大股おおまた)” の例文
乗る客、下りる客の雑踏の間をわれら大股おおまたに歩みて立ち去り、停車場より波止場まで、波止場より南洋丸まで二人一言ひとことも交えざりき。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
しかしそれは体の感じであって、思想は混沌こんとんとしていた。己は最初は大股おおまたに歩いた。薩摩下駄が寒い夜の土を踏んで高い音を立てた。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
風の強い日に彼が丘の背を大股おおまたで歩き、洋服をばくばくと風になびかせてゆくのを見ると、貧乏神が地上におりてきたのか、あるいは
なるほどそう云われて見れば、あの愛敬あいきょうのある田中中尉などはずっと前の列に加わっている。保吉は匇々そうそう大股おおまたに中尉の側へ歩み寄った。
文章 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
曇った夜の気温は冷えていたが、昂奮している彼にはその寒さがこころよく、力のこもった大股おおまたで、登はいさましく歩いていった。
そして背広の上に、まっ白の上っぱりを長々と着て、大股おおまたですたすたとやって来、ものもいわずにヘリコプターの上へ登ってはいった。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
田川博士のそばにいて何か話をしていた一人の大兵たいひょうな船員がいたが、葉子の当惑しきった様子を見ると、いきなり大股おおまたに近づいて来て
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ともかくこの光景はKをそのグループから離れさせ、Kはなお何回かそちらを振返りはしたが、大股おおまたで裁判所の建物を横切って急いだ。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
長安ながやす奉行ぶぎょう床几席しょうぎせき大股おおまたにあるいていって、あたりの家臣かしんひたいをあつめ、また徳川家の者がひかえているたまりへ使いを走らせた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
死神は、これでもう二、じぶんの持ちものをだましとられたわけですから、お医者のところへ大股おおまたにつかつかとやってきて
彼は自分の居室へ大股おおまたに上がっていった。小さな鏡に顔を映したが、よく見えなかった。それほど薄暗かった。しかし彼の心は喜び勇んでいた。
なかにはあんまりえらい大股おおまたであるくのを、やはり大昔から人が想像している通り、一本足で飛びまわるのがまことらしいと考えていた人さえあった。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
人類が遠く釈迦しゃか基督キリストの時代からあこがれて来た、愛、正義、自由、平等を精神とする最高価値の新生に向って、大股おおまたに一つの飛躍を取ろうとするには
激動の中を行く (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
その雲のこっち、豆の畑の向うを、鼠色ねずみいろの服を着て、鳥打をかぶったせいのむやみに高い男が、なにかたくさん肩にかついで大股おおまたに歩いて行きます。
十月の末 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
伊藤は何時もは男のように大股おおまたに、少し肩を振って歩くのが特徴だった、それが私の側を何んだが女ッぽく、ちょこ/\と歩いているように見えた。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
大股おおまたに、といいたいが、小柄でせっかちだからちょこちょこと出て来て、足で蒲団を直してちょこなんとすわった。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
彼らはそれぞれ何枚かのビラをふところにしのばせていた。而して興奮をおさえて言葉少なに大股おおまたに歩いて行く。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
つまり、ルピック氏が左の足を置いたところへ、自分も左の足を置くというふうにである。いきおい大股おおまたになる。人喰鬼ひとくいおににでも追っかけられてるようだ。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
それを掻い込んで播磨は大股おおまたに表口へ飛んで出ると、二人の奴も腕をまくりあげて主人のあとを慕って行った。
番町皿屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼は持ちまえの並みはずれた大股おおまたで、歩道をかっぽして行ったので、二人の女はやっとのことで彼のあとについて行ったが、彼はそれに気もつかなかった。
それが自分の耳に這入はいるや否や、すべてが解決されたように自分はたちまち妻の部屋を大股おおまたに横切って、つぎに飛び出しながら、何だ——と怒鳴どなりつけた。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こうは言うものの、山本さん自身も、何処どこかこう支那人臭いところをって帰って来た。大陸風な、ゆったりとした、大股おおまたに運んで行くような歩き方からして……
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
すかして見ると、恩田の黒いコウモリのような姿は、その街道の半丁ほど先を、大股おおまたに歩いて行く。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかし大股おおまたに急ぐ彼の歩調はいつのまにかのろくなりがちだった。眠くてたまらぬ者が気がついては目を無理に開きながらもつい居ねむりをするようなものであった。
画家はいそがわしくひとはけふたはけ払いて、ブラシを投げ捨て、大股おおまたに、二三歩にて戸の処にき、呼ぶ。
一人ならば、身体に火熱を覚えるほど大股おおまたに駈けだすだろう。二人連れであるから何か話をしたかった。それに、道は駈けだしてぐ終りになるほど近くはなかった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
