広重ひろしげ)” の例文
旧字:廣重
広重ひろしげめいた松の立木——そこには取材と手法とに共通した、一種の和洋折衷せっちゅうが、明治初期の芸術に特有な、美しい調和を示していた。
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
この景色がまたなく美しい。線の細かい広重ひろしげ隅田川すみだがわはもう消えてしまった代わりに、鉄とコンクリートの新しい隅田川が出現した。
Liber Studiorum (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
Salle Durand Ruel において九十三年(明治二十六年)広重ひろしげの山水画のみを限りてこれを陳列したる事ありき。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
橋のたもとにある古風な銭湯の暖簾のれんや、その隣の八百屋やおやの店先に並んでいる唐茄子とうなすなどが、若い時の健三によく広重ひろしげの風景画を聯想れんそうさせた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そして裏に立つ山にき、処々に透く細い町に霧が流れて、電燈のあお砂子すなごちりばめた景色は、広重ひろしげがピラミッドの夢を描いたようである。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
銀河きらめく暗夜の下を右に左に縫っていく情景は、見るからに涼味万斛ばんこく広重ひろしげ北斎がこの時代に存生していたにしても
東海道五十三次をかいた広重ひろしげが今生きていたらば、こうした駅々の停車場の姿をいちいち写生して、おそらく好個の風景画を作り出すであろう。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
歌麿うたまろなぞいやですが、広重ひろしげの富士と海の色はすばらしい。そのあいのなかに、とけこむ、ぼくの文章も青いまでに美しい。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
芸術家を特別の人種であるかのように誤信して、世間さまを睥睨へいげいするよりも、広重ひろしげであり、バッハであり、益子焼ましこやきであり、モーツァルトでありたい。
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
私は、これを広重ひろしげの絵画に認めた。しかし、この単調な、意味の極めてシンプルな芸術は決して、今の物質文明に対して積極的に反抗するような力を持たない。
単純な詩形を思う (新字新仮名) / 小川未明(著)
広重ひろしげの世を過ぎてなお三四十年の間は、京橋・築地辺の河岸かし近くにも、材木屋があり竹屋があり、その材木のてっぺんなどには、鳶が羽を休め目を光らしていた。
宿屋の構えも広重ひろしげにでもありそうな、脚絆きゃはん甲掛けに両掛けの旅客でも草鞋わらじをぬいでいそうな広い土間が上がり口に取ってあったりして、宿場の面影がいくらか残っており
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
津軽半島の方はまるで学校にある広重ひろしげの絵のようだ。山の谷がみんな海まで来ているのだ。そして海岸かいがんにわずかの砂浜すなはまがあってそこにはおおきな黒松くろまつ並木なみきのある街道かいどうが通っている。
或る農学生の日誌 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
チャンとすましてもらしと無慈悲の借金取めが朝に晩にの掛合かけあい、返答も力男松おまつを離れし姫蔦ひめづたの、こうも世の風になぶらるゝものかとうつむきて、横眼に交張まぜばりの、袋戸ふくろど広重ひろしげが絵見ながら
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
彼は己れの手の中にある杯の、なみなみとたたえた液体の底に金色に盛り上っている富士の絵を詰めた。富士の下には広重ひろしげ風の町の景色の密画があって、横に「沼津」と記してある。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
人身御供ひとみごくうに上げられる心配もまずありそうなことはなく——そうそうあられてはたまらない——それで江戸湾内を立ち出でる木更津船の形は、広重ひろしげに描かせて版画にしておきたいほど
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
あたりはすっかり黄昏たそがれて広重ひろしげの版画の紺青こんじょうにも似た空に、星が一つ出ていた。
海底都市 (新字新仮名) / 海野十三(著)
広重ひろしげの富士は八十五度、文晁ぶんてうの富士も八十四度くらゐ、けれども、陸軍の実測図によつて東西及南北に断面図を作つてみると、東西縦断は頂角、百二十四度となり、南北は百十七度である。
富嶽百景 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
その病後の療養に、私は小田原の御幸みゆきはまへ一と月ばかりほど転地していたことがあった。ああ、あの頃だったなと思うと、私の追憶には青い青い広重ひろしげの海の色や朝夕の潮騒の音が響いて来る。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
歌麿うたまろや、広重ひろしげや——は、画家と言うよりはむしろ詩人に属している。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
玄冶店げんやだなにいた国芳くによしが、豊国とよくにと合作で、大黒と恵比寿えびす角力すもうをとっているところを書いてくれたが、六歳むっつ七歳ななつだったので、何時いつの間にかなくなってしまった。画会なぞに、広重ひろしげも来たのを覚えている。
広重ひろしげの錦絵によく見るような、古ぼけた煤色をぼかしている。
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
水はみな紺青色に描かれし広重ひろしげの絵のかたくなをめづ
かろきねたみ (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
広重ひろしげうみちらとみき。
どんたく:絵入り小唄集 (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
春章しゅんしょう写楽しゃらく豊国とよくには江戸盛時の演劇を眼前に髣髴ほうふつたらしめ、歌麿うたまろ栄之えいしは不夜城の歓楽に人をいざなひ、北斎ほくさい広重ひろしげは閑雅なる市中しちゅうの風景に遊ばしむ。
