夢寐むび)” の例文
徳をき、情になずませることを、夢寐むびにも忘れずにあったということは、単なる征夷将軍の武威一徹とは大いに異なるものがある。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その景常に夢寐むびの間にありて、更に心に忘るゝ事能はず、貴君にして若し山水の志あらば、斷然行きて遊ばん事を勸めずんばあらず
日光山の奥 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
母君の御息所みやすどころの霊が宙宇にさまよって、どんな苦しみを経験しておいでになることかとは中宮の夢寐むびにもお忘れになれないことで
源氏物語:38 鈴虫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「およそ人心じんしんうちえてきのこと、夢寐むびあらわれず、昔人せきじんう、おとこむをゆめみず、おんなさいめとるをゆめみず、このげんまことしかり」
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
綱宗の夢寐むびの間におもひせた亀千代は、万治三年から寛文八年二月まで浜屋敷にゐた。此年の二月の火事に、浜屋敷は愛宕下あたごしたの上屋敷と共に焼けた。
椙原品 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
夢寐むびにも忘れなかつた其人の前に、丑松は今偶然にも腰掛けたのである。壮年の発達に驚いたやうな目付をして、可懐なつかしさうに是方こちらを眺めたは、蓮太郎。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
われは平生夢寐むびの間に往來する所の情の、終に散じ終にせうすること此飛泉と同じきを想ひて、忽ち歌ひ起していはく。人生の急湍きふたん須臾しゆゆも留まることなし。
夢寐むびにもその面影を忘るることができないでいたのに、ここへ来て、初めて正真のお玉を見ることができた。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
夢寐むびにも、思いつづけて来たとはいえ、御恩命を拝してから二十一年の歳月を経たことは、誠に畏れ多く相すまぬ次第ではございますが、はからずも、その間
南洲も亦曰ふ、天下しんおそる可き者なし、たゞ畏る可き者は東湖一人のみと。二子の言、夢寐むびかんずる者か。
思ひ設けざる事に當り、一點動搖せず、安然として其事を斷ずるところにおいて、平日やしなふ處の膽力を長ずべし、常に夢寐むびの間において我膽を探討すべきなり。
遺訓 (旧字旧仮名) / 西郷隆盛(著)
それから妙に大滝が頭の中に残っていて企業の方とからみついた。成功者は夢寐むびにも金儲けを忘れない。彼処を一つと思いつくと同時に、水源の山中村が胸に浮んだ。
村の成功者 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
計らずもその夢寐むびに忘れざる姿を見たりし彼が思は幾計いかばかりなりけんよ。ゑたる者のむさぼくらふらんやうに、彼はその一目にして四年よとせの求むるところを求めんとしたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
夢寐むびの間にも此の語を吐くは如何に思い決して居るかが分る、殊に「皆なの為」の一言は実に秀子の今の辛い境遇を説明して余り有るのだ、其の身に懸る二重の汚名が
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
途中三回の暴風にあひ、難航をつゞけて、夢寐むびにも忘れかねた日本の島影を初めて認めることが出来たのは十月三日のことであつた。種ヶ島であつたらうと云はれてゐる。
俤は夢寐むびの間にも忘れられず、もう一度姿を見たいと思う感情をとめることが出来ない。中年の所為としては不面目極まるが、終日、窓に倚って橋のほうばかり眺めていた。
湖畔 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
思いがけなき所にて思いがけなき君の姿を見申そうろう。たとい装いを変え給うとも、三年このかた夢寐むびにも忘れぬ御面影おんおもかげを、いかで見逃し候べき。わらわは始めより頭巾の女の君なる事を承知つかまつり候。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
是等の作品の抒情詩的甘露味はかの化政度の通人などの夢寐むびにも到り得る境地ではない。彼等は年代を数へれば、「わが稚名を君はおぼゆや」と歌つた芭蕉と、僅か百年を隔つるのに過ぎぬ。
芭蕉雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
しかも兄妹揃っていかなる悪因縁ぞ! 太子はいとい抜いていられるにもかかわらず、このキャゼリン・ジャルディン嬢の胸からは兄を成敗した美貌な年少太子のおもかげ夢寐むびにも消え去らず、今夏
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
この俊爽なる法官は実に渠が三年みとせの間夢寐むびも忘れざりし欣さんならずや。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
夢寐むびにも忘れなかった郷里くにもとに、二年ぶりで、云わば心ときめかして帰って来た彼らは、そこで暮した二三カ月のうちに、今度はあのイシカリのむなしい野をけつくような思いで考えていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
夢寐むびも忘れずとへどわするるに似たらずやとまた歎けりこころ
九条武子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
咲二の——夢寐むびにも忘られない咲二の声が彼女の耳元で叫んだ。
日は輝けり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
凡兆らもまた夢寐むびにだも見ざりしところなり。
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
