枕頭まくらもと)” の例文
それで、一般に町人の若い者たちは、心掛けの好いものは、手鍵てかぎ、差し子、草鞋わらじ長提灯ながぢょうちん蝋燭ろうそくを添えて枕頭まくらもとに置いて寝たものです。
夜具は申すまでもなく、絹布けんぷの上、枕頭まくらもと火桶ひおけ湯沸ゆわかしを掛けて、茶盆をそれへ、煙草盆に火を生ける、手当が行届くのでありまする。
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして、眠っているうちに何か枕頭まくらもとで物の気配がするので、ふと気がいて眼をうすめに開けてみた。道家は右枕みぎまくらになって寝ていた。
赤い土の壺 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
お庄があわてて枕頭まくらもとへ顔を持って行くと、叔母は鈍いうっとりした目を開いて、一両日姿を見せない叔父のことを気にかけて訊いた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
愛兒の枕頭まくらもとに立つて、其の寢顏に見入つてゐる母の爲めに、文吾はいつまでも狸寢入りをしてゐなければならないやうな氣がした。
石川五右衛門の生立 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
其証拠とも云うきは寝床の用意既に整い、寝巻及び肌着ともに寝台のわきいだしあり枕頭まくらもとなる小卓ていぶるの上には寝際ねぎわのまん為なるべく
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
と云つたが、急にニヤ/\と笑つて立戻つて来て、私の枕頭まくらもとに膝をつく。またぢやれるなと思ふと、不恰好な赤い手で蒲団の襟を敲いて
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
危険の間、ジルノルマン氏は孫の枕頭まくらもとにつき添いながら惘然ぼうぜんとして、マリユスと同様に死んでるのか生きてるのかわからなかった。
枕頭まくらもとの火鉢の上の鐵瓶の口から、さかんに立昇る湯氣を見てゐるところに、こまつちやくれの下宿の小婢ちびが、來客のある事を告げに來た。
とにかく、数分の後、義夫は診察室の一隅にあるベッドの上に仰向きに寝かされ、枕頭まくらもとに私と妻とが立って創口きずぐちを検査しました。
安死術 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
枕頭まくらもと喚覚よびさます下女の声に見果てぬ夢を驚かされて、文三が狼狽うろたえた顔を振揚げて向うを見れば、はや障子には朝日影が斜めにしている。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
お房の枕頭まくらもとには黒い布を掛けて、光をさえぎるようにしてあった。お房は半分夢中で、下口唇を突出すようにして、苦しそうな息づかいをした。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
主人の少女は小さな箱から氷のかけを二ツ三ツ、皿に乗せて出して、少年の枕頭まくらもとおいて、「もう此限これぎりですよ、また明日あした買ってあげましょうねエ」
二少女 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
枕頭まくらもとには軍医や看護婦が居て、其外彼得堡ペテルブルグで有名なぼう国手こくしゅがおれのを負った足の上に屈懸こごみかかっているソノ馴染なじみの顔も見える。
あくる日の朝、目をぱっちりあけて見ますと、こわれた船の中に自分は眠ていて、まりも枕頭まくらもとでごろごろごろついています。
嵐の夜 (新字新仮名) / 小川未明(著)
松村は、長い間の研究が、一段落を告げたと見えて、机の前から立上って私の枕頭まくらもとへ坐った。そして少し言いにくそう
二銭銅貨 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その術無じゆつなき声は謂知いひしらず母の胸を刺せり。彼はこの子の幼くて善く病める枕頭まくらもとに居たりし心地をそのままに覚えて、ほとほとつと寄らんとしたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
寢轉ねころんで讀書どくしよしてゐる枕頭まくらもとにお行儀げうぎよくおちんをしてゐる、しかつてもげない、にはへつまみす、また這入はいつてくる、汚物をぶつをたれながす、下女げぢよおこる。
ねこ (旧字旧仮名) / 北村兼子(著)
まだ幼い時分に、母が目覚しを枕頭まくらもとに置いていて、「これッこれッ。」と呼び覚していたと同じような気がしていた。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
眞夜中頃に、枕頭まくらもとの違棚に据ゑてある、四角の紫檀したん製の枠に嵌め込まれた十八世紀の置時計が、チーンと銀椀を象牙の箸で打つ樣な音を立てゝ鳴つた。
京に着ける夕 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
彼女は、頻りに地質もよさそうだと、枕頭まくらもとで呟いたりしていた。子供がほしいものはまた彼女のほしいものだった。
窃む女 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
その身は静に男の羽織着物を畳んで角帯かくおびをその上に載せ、枕頭まくらもとの煙草盆の火をしらべ、行燈あんどう燈心とうしんを少しく引込め、引廻した屏風びょうぶはしを引直してから
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
これが恐ろしく小笠原流おがさわらりゅうで——それで何をするのかと思うと、枕頭まくらもと蒔絵まきえ煙草盆たばこぼんを置きに来たに過ぎなかった。
丹那山の怪 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
竹田は今更茶でもないので、枕頭まくらもとに坐つて看病してゐると、暁方あけがたに広樹は重さうな頭をもち上げて竹田を見た。
「何を言う! 現に余がこの眼で見、この手にとり、その壺を枕頭まくらもとにひきすえて、やっとのことでお蓮を遠ざけ、離室はなれで一人寝についたのだが、すると——」
