たむろ)” の例文
「はい、沙汰を待てとのことに、外城の門にたむろしています。けれどもう冬は来るし、部下が不愍ふびんなので、お訴えに出てきたわけです」
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
左手の草の斜面は高天原で、昔、盤古ばんこの神と建御名方神たけみなかたのかみと戦場ヶ原で戦った時、諏訪明神の軍がたむろしていた所だと伝えられている。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
将校下士官は自分らだけでブロックをつくって筏の前部にたむろしていたが、そういう権力の存在が、そろそろ無言の威圧を示しはじめた。
ノア (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
洞窟の入り口にたむろしている、丹生川平の郷民達は、こう口々に喚きながら、枯れ木や枯れ草をうず高いまでに、洞窟の扉の前に積んだ。
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
つ道庁の官吏は果して沿岸いづれの辺にたむろして居るか、札幌の知人何人なんびとも知らないのである、心細くも余は空知太そらちぶとを指して汽車にたふじた。
空知川の岸辺 (新字旧仮名) / 国木田独歩(著)
そして鳩が地へ舞いおりるように、徐々に、一艘ずつ帆をおろして半町ほどの沖合いにたむろした。岸との間には大きい白い磯波が巻き返している。
生きること作ること (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
すなわち呉傑、平安をして西の方定州ていしゅうを守らしめ、徐凱をして東の方滄州そうしゅうたむろせしめ、自ら徳州にとどまり、猗角きかくの勢をしてようやく燕をしじめんとす。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ところで、これより以前、検地の不平のために団体運動を続けて、それぞれにたむろして待機している農民たちの同勢と合流しない限りもあるまい。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
どうしても匈奴きょうどの主力は現在、陵の軍の止営地から北方郅居水しっきょすいまでの間あたりにたむろしていなければならない勘定になる。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
おそろし山蛭やまびる神代かみよいにしへから此処こゝたむろをしてひとるのをちつけて、ながひさしいあひだくらゐ何斛なんごくかのふと
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
階下の大広間「松の間」に、「飲む」組がたむろしていた。十二三人の聯合組連中に、つれて来た女たち、土地の芸者が加わって、乱痴気騒ぎである。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
妻や子が待っているばかりではない。気をゆるし合った同じ心の仲間がたむろしている。——それよりも、そこに彼らの新しく定めた家があったのだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
薄濁った形のくずれたのが、狂うようにささくれだって、澄み切った青空のここかしこにたむろしていた。年の老いつつあるのが明らかに思い知られた。
親子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
またHの家にでもたむろしていたのであろう。茂緒は顔をあげ、じっと相手を見ながら近づいていった。MとUとKだ。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
敵の陣屋と云うのは、二た月に亙る城攻めのことでもあり、二萬騎にあまる大軍がたむろしていた場所であるから、それ相当の設備がしてあったに違いない。
脅迫状は、一名の刑事が持って、これを鴨下ドクトルの留守宅にたむろしている署長の許へとどけることになった。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
配給所の前には既に隣組の人達がたむろしていたが、私の姿を見かけるとその群の中から組長さんが歩み出て、私だけに関する不仕合せの事実を告げたのである。
メフィスト (新字新仮名) / 小山清(著)
全市に戒厳令がかれて三々五々、銃をもち剣を抜いた兵士が街路にたむろし、市中を巡羅するようになった。
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
からからに乾いて巻きちぢれた、けやきの落葉やえのきの落葉や杉の枯葉も交った、ごみくたの類が、家のめぐり庭の隅々の、ここにもかしこにも一団ずつたむろをなしている。
新万葉物語 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
なぜ乞食雲坪と云ふかと言ふに、たむろして居る乞食を自宅へ連れて来ては「お客さん」と言つて泊めて居た。座敷は乞食で一杯となつて、自分が坐るところがない。
小川芋銭先生と私 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
須田町の四辻には黒山のような群集がたむろしていた。僅かに電車の通れるだけの空地を残して、黙った人影が街路に溢れていた。その上、電車の数も非常に少なかった。
群集 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
で、その大関門を通り抜けニャートンの小村を過ぎ小橋を渡ると、そこにシナ兵がたむろして居ります。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
浜田たちの中隊は、洮昂鉄道の沿線から、約一里半距った支那部落にたむろしていた。十一月の初めである。奉天を出発した時は、まだ、満洲の平原に青い草が見えていた。
前哨 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
本邦にも牝鶏の晨するを不吉とした。『碧山日録』に、長禄三年六月二十三日癸卯みずのとう、天下飛語あり、諸州の兵ひそかに城中にたむろす、けだし諸公あらかじわざわいの及ぶを懼るるなり。
その事実は秘されていたにもかかわらず口から口へ広がっているらしかった。北入口から離脱したとしても、当然彼は南入口付近にたむろする遊撃大隊に合流すべきであったのだ。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