正勝はそして、蔦代の死骸をその後ろから抱き、蔦代の足が床の上に印す血の足跡を踏まないように注意深く大股おおまたに脚を開いて、不恰好な足構えで紀久子を追い回した。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
しょうちゃんは、金色きんいろのボタンを自分じぶんむねのあたりへつけて、勲章くんしょうのつもりで、大股おおまたあるきました。
金色のボタン (新字新仮名) / 小川未明(著)
ドタドタと階段をおっこちて、事務所に殺到さっとう、事務員のひとが、呆気あっけにとられているか、笑っているのか見極みきわめもできぬ素早さで算盤をひったくり、次いで、階段を、大股おおまた
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
その涼しい木蔭こかげには金色をしたつがいのたくましい鶏が自分たちの領分みたいにいつもならんでるが、人がゆくと雄のほうが喉をならして羽根のはえた足をのさのさと大股おおまたにはこぶ。
妹の死 (新字新仮名) / 中勘助(著)
伊曾はその反対側の赤煉瓦れんがの兵営の蔭を、紫色に染まりながら大股おおまたに歩いてやつて来た。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
呼びかけられた兵士は、とんでもないというような顔をして首を振り、大股おおまたで歩み去る。
メリイクリスマス (新字新仮名) / 太宰治(著)
彼はその隠れ場から一人の西洋人が大股おおまたにそして快活そうに歩き過ぎるのを見ていた。
ルウベンスの偽画 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
つづいて尻端折しりはしおり股引ももひきにゴム靴をはいた請負師うけおいしらしい男の通ったあとしばらくしてから、蝙蝠傘こうもりがさと小包を提げた貧しな女房が日和下駄ひよりげたで色気もなく砂を蹴立けたてて大股おおまたに歩いて行った。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
跨いでしまったのを見届けて、長い脚を大股おおまたに踏んで、その場を立ち去った。
小松にさわる雨の音、ざらざらと騒がしく、番傘ばんがさを低くかざし、高下駄たかげたに、濡地ぬれつちをしゃきしゃきとんで、からずね二本、痩せたのを裾端折すそはしょりで、大股おおまた歩行あるいて来て額堂へ、いただきの方の入口から
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
老人は、そりかえるように背をのばして、大股おおまたに土間を歩いて行った。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
真先まっさきかの留吉とめきち、中にお花さんが甲斐〻〻かいかいしく子をって、最後に彼ヤイコクがアツシを藤蔓ふじづるんだくつ穿き、マキリをいて、大股おおまたに歩いて来る。余は木蔭からまたたきもせず其行進マアチを眺めた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
あくる日、柳吉が梅田の駅で待っていると、蝶子はカンカン日の当っている駅前の広場を大股おおまたで横切って来た。かみをめがねに結っていたので、変に生々しい感じがして、柳吉はふいといやな気がした。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
なんだかたましいの奥の片隅の方で、あるこれまで潜んでいたものが覚めて来たように思われる。目をこれまでより大きくいて、これまでより大股おおまたに歩いて、これまでより深い息をしたいような気がする。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
大股おおまたに飛んで行ってジャン・ヴァルジャンはすぐ彼の所へ達した。
と、大声に話しながら、二人の国侍が、大股おおまたに通りすぎた。
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
菊千代は急に不安になり、苛々いらいらした声で「帰る——」と云うと、立って大股おおまたに馬のほうへいった。うしろで半三郎があっといった。
菊千代抄 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その声は葉子の目論見もくろみに反して恐ろしくしとやかな響きを立てていた。するとその男は大股おおまたで葉子とすれすれになるまで近づいて来て
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
四号病舎のかどまで来ると、副官を伴って、大股おおまたにそこへ入ってきた良人とばったり会った。鎮台総司令官、谷干城たにたてき少将である。
日本名婦伝:谷干城夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すると、まだその点検がすまない中に、老紳士はつと立上って、車の動揺に抵抗しながら、大股おおまたに本間さんの前へ歩みよった。
西郷隆盛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
奥行、間口ともにここでは、大股おおまたで二歩以上は、歩けそうもなかった。床、壁、天井、みな木造で、角材のあいだには細い隙間が見られた。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
彼らは大股おおまたに階段を上っていった。室にはいると、たがいに抱き合った。アントアネットは弟の手を取って、父と母の写真の前に連れていった。
ずうっと下の方の野原でたった一人野葡萄のぶどうべていましたら馬番の理助が欝金うこんの切れを首に巻いて木炭すみの空俵をしょって大股おおまたに通りかかったのでした。
(新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
ズックでおおったハッチの上をザア、ザアと波が大股おおまたに乗り越して行った。それが、その度に太鼓の内部みたいな「糞壺」の鉄壁に、物凄ものすごい反響を起した。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)