ひつじ)” の例文
宿帳には江戸日本橋どこそこ某店で宗吉、年はひつじの二十六と書いた。上手ではないが書き馴れた字癖で、商人育ちということがわかる。
金五十両 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
両隊長はすぐに支度して堺を立った。住吉街道を経て、大阪御池通みいけどおり六丁目の土佐藩なかし商の家に着いたのは、ひつじの刻頃であった。
堺事件 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
十二支というのは、子、うしとら、卯、たつうまひつじさるとりいぬの十二で、午の年とか酉の年とかいうあの呼び方なのです。
大金塊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
四月三十日のひつじこく、彼等の軍勢を打ち破った浅野但馬守長晟あさのたじまのかみながあきら大御所おおごしょ徳川家康とくがわいえやすに戦いの勝利を報じた上、直之の首を献上けんじょうした。
古千屋 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
信孝や丹羽長秀などの軍を加えて、彼がその本陣をここへ進めて来たのは、まだ陽ざかりのひつじの下刻(午後三時)頃であった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この市街戦はその日ひつじこくの終わりにわたった。長州方は中立売なかだちうり、蛤門、境町の三方面に破れ、およそ二百余の死体をのこしすてて敗走した。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
が、ざっと以上のような事情が彼女の婚期をおくらせた原因になった外に、もう一つ雪子を不仕合せにしたのは、彼女がひつじ年の生れであることであった。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ええと、ザット、いま、とらの一点かな。いや、おかげで北斗が見えなくなって困りもんだ。まあ、いい、西南稍ひつじ寄りか、さあ行こう。これから女体だ。
斬られの仙太 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
十三歳で元服する時虚空に怪しき声して「猿のかしらに烏帽子えぼしきせけり」と聞えると、公たちまち縁の方へ走り出で「元服はひつじの時の傾きて」と附けたそうだ。
それから十数日ばかり立った或日のひつじの刻頃、「殿がお見えです」と言い騒いで、にわかに中門を押し開けなどしているところへ、車ごとお這入はいりになって来られた。
ほととぎす (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
四十二の厄年が七年前に濟んだひつじ八白はつぱくで、「あんたのおとつつあんと同い年や」と言つてゐるが、父に聞くと、「やいや、乃公おれ四緑しろくで、千代さんより四つ下や」
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
その日のひつじの刻(午後二時)である。泰親は四人の弟子たちから青、黄、赤、黒のへいを取りあつめ、自分の持っていた白い幣と一つにたばねて、壇を降って縁さきに出た。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
の男、毎日ひつじの刻よりさるの刻に到る間の日盛りは香煙を吸ふと称して何処へか姿を消しつ。そのほかは常に未明より起き出で、田畠を作り、風呂を湧かし、炊爨すいさんの事を欠かさず。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
私の着いた時がちょうど十八歳で生れはひつじの歳、阿弥陀如来の化身けしんだといわれて居る。私はこのお方に会おうと思いましたが離宮の方へ行って居られたので会うことが出来ませんでした。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
たつよりひつじに至って、両軍たがいに勝ち互に負く。たちまちにして東北風おおいに起り、砂礫されきおもてを撃つ。南軍は風にさからい、北軍は風に乗ず。燕軍吶喊とっかん鉦鼓しょうこの声地をふるい、庸の軍当るあたわずしておおいに敗れ走る。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
縁から射すひつじの刻の陽をまともに浴びて、ひとりの若侍が立っている。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
なが突通つきとほしのかうがいで、薄化粧うすげしやうだつた時分じぶんの、えゝ、なんにもかにも、ひつじこくかたむきて、——元服げんぷくをしたんですがね——富川町とみかはちやううまれの深川ふかがはだからでもありますまいが、ねんのあるうちから、ながして
深川浅景 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
さてひつじの上刻となり、いよいよ古今未曽有みぞうの捕物吟味御前試合。
顎十郎捕物帳:09 丹頂の鶴 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
池へ落した水音は、ひつじがさがると、寒々と聞えて来る。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
そのひつじの刻もおっつけ終る頃でございましたろうか。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
明治四年ひつじ十二月
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
また西北いぬいの一方は岩石聳え、密林しげり、毒蛇や悪蝎あっかつたぐい多く、鳥すらけぬ嶮しさで——ただ一日中のひつじさるとりの時刻だけしか往来できぬ
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その日の戦闘はひつじこくから始まって、日没に近いころに及んだが、敵味方の大小砲の打ち合いでまだ勝負はつかなかった。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
十一月二十四日のひつじ下刻げこくである。西町奉行所の白洲ははればれしい光景を呈してゐる。書院には兩奉行が列座する。
最後の一句 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
