幾許いくら)” の例文
取出し夫見よ酒も肴も幾許いくらでも出せ喰倒しをするやうな卑劣ひれつの武士と思ふかこゝ盲目めくらめと云ながら百兩餘りもあらんと思はるゝ胴卷どうまき
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
エヘヽヽ此辺このへんでは如何いかゞさまで。書生「ヤーこれいのー幾許いくらぢや、うむそれは安いの、うてかう。銭入ぜにいれからだいはらつて立帰たちかへりました。 ...
世辞屋 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
幾許いくら急いで出掛けたつて、何とか一言ひとことぐらゐ言遺いひおいてきさうなものぢやないか。一寸ちよつと其処そこへ行つたのぢやなし、四五日でも旅だ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
マア何十人と云う従兄弟がある。又近所の小供も幾許いくらもある、あるけれどもその者等ものらとゴチャクチャになることは出来ぬ。第一言葉が可笑おかしい。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
本當に一つも蚤にくはれなかつた子供の美しい肌が、幾許いくらとも知らないぶつ/\の爲めに眞赤まつかになつてゐるのであつた。
(旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
弟子は独立するときその師匠から幾許いくらか頒つて貰ひ、それをまた己が弟子に頒ち伝へるのが例で、中には百年余りの鉄漿を有つてゐる者さへある程で
名工出世譚 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
幾許いくら半歳経つと言ったって、宮ちゃんのような綺麗な若い女に訪ねて来られると、一寸具合が悪いからねえ。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
職人の手間を差引くと、幾許いくらも残らないような苦しい三十日みそかが、二月ふたつきも三月も続いた。家賃が滞ったり、順繰に時々で借りたちいさい借金がえて行ったりした。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
今日こんにちでは大道で字を書いていても、銭をくれる人は多くあるまいと思うが、その頃には通りがかりの人がそのを眺めて幾許いくらかの銭を置いて行ったものである。
思い出草 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
もし単に故郷にれられぬといふばかりならば、根本の父のやうに、又は塩町の湯屋のやうに、いきどほりを発して他郷に出て、それで名誉を恢復くわいふくしたためし幾許いくらもある。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
勘定を済まして笹屋を出る時、始めて丑松は月給のうちを幾許いくらたもとに入れて持つて来たといふことに気が着いた。それは銀貨で五十銭ばかりと、外に五円紙幣さつ一枚あつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
幾許いくらもってるんだい。」と惣吉は不思議そうな顔をした。「そんなら餡麪麭あんパンを買ってこいよ。」
少年の死 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
まだ幾許いくらの貯へも、ありし昔は母様の、我をかよはき御手一ツに、育てたまへしためしもあるをと、思ひかえして我と我が心を幾度励ましつつ、二タ月三月を夢の間に、過ぐれば過ぐる年月の
葛のうら葉 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
その頃は、まったくです、無い事は無いにしろ、幾許いくらするか知らなかった。
女客 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かくるうち姿は見えずナニ幾許いくらほど近いものかハアハア云つて此上あたりに休み居るならんト三人あざみながらのぼるに道人は居ず五六丁の間は屈曲をりまがりてもよく先が見えるに後影もなししやは近きを
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
助「湯河原は打撲うちみ金瘡きりきずにはいというから、ゆっくり湯治をなさるがい、ついてはこの仏壇の作料を上げましょう、幾許いくらあげたらよいね」
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
だつて、尊父さんや尊母さんが不承知であつて見れば、幾許いくら私の方で引取りたくつても引取る訳に行かないぢやありませんか。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
見れば幾許いくら大家の由緒ゆゐしよある家のといふても町人は町人だけで詮方せんかたなし必ず喃々くよ/\思ふなよとはげましながら父親も同じ袂をうるほはしぬ娘はやう/\顏を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
今日では大道で字を書いていても、ぜにを呉れる人は多くあるまいと思うが、その頃には通りがかりの人がその字を眺めて幾許いくらかの銭を置いて行ったものである。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
おかなの話によると、鉱敷課こうしきかとやらの方に勤めて、鉱夫達と一緒に穴へ入るのが職務であるその旦那から、月々あてがわれる生活費と小遣とは、幾許いくらでもなかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
し自分が出社せぬ日であっても、これまで何時も主筆か編輯長に当てゝ幾許いくらの銭を雪岡に渡すように、と、長田の手紙を持ってさえ行けば、私に直ぐ受取れるように
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
丑松はまた、友達が持つて来て呉れた月給を机の抽匣ひきだしの中へ入れて、其内を紙の袋のまゝ袂へも入れた。尤も幾許いくら置いて、幾許自分の身に着けたか、それすら好くは覚えて居ない。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
長崎に落付おちつき、始めて横文字の abc とうものを習うたが、今では日本国中到る処に、徳利とくり貼紙はりがみを見ても横文字は幾許いくらもある。目に慣れて珍しくもないが、始めての時は中々むずかしい。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
かめ「書いた物が何よりの証拠だに、お前が幾許いくら知らないと云っても無益むだだよ、これから分家へ往って話をするから一緒においで」