浮世絵の鑑賞 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
芭蕉ばしょう広重ひろしげの世界にも手を出す手がかりをもっていない。そういう別の世界の存在はしかし人間の事実である。理屈ではない。
科学者とあたま (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
初代広重ひろしげの名所絵にも残って居りますが、その頃の五つ目はほとんど郊外で、田圃たんぼの中に建って居る螺線らせん形のお寺は、なかなかに面白い恰好をして居ります。
崖縁がけぶちの台つきの遠目金とおめがねの六尺ばかりなのに妹が立掛たちかかった処は、誰も言うた事ですが、広重ひろしげの絵をそのままの風情でしたが——婆の言う事で、変な気になりました。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
団十郎の芝居にありそうな仲の町の華麗な桜も、ゆく春と共にあわただしく散ってしまって、待乳まつちの森をほととぎすが啼いて通る広重ひろしげの絵のような涼しい夏が来た。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
僕の記憶を信ずるとすれば、この一つ目の橋のあたりは大正時代にも幾分か広重ひろしげらしい画趣を持つてゐたものである。しかしもう今日こんにちではどこにもそんな景色は残つてゐない。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「どうです、綺麗なものでしょう。広重ひろしげの描いた美しい空の色と同じでしょう」
人間灰 (新字新仮名) / 海野十三(著)
うたかたの流れの岸に広重ひろしげうつつ桜花はなき重ねたり
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
壁のしたには広重ひろしげの紺のぼかしの裾模様
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
そうすると、ちょうど荷物の包み紙になっていた反古ほご同様の歌麿うたまろ広重ひろしげが一躍高貴な美術品に変化したと同様の現象を呈するかもしれない。
連句雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
また湯島の酒楼松琴楼は松金屋のことで、広重ひろしげ錦絵にしきえ「江戸高名会席づくし」に不忍池を見渡す楼上の図が描かれている。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それは広重ひろしげが描いた江戸名所で、十万坪の雪の景色だ。おめえ、知っているか
半七捕物帳:10 広重と河獺 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
いま、あるのは、郷里の家の白壁の土蔵と、軽井沢の緑陰と、二枚だけになってしまったが、これを自分の居間の壁に、広重ひろしげの五十三次や、マチスのクロッキーと並べて臆面もなくかけている。
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
僕は船端ふなばたに立つたまま、鼠色に輝いた川の上を見渡し、確か広重ひろしげいてゐた河童かつぱのことを思ひ出した。河童は明治時代には、——少くとも「御維新ごゐしん」前後には大根河岸だいこんがしの川にさへ出没してゐた。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
午前十時の日の光海のおもてに広重ひろしげ
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
こういう絵を見るよりも私はうちで複製の広重ひろしげか江戸名所の絵でも一枚一枚見ている方が遥かに面白く気持が好いのである。
ある日の経験 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
北斎ほくさい及び広重ひろしげらの江戸名所絵めいしょええがかれた所、これを文字もんじに代えたならば、即ちこの一句に尽きてしまうであろう。
五十三次、広重ひろしげの海の匂もまだ熱く
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
われわれは広重ひろしげでも北斎ほくさいでも歌麿うたまろでもそれぞれに特有な取り合わせの手法を認めることができるであろう。
映画芸術 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
広重ひろしげ北斎ほくさいの事は余すでに「浮世絵の山水画と江戸名所」と題せし論文に言ひたればここに論ぜず。)
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
広重ひろしげの名をもおもひ出づ。
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
これ余が広重ひろしげ北斎ほくさいとの江戸名所絵によりて都会とその近郊の風景を見ん事をこいねがひ、鳥居奥村派とりいおくむらはの制作によりて衣服の模様器具の意匠いしょうたずね、天明てんめい以後の美人画によりては
浮世絵の鑑賞 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
白木屋しろきやのへんから日本橋を渡って行く間によく広重ひろしげの「江戸百景」を思い出す。あの絵で見ると白木屋の隣に東橋庵とうきょうあんという蕎麦屋そばやがある。今は白木屋の階上で蕎麦が食われる。
丸善と三越 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
これ余が広重ひろしげ北斎ほくさいとの江戸名所絵によりて都会とその近郊の風景を見ん事をこいねがひ、鳥居奥村派とりいおくむらはの制作によりて衣服の模様器具の意匠を尋ね、天明てんめい以後の美人画によりては
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
また広重ひろしげをして新東京百景や隅田川すみだがわ新鉄橋めぐりを作らせるのも妙であろうし、北斎ほくさいをして日本アルプス風景や現代世相のページェントを映出させるのもおもしろいであろう。
映画時代 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
これは世界の人が広重ひろしげの名所絵においてのみ見知っている常磐木ときわぎの松である。
霊廟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)