光つてゐるのは、はりだ。叫んでゐるのは、窓だ。それらの窓は、眞赤に燃えながら、その光に照らし出された廣野にたむろしてゐる敵陣のなかへ叫んでゐるのだ。「火事だ!」
その第二隊は生駒山の南嶺にたむろし、大和にある官軍に備えて居る。師泰の遊軍二万は和泉堺を占領し、楠軍出動の要地である東条を、側面から衝かんとして集結中である。
四条畷の戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
そのうちの英国兵の一隊は進んで生田いくたたむろしている備前藩の兵士に戦いをいどんだ。三小隊ばかりの英国兵が市中に木柵もくさくを構えて戦闘準備を整えたのは、その時であった。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
陣営にたむろしている兵士たちはどんなに不幸なクリスマスを持つことでしょう。家に残っている妻や子は? あなたのお手紙にあったラスクの戦死したことなど思われます。
青春の息の痕 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
物の具したる兵者つはものが、こゝに五人かしこに十人たむろして、出入りのものを一々詮議するは、合點がゆかぬと思うたが、さては鎌倉の下知によつて、上樣を失ひたてまつる結構な。
修禅寺物語 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
こう云い残して彼は一同を煙草屋の前にたむろさせて、自分でひょこひょこはいって行った。
親方コブセ (新字新仮名) / 金史良(著)
北のやかたの守人もりびとのいうには、南野みなみののはてに定明らしい者がたむろしているとも言い、それは一軒のやかた作りではなく、野の臥戸ふしどのような小屋掛こやがけの中に住んでいるとのことだった。
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
その一角にオーケストラがたむろして、各種とりどりの鉢植えの植物が葉を繁らせている。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
夏の夕方、涼台にたむろする人たちの注意が自ら天に向うのは、けだし自然の成行である。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
幽沢いうたく邃谷すゐこくの中に濃密なる雲霧をたむろせしむ。平地にはかくの如き事あらず。国乱れて忠臣興るなり。家破れて英児現はるゝなり。遂げ難き相思益〻恋情を激発し、成し難きの事業愈〻志気を奮励す。
熱意 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
わが宿の岡のなぞへに、杉いくつたむろせりけり、せうせうとたむろせりけり。
観相の秋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
左岸の橋詰に一かたまりたむろしている鷺町の屋根の上に高くぬきん出て、この辺での名刹清光寺の本堂の屋根が聳えています。それから少し川とは反対側に傾いてほうきのような木が空に突出しています。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
城壁のしるく見ゆるは大軍たいぐんたむろするに似て
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
呼ばれてかくて兵船のたむろの中に住めるもの
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
霊感のたむろ。——たましひのとりで
(新字旧仮名) / 高祖保(著)
武蔵はいかったが、間に合わなかった。役人たちの身支度からして物々しかったが、行くほどに途々みちみちたむろしていた捕手のおびただしさに驚いた。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
空を横切って小鳥が飛ぶ。遙かの山の頂きに、入道雲がたむろしている。晴れた空が海のように深く見える、山地特有の空である。
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
見上ぐる大明神山の頂には、古綿の如き積雲がたむろしている、所どころ小さなガレに消え残った雪が、舞い落ちた銀杏の枯葉に霜が凍ったようだ。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
いたるところに、貯炭の山があり、その繰替くりかえをしたり、はしけへの積込みをしたりする仲仕たちが、方々に、たむろしていた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
この恐しい山蛭やまびる神代かみよいにしえからここにたむろをしていて、人の来るのを待ちつけて、永い久しい間にどのくらい何斛なんごくかの血を吸うと、そこでこの虫ののぞみかな
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかも平井橋ひらいばしからかみの、奥戸おくど立石たていしなんどというあたりは、まことに閑寂かんじゃくなもので、水ただゆるやかに流れ、雲ただ静かにたむろしているのみで、黄茅白蘆こうぼうはくろ洲渚しゅうしょ
蘆声 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
当時居延きょえんたむろしていた彊弩都尉きょうどとい路博徳ろはくとくが詔を受けて、陵の軍を中道まで迎えに出る。そこまではよかったのだが、それから先がすこぶるまずいことになってきた。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
夜中に大地震があって、みんな戸外に飛び出し、家の前の空地にござを敷いて、そこにたむろして夜を明かした。
生い立ちの記 (新字新仮名) / 小山清(著)
君のお供をいたしまして朝鮮国へ渡海とかいいたし、かの国のみやこ京城と申す所にたむろいたしておりましたが
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
西の空にたむろしてる雲のために華かなるべき残照が遮られてる、ほろろ寒い佗しい秋の夕暮だった。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)