ええと、ザット、今、とらの一点かな。いや、おかげで北斗が見えなくなって困りもんだ。まあ、いい、西南ややひつじ寄りか、さあ行こう。これから女体だ。
天狗外伝 斬られの仙太 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
真木島まきのしまの十郎、関山せきやま平六へいろく高市たけち多襄丸たじょうまると、まだこれから、三軒まわらなくっちゃ——おや、そう言えば、油を売っているうちに、もうかれこれひつじになる。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
而してしょう奥に生ず〉といえるを『釈文』に西南隅の未地ひつじのちといいしは羊を以てひつじに配当せしもその由来古し
その飛脚のつきましたのが同じ日のひつじの刻さがりでござりましたが、そのうちにはや落ち武者がぽつ/\逃げかえってまいりまして、味方はそうはいぼくにおよび
盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ひつじの刻(午後二時)をすこし過ぎた頃、比叡ひえの頂上に蹴鞠けまりほどの小さい黒雲が浮かび出した。と思う間もなしに、それが幔幕まんまくのようにだんだん大きく拡がって、白い大空が鼠色に濁ってきた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
このパンチェン・リンボチェはその当時二十歳の方でひつじの歳であります。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
池へ落した水音は、ひつじがさがると、寒々と聞えて来る。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
そのひつじの刻もおつつけ終る頃でございましたらうか。
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
隔年かくねんうしひつじとり
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ひつじの刻(午後二時)——家康はふじヶ根山の陣所を降りて、香流川かなれがわをわたり、権道寺山ごんどうじざんのすそで、首実検の式をあげた。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
十一月二十四日のひつじ下刻げこくである。西町奉行所の白州しらすははればれしい光景を呈している。書院しょいんには両奉行が列座する。
最後の一句 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ひつじ年などと云うことも迷信とばかり云ってしまえないような気がする、と云うのであった。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
淮南子えなんじ』に山中ひつじの日主人と称うるは羊なり、『荘子』に〈いまだかつて牧を為さず
そう言えば、もふたもなくなるがさ。実はわたしは、きのう娘に会ったのだよ。すると、きょうひつじ下刻げこくに、お前さんと寺の門の前で、会う事になっていると言うじゃないか。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
時に、時刻はちょうどひつじの頃(午後二時)であった。飛脚の第一使が着いてから、秀吉の発するまで、実にまだ一刻(二時間)しか費やしていない。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひつじの刻に佐久間町さくまちょう二丁目の琴三味線師の家から出火して、日本橋方面へ焼けひろがり、翌朝卯の刻まで焼けた。「八つ時分三味線屋からことを出し火の手がちりてとんだ大火事」
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
一月二十七日のひつじこく(午後二時)とあって、第一報が安田義定、次に、蒲冠者範頼、源九郎義経、一条忠頼といった順に、ほとんど同日に参着している。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それから火を踏み消して、あとを水でしめして引き上げた。台所にいた千場作兵衛、そのほか重手を負ったものは家来や傍輩が肩にかけて続いた。時刻はちょうどひつじの刻であった。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
するとひつじの頃(午後二時)である。さきの日、加古川の宿に残しておいた細作の一人が、まったく方角ちがいな美作みまさか佐用さよ方面からここへたどりついて来た。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
此地市街城をめぐり二十余町人家みな瓦屋ぐわをくにして商賈多く万器乏しき事なし。人喧都下の郭外に似たり。五里西宮駅。上田屋平兵衛の家に宿す。時いまだひつじならず。西宮に到りて拝神かみをはいす
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
本能寺の余燼よじんもまだいぶっていた六月二日の当日、ひつじこく(午後二時)頃には、彼はもう京都を去って
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
雨はひつじの刻にんだ。再度の用意はさるの刻に整った。
堺事件 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
どういうわけか自分らにも分らないが、ひつじさるとりの時刻以外は、濛々もうもう瘴烟しょうえんが起り、地鳴りして岩間いわま岩間からえ立った硫黄が噴くので、人馬は恐れて近づけない。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「へい。ひつじこくに火入れをして、暁方あけがた六刻むつに、竈開かまあけをすることに、何十年もの間極っているんでがす。小屋のめえに砂時計があるだから、それを見ていておくんなさい」
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
既に将軍家は、ひつじ下刻げこく着御ちゃくぎょ、随行の大名お鳥見組の諸士、近侍旗本のひしひしと詰め合った南面のお幕屋に着席している。半刻のご休息があって、一番太鼓がドーンと入る。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひつじの刻まで降り通した。市街は河となって濁流に馬も人も石も浮くばかりだった。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)