形相ぎょうそう)” の例文
眼に血をそそぎ、すさまじい形相ぎょうそう壱岐殿坂いきどのざかのほうを見こむと、草履ぞうりをぬいで跣足はだしになり、髪ふりみだして阿修羅あしゅらのように走りだした。
顎十郎捕物帳:08 氷献上 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
さらにまた南蛮のにて見たる、悪魔の凄じき形相ぎょうそうなど、こまごまと談りければ、夫人も今更に「じゃぼ」の恐しさを思い知られ
るしへる (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
腐敗すると、その結果、ガスが発生し、それが細胞組織やあらゆる体腔たいこう膨脹ぼうちょうさせ、またあの怖ろしい脹れ上がった形相ぎょうそうにさせる。
けれど淵辺には宮のおん目とお口がカッと開いて、せつな、自分の五ぞうぶりついて来そうな形相ぎょうそうに見えたのかもしれなかった。
その時の、この人の形相ぎょうそうは、絵に見る般若はんにゃ面影おもかげにそのままであります。この人は月をながめているのではない、月を恨んでいるのです。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
神谷はムッとしたが、恩田のさいぜんの形相ぎょうそうを思い出すと、恐ろしくて手出しができなかった。狂人の痴態ちたいとして見のがすほかはなかった。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
奥方様の花のようなお顔が、醜い般若はんにゃ形相ぎょうそうとなって物の云いよう立ち居振舞い羅刹らせつのように荒々しくなりお側へ寄りつくすべもないとは……
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しかも誰かに打ち殺された無念の形相ぎょうそうか何ぞのように、ジッと眼をしかめていて、一文字に噛み締めている岩の唇の間から流れしたたる水滴が
斜坑 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
何処どこにいたんだい!」と小母さんはそれだけ云った。庄吉は彼女の眼をつり上げて赤い顔をした凄じい形相ぎょうそうを見た。
少年の死 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
その形相ぎょうそうが頭にこびりついて離れず、妻と相抱いて寝ながら、妻の顔をさぐり合わすと、額のありどころ、鼻のありどころ、唇のありどころ等々が
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
しかも死んでいたならばこれ以上恐ろしい形相ぎょうそうのものの中に置かれていた自分に違いないとも思われるのであった。
源氏物語:55 手習 (新字新仮名) / 紫式部(著)
薄い冬の夕日が、弱い光をそのあから顔に投げて、猛悪な形相ぎょうそうに一種いいしれぬ恐怖と不安の色が浮んでいる。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
けれども、お初は、一向、淋しそうな顔もせず、もりの間の小径こみちをいそぎながら、だんだんに形相ぎょうそうを変えていた。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
怪塔王は、おそろしい形相ぎょうそうをして、小浜兵曹長をにらむばかりで、なにも口をきかなくなってしまいました。
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
たちまちこの恐ろしい下働きは、なんにおどろいたのか、おそろしい形相ぎょうそうをしてすっとびあがりました。
亡霊怪猫屋敷 (新字新仮名) / 橘外男(著)
今でこそ傷あともかわいているが、怪我したすぐあとの形相ぎょうそうはよほどすさまじかったらしく、気強い彼の女房も、戸板にのせてかつぎこまれた時にはおろおろした。
雑居家族 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
あとずさりをして、羽目板はめいたにぶつかってしまったくまは、のがれ道のないことをさとったものか、すごい形相ぎょうそうをし、きばをむきだしてとびかかりそうな身がまえをした。
くまと車掌 (新字新仮名) / 木内高音(著)
ところが全くいや形相ぎょうそうのものであった、女の足の裏がすべてこれだとすると考えものだとさえ思った
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
神職 いよいよ悪鬼の形相ぎょうそうじゃ。陽を以って陰を払う。笛、太鼓、さあ、囃せ。引立てろ。踊らせい。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
朝の薄い光が窓から斜めに隊長の頭に落ちていたが、近頃めっきり白さの増した頭髪やまた形相ぎょうそうの衰えが、蝋燭の火影ほかげの中でくまをつくり、かえって険悪な表情に見えた。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
銭形平次が、八五郎の迎えで駆けつけたのは、その日もやがて暮れかけた頃、大体の話は八五郎から聴いて居りましたが、事件の形相ぎょうそうが容易ならぬものを持って居るので
この形相ぎょうそうを障子越しにうしろから照す電燈の光にちらと見た瞬間、重吉は化物かと思ったのである。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しかも凄まじい憤怒ふんぬ形相ぎょうそう……。平家がここでほろびた後に、このような不思議の蟹が……。
平家蟹 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と狂気の如くけんで、翁の顔に今にも飛びかからん形相ぎょうそうで睨みつけた。けれど翁は「何をするんだ。」と落付いて、一声冷かにいって、冷笑ってぴくりとも動かなかった。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
巡査がどれもこれも福々しい人の好さそうな顔をしているのに反して、行列に加わっている人達の顔はみんなたった今人殺しでもして来たように凄い恐ろしい形相ぎょうそうをしている。
(新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
憤怒の形相ぎょうそうものすごく、彦太郎がさんさんと降り来る糞尿の中にすっくと立ちはだかり、昴然こうぜんと絶叫するさまは、ここに彦太郎は恰も一匹の黄金の鬼と化したごとくであった。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
