座蒲団ざぶとん)” の例文
旧字:座蒲團
そのうちにようやく経の用意も出来たので本堂へ案内されたが、来てみると、ここは一層寒いうえに、勿論もちろん火鉢も座蒲団ざぶとんもなかった。
比叡 (新字新仮名) / 横光利一(著)
すると廊下伝ろうかづたいへやの入口まで来た彼は、座蒲団ざぶとんの上にきちんとすわっている私の姿を見るや否や、「いやに澄ましているな」と云った。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「立っていたって仕方がないでしょう。そこに座蒲団ざぶとんがあるから、御自由にお敷きなさい。だが、百合枝さん、とうとう来ましたね」
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
此時このとき座敷の隅を曲って右隣の方に、座蒲団ざぶとんが二つ程あいていた、その先の分の座蒲団の上へ、さっきの踊記者が来て胡坐あぐらをかいた。
花吹雪 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そうして、お雪ちゃんのすすめる座蒲団ざぶとんの上に坐ると、その間にお雪ちゃんは、重詰をあけ、銚子を取り出して、御持参の酒肴を並べ
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
かもはなにも知らずに熟睡していたが、揺り起こされてみると、夜が明けてい、自分が座蒲団ざぶとんまくらにごろ寝をしていることに気づいた。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
机と火鉢と座蒲団ざぶとんが一所にかたまって、其の周囲には、書籍だの新聞だの雑誌だの、紙屑だのが、無茶苦茶に放り出してあった。
鼻に基く殺人 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
私は悄然としながら、案内せられるままにそちらに通ると、座蒲団ざぶとんを持って来てすすめたり、手焙てあぶりに火を取り分けて出したりしながら
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
その内側の壁にはジョンの先祖たちの記念碑が飾られ、やわらかい座蒲団ざぶとんや、立派な上張りの椅子いすが心地よくしつらえてある。
楽屋にては小親の緋鹿子ひがのこのそれとは違い、黒き天鵞絨びろうど座蒲団ざぶとんに、蓮葉はすはに片膝立てながら、繻子しゅすの襟着いたるあら竪縞たてじま布子ぬのこ羽織りてつ。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
小言をいいながら平次は、取散らかした部屋の中を片付けて、少し煎餅せんべいになった座蒲団ざぶとんを二枚、上座らしい方角へ直します。
障子しょうじに近い大きな白熊の毛皮の上の盛上るような座蒲団ざぶとんの上に、はったんの褞袍どてらを着こんだ場主が、大火鉢おおひばちに手をかざして安座あぐらをかいていた。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
この人を裏の土蔵の方へ導こうとして、おまんは提灯ちょうちんを手にしながら先に立って行った。半蔵もござ座蒲団ざぶとんなぞを用意してそのあとについた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
二十西仙センテモ出して座蒲団ざぶとんを買った私は、こうして石段の席へ腰を据えて、持参の望遠鏡で正面入口の混雑を検査している。
床の前に座蒲団ざぶとんを直して、「あんまり御無沙汰ごぶさたをしていましたから」と、つぶやくようにいいながら、違棚ちがいだなにあった葉巻はまきの箱を下して前へ出しました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
となりの六畳室のふすまをはずしてそこに座蒲団ざぶとんがたくさんしいてあった。先客はすでに蓄音器ちくおんきをかけてきいていた。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
隣の間からほうきを持出しばさばさと座敷の真中だけを掃いて座蒲団ざぶとんを出してくれた。そうして其のまま去って終った。
浜菊 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
純子どんす座蒲団ざぶとんの上に坐って、金無垢きんむく煙管きせるで煙草を吸っている春見は今年四十五歳で、人品じんぴんい男でございます。
庸三は新調のふかふかしたメリンスのつい座蒲団ざぶとんの一つに、どかりと胡座あぐらをかくと、さも可笑おかしそうに笑っていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
Tの横の座蒲団ざぶとんの上にきちんとすわって、はかまのひざを合わせた上へ、だいぶひびの切れた両手を正しくついて、そうして知らん顔をしているのであった。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そのなかはまあ二人で差し向いに腰かけるのがやっと位だが、そこには座蒲団ざぶとんや毛布から、火鉢の用意までしてある。火鉢には火もどっさり入れてある。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
絹靴下なんぞをはいたこの綾子に出せるような座蒲団ざぶとんはない。俺は自分の座蒲団を裏返して綾子にすすめた。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
とまた昔日の元気に似ず、今日に限りて座蒲団ざぶとんの汚れがことに目立ち、畳の焦痕やけあとにわかに拡がりしように覚ゆ。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
一隅はじには、座蒲団ざぶとんを何枚も折りかさねた側に香立てをえた座禅ざぜん場があります。壁間かべには、鳥羽とば僧正そうじょう漫画まんがを仕立てた長い和装わそうの額が五枚ほどかけ連ねてあります。
気のついたときには、茶の間の座蒲団ざぶとんの上にチョコナンと胡坐あぐらをかいているという有様だった。
振動魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
しかもそのまん中には小さい紫檀したんの机があつて、その又机の向うには座蒲団ざぶとんが二枚重ねてある。