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
さうすると、了局しまひに那奴は何と言ふかと思ふと、幾許いくら七顛八倒じたばたしても金でしばつて置いた体だなんぞ、といた風な事を言ふんぢやありませんか。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
見らるゝ樣にて何となく居惡ゐにくく成たり最早もはや江戸の勝手かつてわかりたれば此處こゝに居ず共又外に宜處よきところ幾許いくらも有るべしと或時主人久藏にむかひ我等豫々かね/″\日光につくわうの御宮を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「燐寸がほしいの。そんなものは幾許いくらでも上げるけれども、一体どうして今頃こんな所へ来たのさ。」
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
着替や頭髪あたまの物などと一緒に持っていた幾許いくらかの金も、二三かげつの東京見物や、月々の生活費に使ってしまってから、手が利くところから仕立物などをして、小遣をかせいでいた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
私も幾許いくら何でもまさか其様なことは無いであろうと思っていたが、あんまり心配そうに言うので、もし其様なことででもあるのかと思ったがそうでなくって、先ずそれは安心した。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
きいちゃんの大きく成ったには魂消たまげた。姉さんの方と幾許いくらも違わない」
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
多「番頭さんも目前めさきべいの勘定で心の勘定がねいから、何が幾許いくらるか知りやアしねい、店を預かる番頭さんだからしっかりしなんしよ」
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
万一、彼が人間のことば幾許いくらか解するとすれば、訊問の結果、どんな有益な発見が無いとも限らぬ。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
私のいふことだけは、幾許いくらかきくんだけれど、松子なんか頭から馬鹿にして、昨日も奥のお火鉢を綺麗に掃除したあとへ行つて、わざと灰を引掻き廻して、其処らぢう灰だらけにしたんですよ。
チビの魂 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
『ナニ、幾許いくらでも好いんですから——』
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
玄石の技術うでまえを褒めて約束の通り金百両を与えて、堅く口止をいたし、茂二作夫婦にも幾許いくらかの口止金を与えて半右衞門を病死と披露して
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ただこれは一種の想像に過ぎぬ。この以外にも彼等のあいだんな秘密の糸がつながれているかも知れぬ。普通の世間の出来事にも、人間の浅い智慧ちえでは想像や判断の付かぬことは幾許いくらも有る。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
父が受取つた金の高、仲人がそのうち幾許いくらはねたかといふやうな事まで。
チビの魂 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
知らばっくれて払いに出ます事が幾許いくらもございます、左様な不祥ふしょうな品と違いまして、出所も分って居りますから何かと存じまして
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
しかもその小遣いの多くはお絹の貢物みつぎものであった。彼もこの場合には、お絹のところへ無心に行きたくなかった。用人や給人にももう幾許いくらずつか借りているので、この上に頼むわけにはいかない。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「わたし幾許いくらも借金がないのよ。」
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
おびあひだから紙幣入さついれを出して幾許いくらはらひをしてかへる時に、重い口からちよいと世辞せじつてきましたから、おほきに様子やうすよろしうございました。
世辞屋 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
へーえ、それうまい事を考へたが、全体ぜんたい幾許いくら置いてたんだ。レ「ア、かね勘定かんぢやうずにた……それではなんにもなりませぬ。 ...
立派なお医者さまが見放した病人を癒した事が幾許いくらもありやすので、諸方へ頼まれてきますが、年いって居るからようが丁寧だてえます
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
まるっきり今日はあぶれちまって、からいて帰るかと思っていた処で、何うか幾許いくら待っても宜しゅうございます、閑でげすから、お合乗あいのりでへい
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
他の訴訟が幾許いくらあっても、それをあとへ廻して此の方を先へ調べるのが例でありますから、奉行は吟味与力の申立てにより、他の調を後廻しにして
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
三「此様こんな物を持って来たって仕様がねえ、買ったって百か二百で買える物を持って来て、是で幾許いくらばかり欲しいのだ」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
此の盆前に来てお前さん幾許いくら持って往ったえ、二十円持って往ったろう………其の時もう来ないと云ったでは無いか
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
一日幾許いくらって手間を取って居る者が、暇アつぶして此処まで引張られるは難儀だから、めえらねえというものを何んでもという、私ア暇を消してめえったが
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
多「番頭さん、貴方あんた算盤そろばんを取って店をあずかるものだから聞きやすが、日に十二文の草履が五足で幾許いくらになりやす」
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
大「いや勧めの酒はの幾許いくら飲んでもうまくないので、宅へ帰ると矢張また飲みたくなる、一寸ちょっと一盃いっぱいけんか」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)