拳固げんこ)” の例文
八五郎は、裏口へ寄り添ったまま、弥蔵の中から取っておきの拳固げんこを出して、そうッと撫でるように、二つ三つ雨戸へ触ってみました。
馬鹿者の生命と俺の生命とを同じ価値だとするなんて、なんという平等さだ! 拳固げんこと棒とで戦うんだったら! それこそ素敵だ。
トクさんは塩辛くて喰べられないというし、ピロちゃんは鮎子さんがいつまでも食卓テーブルにへばりついているといって拳固げんこで背中をこづいた。
岡村は口をつぐみ、それから、ひそめた声で云った、「私はときどき貴方の顔を、拳固げんこで思うさま殴りつけたくなることがある」
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼は、右手を、喰い込むようなガラスの割れ目へ威勢よくつっこみ、そして、その血みどろな拳固げんこでヴィオロオヌを威嚇いかくした。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
と力を入れて新吉の手を逆にってねじり、拳固げんこを振り上げてコツ/\ったから痛いの痛くないのって、眼から火の出るようでございます。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
二人の前でたけりたって拳固げんこをふりながらおどしつけているルバーシカに長靴ばき、赤髯の強慾そうなつらがまえの中親父。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
拳固げんこ……つねもち、……あかいお團子だんご。……それが可厭いやなら蝦蛄しやこ天麩羅てんぷら。」と、ひとツづゝ句切くぎつて憎體にくたらしくふしをつける。
大阪まで (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
マルメラードフは、拳固げんこで一つ自分の額をこつんとたたき、歯をくいしばり目を閉じて、しっかとテーブルにひじをついた。
それをきいたかぼちやのをこつたのをこらないのつて、いしのやうな拳固げんこをふりあげてかからうとしましたが、つるあしにひつからまつてゐてうごかれない。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
この、いわゆる真の鬼火を見たという人々の談によると、その大きさは拳固げんこあるいはろうそくの光ほどで、地面より二、三フィート上を徘徊はいかいする。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
と云ううちに、右の手で岩のような拳固げんこを作って、お神さんの右の横面よこつらをグワーンとなぐりつけました。お神さんは
豚吉とヒョロ子 (新字新仮名) / 夢野久作三鳥山人(著)
老人はしばらく身動きもせず、雷に打たれたようになり、口をきくことも息をすることもできず、あたかも拳固げんこのどをしめつけられてるがようだった。
始て怖気付おじけづいてげようとするところを、誰家どこのか小男、平生つねなら持合せの黒い拳固げんこ一撃ひとうちでツイらちが明きそうな小男が飛で来て、銃劒かざして胸板へグサと。
見ると両方の手がもう半分ぐらい拳固げんこの形になっています。先日の手練のほどを思い出して、僕はすこし気持がひるみましたが、それでもなお元気を出して
ボロ家の春秋 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
その大きな眼をむいて拳固げんこをふりかざしておきながら、すぐその手でやさしく児童たちの頭をなで、「これから気をつけるんだぞ。」と言って、それっきり
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
障子の影で自分も泣いている——何卒どうかして子供を自然に育てたい、拳固げんこの一つもくらわせずに済むものならなるべくそんな手荒いことをせずに子供を育てたい
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼は拳固げんこをこしらえると自分の頭をごつんと一撃してからそのトランクの口をめて再び店の一隅へ並べた。
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
起きぬけに木の下で冷たい水蜜桃をもいでがぶりと喰いついたり、朝露に冷え切った水瓜すいかを畑で拳固げんこって食うたり、自然の子が自然に還る快味は言葉に尽せぬ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
赤い友禅のそでの長いのをていましたが、誰かの黒っぽい羽織を上に引張って手拭てぬぐい頬被ほおかぶりをし、遊び人とでもいうつもりでしょう、拳固げんこふところからのぞかせて歩くのです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
「先生、おたあがおいらをにらみました、帰りに覚えてろといって、拳固げんこをこしらえて見せました」
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その代りだ、見付けた者が一番威張るということにして、敗けた二人は仕方がない、お辞儀をする。そうして一つ拳固げんこで頭をこつん。これくらいの余興がないと面白くない
怪異暗闇祭 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
やあ火の玉の親分か、わけがある、打捨うっちゃっておいてくれ、と力を限り払いけんともが焦燥あせるを、栄螺さざえのごとき拳固げんこ鎮圧しずめ、ええ、じたばたすればり殺すぞ、馬鹿め。
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
新井田氏の玄関によろけこむと、渡瀬は拳固げんこで涙と鼻水とをめちゃくちゃに押しぬぐいながら