東京小品 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
昔を思い出してか座蒲団ざぶとんの上に長まっていたりする。そのくせ人間の眼を見ると必ず逃げる。
黒猫 (新字新仮名) / 島木健作(著)
女は座蒲団ざぶとんを持って先に立ちその一番端しの室に彼を案内した。女は金を受取ると出ていった。廊下を行く足音を龍介はじいときいていた。彼はきゅうに身体がふるえてきた。
雪の夜 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
天野はいている座蒲団ざぶとんの上に落ちるように坐ると、ものをいう前のくせで、ぐうと息を吸いこんで、眼を白黒させ、お、お、お、遅くなった、す、す、すまん、とだけ云った。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
『多少どころではない。これは大変な事になったものだ。すっかり、座蒲団ざぶとんを上げてみい』
濞かみ浪人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
広巳は少女の手をりはらって上へあがった。広巳は笑っていた。広巳にいてあがった少女の一人は、女に近く座蒲団ざぶとんを敷いた。それはこもの葉のような蒼白あおじろい蒲団であった。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
為事場の板の間に座蒲団ざぶとんを敷き、前に研ぎ板を、向うに研水桶とみずおけ(小判桶)を置き、さて静かに胡坐あぐらをかいて膝に膝当てをはめ、膝の下にかった押え棒で、ほん山の合せ研を押えて
小刀の味 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
座蒲団ざぶとんも拾った。縁側の畳をはねくり返してみると、持逃げ用の雑嚢ざつのうが出て来た。私はほっとしてそのカバンを肩にかけた。隣の製薬会社の倉庫から赤い小さなほのおの姿が見えだした。
夏の花 (新字新仮名) / 原民喜(著)
若殿は恍惚うっとりとして、見惚みとれて、ござの上に敷いてある座蒲団ざぶとんに、坐る事さえ忘れていた。
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
座蒲団ざぶとん上敷うわしき屏風びょうぶ几帳きちょうなどのこともすぐれた品々の用意をさせておいでになった。
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)
座蒲団ざぶとんだ——その御書院番士の座蒲団が一枚いているからと言って、官報第何号か何かでその欠員を募集するてエと、願書が何千通山積さんせきして、その中で高文こうぶんをパスしたやつが何百人
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「これ? これね、もう大分寒くなったでしょう。で、あなたに座蒲団ざぶとんこしらえて上げたの。それから枕もね」と私が答えて「ねえ、あなたは座蒲団もなし、枕が汚れてるでしょう?」
それが両花道はなみちのきわまでつづき、またそれを一コマずつに、細い桟木さんぎで仕切っていって、一コマが、およそ一間の四分の一に仕切られて、その中に四つ、または五枚の座蒲団ざぶとんが敷いてある。
三尺の床に袋戸棚が隣ってそこから座蒲団ざぶとんが引出され、掛花活かけはないけあざみは大方萎れて、無頓着が売物の小座敷だ、婢は云う御酒は、小歌は云うあがらないの、だけれども印しにと貞之進に向い
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
車を降りた所に縁側があるのでせう、座蒲団ざぶとんの並んだ畳が見えるのでせう、私は驚きました。門口かどぐちをくぐらないで直ぐ道からお座敷になつて居る家などを、町家育ちの私は初めて見たのです。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
彼は多分の好奇心をもって、縁側へ座蒲団ざぶとんをすすめた。どうせやって来はしないだろう、この男は人とつきあう事は一切しないと云う噂だから——そう思いながら、試してやる気が充分あった。
遺産 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
その翌朝工場に出て私は自分の座蒲団ざぶとんの前に膳箱のないのに気づき、うろたえた。一人の仲間が私を呼んだ。仲間は膳箱を抱えて工場の出口のところに立ってい、彼の足もとに私の膳箱が置いてあった。
その人 (新字新仮名) / 小山清(著)
主人は座蒲団ざぶとんを勧めたが彼は有難いとも思わないようである。
愛か (新字新仮名) / 李光洙(著)
彼女は、出来上った着物をたたんで座蒲団ざぶとんの下にいた。
魚の序文 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
客を待つ夏座蒲団ざぶとんの小さきが
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
鉄瓶てつびんが約束通り鳴っていた。長火鉢ながひばちの前には、例によって厚いメリンスの座蒲団ざぶとんが、彼の帰りを待ち受けるごとくに敷かれてあった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
恩田が彼女のそばへ寄りそって、肩に手をまわして、グッとおしつけると、蘭子はクナクナと座蒲団ざぶとんの上にくずおれてしまった。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と言って道庵、あごを撫でながら、太夫さんのすすめてくれた舞台用の緞子どんすの厚い座蒲団ざぶとんの上に、チョコナンとかしこまりました。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
われら式、……いや、もうここで結構と、すぐその欄干に附着くッついた板敷へ席を取ると、更紗さらさ座蒲団ざぶとんを、両人に当てがって
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
座敷のまんなかに陶物せとものの大きな火鉢を置いて、そばに汚れぬ座蒲団ざぶとんを並べ、私の来るのを待っていたようである。私は、つくづく感心しながら
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)