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
枕頭まくらもとには新聞が投げ込まれていた。彼は眼をこすりながら、その新聞を取ろうとした。すると、新聞の上から疊へぱたりと落ちたものがあった。一枚の絵葉書だった。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
それでも、彼れは枕頭まくらもとの手文庫をかゝへて走り出しましたが、入口でしたゝか足を払はれて転んだ拍子に、飛び出して来た人間にその文庫は奪はれてしまつたのでした。
火つけ彦七 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
私がお抱き申して枕頭まくらもとへ参りますとネ、細ウいお手に、もみぢの様な可愛いお手をお取りなすつて、梅ちやんと一と声遊ばしましたがネ、お嬢様が平生いつもの様に未だ片言交かたことまじりに
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
美妙は大変喜んだので、家人も厚く感謝して大切にし、病人の外は子供にさえも手をつけさせなかったそうで、かびえたシュークリームが臨終の枕頭まくらもとに残っていたそうだ。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
死ぬる前日は、父に負われて屋敷内を廻ってもらって喜んだ。其翌日も父は負って出た。父が唯一房咲いた藤の花を折ってやったら、彼女は枕頭まくらもとの土瓶に插して眺めて喜んだ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
手紙でも書くのに夢中になっていたらしい若い看護婦が、愕いて彼の枕頭まくらもとせよった。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そして落ち着き払って、枕頭まくらもとの煙草盆をひきよせて、一服ふかして
枕頭まくらもとの烟草盆を間に置いて二人は坐りぬ、姉さんがさうおっしやるからは定めてわけがございませうが、お迎の時からこのに来るまで、何だか知れぬ事だらけで、夢を見るやうな気がしてなりませぬ
そめちがへ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
衝突現場げんじょう附近の烏頭うとう外科医院に入院していた乳搾ちちしぼり少年、山口猿夫は左脚に巨大な石膏型ギプスをはめたまま意識を回復していた。枕頭まくらもとには妹田農場の牧場主任と園芸主任が突立ってヒソヒソ話をしていた。
衝突心理 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
奥さんでなければ開けられないので、あたしが枕頭まくらもとに持って行って開けたの。中にはいろいろ細かい事が書いてあったけれども、別に一枚の紙があって、思いがけない大変なことが書いてあったの。
ニッケルの文鎮 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
枕頭まくらもとの一刀を手早く手元に引付けながら、ふるえる声を出して
張鎰は驚いて自個じぶんの家で寝ている倩娘の枕頭まくらもとへ往った。
倩娘 (新字新仮名) / 陳玄祐(著)
女は着物をしあげるとたたんで枕頭まくらもとへ置いていった。
翩翩 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
先代の幽霊が血だらけになって私の枕頭まくらもとに現われ
遠い港の情婦の写真なども枕頭まくらもとに飾ってあった。
海妖 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
小親きて、泣く泣く小六の枕頭まくらもとにその恐しきこと語りし時、かれ剛愎ごうふくなる、ただひややかに笑いしが、われわれはいかに悲しかりしぞ。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
夜叉の鼾は林の中へ響きわたるように聞えていた。大異は跫音のしないように夜叉の枕頭まくらもとを通って、すこし往ったところで走りだした。
太虚司法伝 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
寝直そうと手燭を枕頭まくらもとの台の上へ置いたが、流石の余もゾッとする事がある、余の新しい白い枕の上へ、二三点血が落ちて居る
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
病人の枕頭まくらもとなどで、おそろしいお増の顔と面と、向き合っている時ですら、お今はやるせない思いに、胸をそそられるのであった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
昨夜ゆうべは僕の枕頭まくらもとへも来た。れなければ、鼠だつて気味が悪いぢやないか。あまり不思議だから、今朝其話をしたら、奥様の言草が面白い。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
司教の室のうちには、寝台の枕頭まくらもとに小さな戸棚が一つあった。マグロアールはその中に毎晩六組みの銀の食器と一本の大きな匙とをしまった。
枕頭まくらもとの障子には、わづかに水をいた許りの薄光うすひかりが聲もなく動いて居る。前夜お苑さんが、物語に氣を取られて雨戸を閉めるのを忘れたのだ。
葬列 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
一時過ぎてから門をくぐって庭から廻り四畳半の老母ばあさんに聞えぬようにお前の枕頭まくらもとと思う六畳の縁側の戸を叩くと
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
真夜中頃に、枕頭まくらもと違棚ちがいだなえてある、四角の紫檀製したんせいわくまれた十八世紀の置時計が、チーンと銀椀ぎんわん象牙ぞうげはしで打つような音を立てて鳴った。
京に着ける夕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼は一つ大きく伸びをして、下宿の主婦おかみが置いて行ってくれた、枕頭まくらもとの新聞を拡げると、彼の癖としてず社会面に眼を通した。別に面白い記事も見当らぬ。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)