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
但し演壇をあちこち歩き廻ったり、拳固げんこを振りまわす労力はこの外であるのは勿論の事だ。
話の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「立てるか、ウム?」そう言って、いきなり横ッ面を拳固げんこでなぐりつけた。逃亡者はまるで芝居の型そっくりにフラフラッとした。頭がガックリ前にさがった。そしてつばをはいた。
人を殺す犬 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
それは玄関の戸の蝶番ちょうつがいの音らしいものでした。——私は寝台の上に起き上がって、自分が本当に目を覚ましているのかどうかを確かめるため、拳固げんこで、寝台のフチをたたいてみました。
黄色な顔 (新字新仮名) / アーサー・コナン・ドイル(著)
テンコツさんのいわれは知らない。一度何のことかと父にいたら、拳固げんこをかためて頭のところへもっていったようなことをしたが、私にはなんのことなのか分ったようでわからなかった。
千登世が、さういふのを待つてゐたやうに、深水は、ポンと拳固げんこで膝を叩いた。
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
続いて第二発目のストキの拳固げんこがボースンの横っ腹へ飛んで来た。と同時に
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
そのとたんにぽかんと拳固げんこがとんできそうな気がするし、一度などは与吉が道路にしゃがんでわらじを結びなおすと、泰軒は平然とそばに立って待っている始末で、駒形名うてのつづみの与吉
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ワーリャ (涙ごえで)ええ、こうしてやりたい……(拳固げんこでおどす)
桜の園 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
闇太郎も、法印も、むこうを向くようにして、拳固げんこで、目を引っこすっていた——苦労を積んだ男たちだから、恋に狂い、恋に死ぬおんなの、世にもあわれな気持は十分にわかるに相違なかった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
すると女は、いきなり僕の胸を力一杯の拳固げんこで突きとばした。
吊籠と月光と (新字新仮名) / 牧野信一(著)
「酒を振舞ふるまはなきや、此方こつちから拳固げんこを振舞つてやら。」
椋のミハイロ (新字旧仮名) / ボレスワフ・プルス(著)
再び坐れば、汚ないカフスに半ば隠れた拳固げんこして
「約束を破れば拳固げんこで一万たたくんです」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
拳固げんこ背中せなかをどやしつけられた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
八五郎は、裏口へ寄り沿つたまゝ、彌造の中から取つて置きの拳固げんこを出して、そうツと撫でるやうに、二つ三つ雨戸へさはつて見ました。
壁に向かって拳固げんこや足や頭でぶつかってゆき、わめきたて、痙攣けいれんに襲われ、家具に突き当って怪我しながら下に倒れてしまった。
それからどこかへ行って、尻尾しっぽで輪を作ってその中にすわり、拳固げんこのように格好よく引き締った頭で、余念なく夢想にふける。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
「それだってかまわないさ。とにかく救い出してやらなくちゃ」とラズーミヒンは拳固げんこでテーブルをたたいて叫んだ。
両方の眼を拳固げんこで力一パイこすりまわした。寝台の足の先の処をジイッと凝視みつめたまま、石像のように固くなった。
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
拳固げんこを食わせることも、かなり尊敬さるる方法である。浮浪少年が最も好んで言う一事は、「おれはすてきに強いんだぞ、いいか!」ということである。
「弱い野郎でね、二つ三つ拳固げんこをくらわしてから、松島町の番所へ突き出してやりました」と芳造は云った
枡落し (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
金博士が、醤に負けないような大きな声を出し、おこった蟷螂かまきりのような恰好かっこうで、拳固げんこで天をつきあげた。
長い事、煙草をふかして居た甚五郎は「やっこらさ」と立ちあがって、祖母の居る茶の間の入口に小山の様に大きく膝をついて拳固げんこにした両手の間に頽げて寒そうな頭を落す。
農村 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
拳固げんこで、前の円い頭をコツンとたたく真似して、宗吉を流眄ながしめで、ニヤリとして続いたのは、頭毛かみのけ真中まんなかに皿に似た禿はげのある、色の黒い、目のくぼんだ、口のおおきな男で、近頃まで政治家だったが
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
隠居が熊を憎むのは、みんなの愛がこの小さな動物にそそがれるためだともいう。どうかすると隠居は、おまんや下女たちの見ていないところで、人知れずこの黒猫に拳固げんこを見舞うことがある。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「メリヤスの新しいシャツが一枚あれば」波田は「どのくらい暖かいだろうなあ」と思いながら油とあかとでガワガワになったズボンのポケットの中で、拳固げんこを力一杯で握り固めたり、延ばしたりした。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)