燈火あかりが極く薄く階段の欄干てすりを、それも下部は全く闇で上部だけをボンヤリ照らし出してゐた。奥の方にその部分の階段だけが浮いて見えたのである。
群集の人 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
いや彼塔あれを作つた十兵衞といふは何とえらいものではござらぬ歟、彼塔倒れたら生きては居ぬ覚悟であつたさうな、すでの事に鑿ふくんで十六間真逆しまに飛ぶところ、欄干てすりを斯う踏み
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
揉あげはって欄干てすりの傍へ往って手を叩いた。上の方で甲高かんだかい女の声が応じた。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
横が石の道で、左手の窓際にも木や草花がうわつて居る。欄干てすりの附いた石段が二つある。この二つのあがり口のあひだが半円形に突き出て居て、右と左の曲り目に二つの窓が一階ごとに附けられてある。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
欄干てすりにあらわれたるは五十路いそじに近き満丸顔の、打見にも元気よき老人なり。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
彼はよろよろと橋の欄干てすりもたれかかって、両手に頭髪かみの毛を引掴ひっつかんだまま
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
座敷からすぐ瓦屋根に続いて、縁側も欄干てすりもない。古い崩れがけた黒塀くろべいが隣とのしきりをしてはるが、隣の庭にある百日紅さるすべり丁度てうど此方こちらの庭木であるかのやうにあざやかにすぐ眼の前に咲いてる。
父の墓 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
おおいはふたたび落ちて以前のごとく昇降口を閉ざせしならん、されど海賊が鉄槌にて打ち砕きし入口の破れ目はそのままにて、そこより海水は船内に打ち込みしなり、鉄の欄干てすりも梯子も皆濡れて
南極の怪事 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
お種が部屋を出て、二階の欄干てすりから温泉場の空を眺めていると、こんな串談じょうだんを言いながら長い廊下を通る人が有った。隣室の客だ。林夫婦は師走しわすの末に近くなって復た東京から入湯に来ていた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そして首をのばして家の二階の欄干てすりの所を見たが、誰れも見えなかった。朝子は、なんとなく寂しい心持がした。誰か知った人にでも、誰れでも顔見知りの人に逢って、笑ひたいやうな気がした。
秋は淋しい (新字旧仮名) / 素木しづ(著)
そして、大きく呼吸いきを吸ひ込むと、もうぢつとしてはゐられずに、欄干てすりの上へいきなり、俯伏せになつてしまつたんでございますよ……。しばらく、さうして、波の裂ける音を聞いてをりました。
(新字旧仮名) / 岸田国士(著)
延享二年竹本座の盆興行に、浪花鑑は初めて欄干てすりにかけられた。
夏芝居 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
中窓ちうまど欄干てすりにもたれてあまだれをみてゐるムスメがあつた。
桜さく島:見知らぬ世界 (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
腰のかがんだ丁爺は改札口の欄干てすりに伸び上り伸び上り
都会と田園 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
欄干てすり最一度もいちど我をらしめ
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
橋の欄干てすりをまつすぐに
短歌集 日まはり (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
見よ、金色こんじき欄干てすり
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
私は甲板に出て欄干てすりった。島の方角を見ると、闇の中に、ずっと低い所で、五つ六つの灯が微かにちらついて見える。空を仰いだ。
欄干てすりに近く遙々と見渡される澄み渡つた星空の下を、靜に下る川船の艪の音が、ぎいと冴えて聞えて消えて行く。秋の感じが深かつた。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)