夢寐むびのまも忘れ居らず、常に、臣等を勉め励まし、ただ御奉公一途に専心いたしおりましたに、不測の不調法、残念至極にござります。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひとるはかたくしてやすく、みずかるはやすくしてかたし、ただまさにこれを夢寐むびちょうもっみずかるべし、夢寐むびみずかあざむあたわず」と。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
あゝ深山窮谷の中、誰かかゝる靈境のあるを思はんや。誰かかゝる風景のあるを思はんや。照尊院の主僧の夢寐むび忘るゝ能はずといへるまことに故あり。
日光山の奥 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
抽斎は時々じじ譫語せんごした。これを聞くに、夢寐むびあいだに『医心方』を校合きょうごうしているものの如くであった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
五十五日の船旅の後で、彼は夢寐むびにも忘れることの出来ない土を踏んだ。そうして自分の子供の側まで帰って来て見ると、未だ未だ彼は眼に見えない牢屋ろうやの中に自分を見つけた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
有事の時に至り、十に八九は履行りかうせらるゝものなり。事に當り率爾に思慮することは、譬へば臥床夢寐むびの中、奇策妙案を得るが如きも、明朝起床の時に至れば、無用の妄想に類すること多し。
遺訓 (旧字旧仮名) / 西郷隆盛(著)
〔譯〕誠否せいひは、須らく夢寐むびちゆうの事に於て之をけんすべし。
我が夢寐むびあひだに忘るゝことなかりしララなりき。
また支麦輩の夢寐むびにも知らざるところなり。
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
「とんでもない。愚痴をこぼしたわけではないよ。それどころか、そなたの父、さい大臣のお引立ては、夢寐むびの間にも、忘れてはおらん」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
凡兆らもまた夢寐むびにだも見ざりし所なり。
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
いかなる難事が重なろうと、中原進出の大策は、夢寐むびも忘れることなき孔明の一念だった。そのことなくしては孔明もない。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また支麦輩の夢寐むびにも知らざる所なり。
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
恋をしようと、一個のい鎧具足を註文しようと、彼等のあいだには常に、夢寐むびの間にも、「明日あすは知れないいのち」という人生観があった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「熟睡中で知らなかったものは仕方がない。ただこの後は、夢寐むびの間といえども、士道を忘れぬよう、一そう猛稽古をせよ」
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
不肖、信長の陣代として、変に備うる者どもは、まだ夢寐むびの間も、この具足わらじすら脱いでは寝てもおられぬのでござる。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お役には立つまいと存じまするが、浪人こそいたせ、旧家の御恩は、夢寐むびにも忘れては居りませぬ。この体を、何とぞおつかい願いたいのでござる。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
坂本以来、夢寐むびの間も、光春が心ひそかにおそれていたものは、実に、光秀がいつか自己に敗れて、この言をなすのではあるまいかという予感であった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、竹童がめたおされたのも目撃もくげきしたし、その魁異かいい妖人ようじんのすがたは、夢寐むびにもわすれていない仇敵きゅうてきである。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その待ちに待っている唐草銀五郎が、すでに、禅定寺ぜんじょうじ峠の土になっているとは、夢寐むびにも知らぬのであった。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こうして寝ているまも、おれは今日まで出会って来た無慙むざんな人間の断末だんまつ形相ぎょうそうやわめき声が、ともすれば夢寐むびにまでつきまとって、寝ざめのよかった朝とてない。
人間山水図巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
われわれ侍の端くれも、重臣も、御主君はもとより、夢寐むびの間も、一尺の国土たりと、守り防ぎは忘れぬが……国の興亡は、実はお城にあるわけじゃないからな。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
劉皇叔りゅうこうしゅくとこの方とは、桃園に義をむすんで、天下の清掃を志し、以来百戦の中にも、百難のあいだにも、疑うとかそむくなどということは、夢寐むびにも知らぬ仲である。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夢寐むびの間にも鐘巻自斎の名を念頭に描いて、血の出るような修行をつづけていること一年余月、やっと、道場の床へ月に三、四度は上ることができるまでになった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
われ先帝よりみなしごを託すの遺詔いしょうかしこみ、魏とともに天をいただかず、年来、暖衣を退け、飽食を知らず、夢寐むびにも兵馬を磨きてまざるものは、ただただ反国の逆賊を誅滅ちゅうめつ
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
解けない提案にぶつかると、それの解けきれるまでは夢寐むびあいだにも忘れ得ないのが彼の常であった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)