の武者は悠々ゆうゆうとして西の宮の方へいってしまったが、何がめに深夜こんな形相ぎょうそうをして、往来をするのか人間だろうか妖怪だろうか、思えば思うほど、不審が晴れぬと語りしは
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
今まで得々と弁じ立てていた当の老人は、顔色を失い、意味も無く子路の前に頭を下げてから人垣ひとがきの背後に身をかくした。まなじりを決した子路の形相ぎょうそうが余りにすさまじかったのであろう。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
まったくはたの眼から見たら、滑稽なほどの子供っぽさ、いたずらに神話の中を経めぐったり、あるいは形相ぎょうそう凄まじい、迷信の物のおびえたりなどして、検事はしだいに夢を換え
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
墓地の松林の間には、白い旗や提灯ちょうちんが、巻かれもしないでブラッと下がっていた。新しいのや中古ちゅうぶる卒塔婆そとうばなどが、長い病人の臨終を思わせるようにせた形相ぎょうそうで、立ち並んでいた。
死屍を食う男 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
急に襲いかかるやるせない嫉妬しっとの情と憤怒とにおそろしい形相ぎょうそうになって、歯がみをしながら、写真の一端をくわえて、「いゝ……」といいながら、総身そうしんの力をこめてまっ二つに裂くと
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
阿修羅王あしゅらおうのごとく狂い逆上した左膳が、お藤の手をねじあげて身体中ところ嫌わず踏みつけるその形相ぎょうそうに! 思わずぎょっとしてしりごみしていると、陰にふくんだ声が惻々そくそくとして洩れてきた。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そして、憤怒ふんぬ形相ぎょうそうもの凄くひとりで勝手にたけり狂っている。
踊る地平線:05 白夜幻想曲 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
鼻にいで得たる形相ぎょうそうをもって叙述する事になります。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さっと立ち上がると形相ぎょうそう物凄く呼びとめました。
三つの称号、三つの形相ぎょうそうを持っている
かれのひたいには、ほのおのような青筋あおすじがうねっていた。かつて、忍剣の形相ぎょうそうが、こうまですごくさえたことを、龍太郎も見たことがないくらい。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おかあさまは、それをごらんになると、わが子ながら、その形相ぎょうそうのおそろしさに、思わず立ちすくんでおしまいになりました。
妖怪博士 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
すさまじい形相ぎょうそうで黒い口を開けている千じんの谷の上に、美しい弧を描きながら、白い虹のように、はるばると架け渡っている。
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
それをこちらから遠眼鏡で見ると面中かおじゅうがきずだらけで有馬だの鍋島だのの猫騒動のヒーローを思い出させるような物すごい形相ぎょうそうになっている。
憤怒の形相ぎょうそうは次第に恐怖の表情に変って、頬や顳顬こめかみの筋肉はヒクヒクと引き釣り、その眼と口は大きく開いてこがらしのような音を立ててあえぎに喘いだ。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
三度目にはお請けしなければなりますまい、と、そう答えると、丞相の霊がたちまち顔色を変じてすさまじい形相ぎょうそうになった。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
点火器ライターの小さい焔がユラユラとゆらめくと、死人の顔には、真黒ないろいろの蔭ができて、悪鬼あくきのようにすざまじい別人のような形相ぎょうそうが、あとからあとへと構成され
麻雀殺人事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
神職 (ほっと息して)——千慮の一失。ああ、いたしようをあやまった。かえって淫邪の鬼の形相ぎょうそうを火で明かに映し出した。これでは御罰ごばつのしるしにも、いましめにもならぬ。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まゆを釣り上げ眼をいからせ唇を左右に痙攣けいれんさせ、憤怒ふんぬ形相ぎょうそうを現わしている様子が、奇病人面疽にんめんそさながらである。ヒ、ヒ、ヒという笑い声はその口から来るのであった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
事件の形相ぎょうそうが、どうやらむずかしそうなので、平次はいつもの流儀で、湮滅いんめつさせられる前に証拠をかき集め、それを有機的に組立てて、夜の明けぬうちにらちをあけようとしたのです。
太夫だゆう姿に仕立てたのを見てもわかるであろうが、それとても、そもじがいとおしく、同胞はらからとはいえねたましく、私の小娘のようにもだえ、またあるときは、鬼神のような形相ぎょうそうにもなって
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
黄いろいきものを着て、四人の従卒に舟を漕がせていましたが、その卒はみな青い服を着て、あかい髪を散らして、いのこのようなきばをむき出して、はなはだ怖ろしい形相ぎょうそうの者どもばかりでした。
舌をかんでの狂い死にの、その臨終いまわの一刹那せつなとも知らず、抱きしめの激しさに、形相ぎょうそうの怖ろしさに、ぐいぐいと締めつける、骨だらけのかいなの中から、すり抜けて思わず壁ぎわまでげ出し
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
ほこりのつもった雨戸を開けたり蜘蛛の巣を払ったりしてくれました、その時私はつくづくと婆さんを眺めて、少しおかしいなと思いました、その顔というのが何か草鞋わらじの裏といった形相ぎょうそう
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)